登校風景
望未と毎日待ち合わせをしている場所に向かう中、俺は昨日告げられた体育祭の競技決めのことを考えていた。というのも、当初、希望してくれたものは、桜と別れた後、一度保留にしてほしいと伝えらえたからだ。
保留を選択したのは、大翔のあの発言を受けてのことだろう。だって、女子から歓声を受けたい。その気持ちは、正直よく分かる。俺だってちやほやされたいし、黄色い声を向けられたら嬉しい。
でも……それをセーブする自分もどこかにいる。慢心が出来るほどの突出した才能が無いから。忘れてはならない、本物の天才という人物がどういった人間なのかを。
頭を軽く振って切り替える。さて、皆が競技を決めるとしたから何を基準にするか……そう考えているところで、望未の姿が見えてくる。
(……相変わらず視線を集めているな)
遠巻きにやってくる彼女に対して、すれ違いざま振り返る人が多数いる。ほんと、凄いよな。思わず感心するほどだ。
見た目の美しさだけじゃなくて、立ち振る舞いすらも洗礼されている。これまで積み重ねてきた努力が、自然と滲み出ているようで、素直に尊敬させられる。
俺も頑張らないとな。そういつも力を貰っていた。
「おはよう、望未」
「おはようございます。連君!!」
今日も彼女は元気いっぱいに笑顔で返してくれる。屈託のないその表情に、自然と気分が上がっていた。
駅まで並んで歩きながら、ふと気になっていたことを口にした。
「そういえば、望未はもう参加する競技は決めてるのか?」
「うん。100m走にダンス。……それに騎馬戦もやってみたいかな」
「意外とアグレッシブなものを選ぶんだな」
「む……もしかし、私運動できないイメージある?」
少し拗ねたように、ぷくっと頬を膨らませながらこちらを見つめてくる。本気で怒っているわけじゃない、それが分かるからこそ、思わず可愛いと思ってしまった。
「ごめんごめん。昔を見ていると、あんまり……いや、運動神経自体はよかったな」
言い直すと、望未は一瞬だけこちらを見てから、ふっと柔らかく微笑んだ。
「そうだよ、得意とはいわないけど動けはするんだよ」
褒められたのが嬉しかったのか、彼女は一歩前に出て、軽くジャンプする。そして振り返りざまに、くるりとターンを決めた。
「ね?」
軽やかなステップ。スカートがふわりと揺れ、体の動きに合わせて綺麗に収束する。上半身を軽くこちらに倒して聞いてくるその姿が妙に様になっていた。
「確かに華麗だな……本番が楽しみだ」
「うん、見てて」
そう朗らかに笑う望未は、本当に嬉しそうだった。少しだけ歩調を速める彼女の背中を追うように、俺も自然と足を速めるだった。
***
いつも通り有明と合流をしてから電車に乗る。一駅移動すると、そこには桜の姿があった。律儀というか、きっと俺達と合流しやすいように、時間より早く来ていたのだろう、先頭をしっかりとキープしていた。
なんだか、桜らしくて思わず笑ってしまう。こちらに気付いたのだろう。俺達の方を見て、少し緊張しているのが分かる。きっと、誰かと一緒に登校するのは、初めてなんだろう。俺の方をちらりと見て、助けを求めるように視線を泳がせていた。
そんな緊張しなくていいのにな。電車のドアが開くと、桜は迷いなくこちらに近付いてくる。そして、
「みんな、おはよう」
そう、桜から声を掛けてくれた。そのことに俺は驚きつつも、すぐに返す。
『おはよう! 桜』
俺達が返答したことで、桜は安心したようにほっと胸を撫でおろした。そして、俺達の方を見て、視線を彷徨わせる。あー、なるほど。その意図を察して俺は声意を掛けた。
「桜は望未の隣でいいか?」
「え……うん!」
俺の方をみて、笑顔で返事を返してくれる。有明の横を通って丁度空いてる望未の隣にちょこんと縮こまりながら収まる。いや、そんなに混んでないから。と内心で思わず突っ込んでしまった。
……いや、もしかすると以前有明が俺と桜では釣り合わない的なことを言っていたから警戒している?
違うか、望未とも距離が若干あるし、人見知りをしてるように思える。それでも、話題を振ればきちんと返してくれるのだから、無理しているわけではなさそうだ。
「そういえば、お二人は競技をもう決めたんですか?」
「候補は絞ってるよ。あとは、クラスのみんなと相談かな。そういう有明くんはもう決めてるの?」
「えぇ、玉入れか綱引きに参加予定です」
「意外だね、騎馬戦とかで大将飾りそうなイメージだったけど」
「そういうのは連の方が似合いますよ」
「そうかなぁ?」
望未が俺の方を見つめる。それにつられて、桜と有明の視線も集まった。
「いや、有明の方だろ」
「そうかもしれませんね」
そう言って、有明はなぜか笑う。確信犯だろ、コレ。そんな風に他愛もない会話をしているうちに、電車は徐々に混み始める。いつものように、望未を俺と有明で守りつつって今日は桜もいるのか。そう思って位置を調整しようとようと動いた瞬間、誰かとぶつかる。
押し出された俺は、気づけば、桜と望未の方へ覆いかぶさるような体勢になっていた。
「————————ッ!!」
咄嗟に腕に力を入れ、片手で手すり、もう片手でドアに手を突く。なんとか、二人のスペースを潰さないように踏ん張る。
「有明手伝って」
「すみません。今日はかなり混んでますし……それに、ほら。彼女もいますから」
こんな時にホント律儀だね、有明君は!!別に怒らない……いや、怒ろられるな俺が。
「ごめん、桜、望未」
「ふぇ……う、うん。大丈夫だよ。全然」
「うん……私も大丈夫。大丈夫だから」
桜が今まで聞いたことないような動揺した声を出し。望未の方は自分に言い聞かせるように大丈夫を繰り返していた。……いや、うん。嫌だよな。ほんと、ごめん。
「明日から女子専用車両で通うか?ほら、望未も話相手がいるし」
「できるなら……私は、連と一緒に通いたいよ」
「連は、私と一緒に通うの……やっぱり、嫌なの?」
望未からは真っすぐに気持ちを伝えられ、桜は不安そうにじっとこちらを見つめる。もぅ、どうしたらいいんだよ。
「いや、でも……こんなに距離近くの、嫌だろ?」
「別に……大丈夫」
「……私も、大丈夫」
二人とも声が急に小さくなりながらもそう返答する。いや、そんな我慢しなくてもそう思う。俺が心配そうに見つめていたからだろうか。
『大丈夫だから』
と念を押される。
「……まぁ、二人がいいなら、それでいいけど」
そう返したものの、そこから先はとても普通の会話ができる状況じゃなかった。
三駅分。
ほんのりと二人の甘い匂いが漂う。無駄に意識してしまって、心臓がやけに落ち着かない。そんな状態のまま、俺達は学校に向かうのだった。




