抑えられない気持ち
Side 千夏&雫
放課後、桜と連が二人きりになった教室を、私たちは廊下の端から、そっと覗いていた。
「二人とも、いい雰囲気だよね」
思わず漏れた私の声に、隣で雫が小さく頷く。
「はい。……でも、桜の想いに連はきっと気づいてないんでしょうね」
「だよね。普通、あんな笑顔を向けられたら、少しくらい勘違いしてもよさそうなのに」
「でも、それが好きじゃない相手だったら……迷惑になるから連君は慎重なんだと思いますよ」
「……確かに。恋愛って難しいね」
私よりも連の気持ちを捉えて話す雫に納得する。確かに、好きじゃない相手からの好意は、時に迷惑になる。断る時に心は痛むし、その後の関係もぎくしゃくする。だからこそ、踏み出すことも、受け取ることも、慎重になる。それでも、踏み出さないと何も起こらないから、皆はきっと踏み込むんだろうな……。
そんなことを考えながら、私は連と桜の姿を見つめていた。この関係を誰にも邪魔されないように。同時にこの光景を、ちゃんと目に焼き付けておきたかったから。
「でも意外だったな、望未ちゃんが同行しなかったのは」
「そうですね、てっきりこの場に入る込むとかするかと思ったんですが」
連に迷惑を掛けたくないから。それが彼女の言葉だった。自分の立場を理解しての、少し大人びた発言だった。けど————好きな人が他の女性と二人きりになることを耐えられるだろうか?
いや、それ以上に連に面倒な人と思われることを避けているとか?桜の明確なライバルである彼女について、つい考えてしまう。
行きつくのは……私はどっちを応援したらいいのかなってこと。答えが出ない私は好かれている当人に視線を向ける。
連は好かれていることなんて気付かずに、今も幸せそうな顔をしている。それは桜と一緒にいられるからじゃなくて、また桜がクラスメイトと話せるようになったことに対してなんだろうけど……。
「……ほんと、不思議な人だよね」
そう、ぽつりと呟いてしまう。
「何がですか?」
先程まで二人を見ていた雫がこちらを見上げる。
「連からはさ、よく見られたいとか、モテたいとか、そういう気持ちを感じないんだよね」
その発言に雫は淡々と返す。
「……多分、涼花ちゃんの存在があるからですよね」
「あ~、そっか」
雫の指摘に、私は小さく頷いた。妹だから恋愛対象にはならない————そう、最初は何の疑いもなく思っていた。でも後になって、義理の妹だと判明して、どこか納得していた。だって、涼花ちゃんが連を見る目は恋している人のそれだったから。
「涼花ちゃんは絶対連に恋してるよね」
確かめるように雫へ視線を向けると、深く頷いて返される。
「えぇ、見ていれば分かります……でも、今の関係を壊すことをきっと恐れてる」
「桜が勝てるとしたら、その間にどれだけアピールできるか、だね」
「はい、その間にリードしないと困ります」
雫の表情は真剣だった。きっと雫は桜と連が付き合うことを望んでいることが伝わってくる。
私はどうだろうか?昔から一緒に過ごす中で自分の為に頑張る連を見続けた涼花ちゃんの気持ちも。連を心の支えにしていた望未の気持ちも、初めて誰かを信頼したいと思うきっかけをくれた連を好きになる桜の気持ちも全部理解できた。だから私は、誰か一人を特別に応援できずにいる。
連はきっと、涼花ちゃんのことを好きだと思う。それは恋を超えて、家族的な愛情にまで昇華されているだけで、自分の全てを掛けてまで守りたいという気持ちは愛とか恋に近いと思う。
連が涼花ちゃんを見つめる視線を見て、そう感じた。でも、ごめんね涼花ちゃん。今は連にその気持ちを築かせるわけにはいかない。桜の純真さに取り入ろうとする人がいるから。桜が一人で前を向けるまでは待ってほしい。それを支えられるのはきっと、周りの環境ごと変えてしまえる連だけだから。
わずかな罪悪感を胸に抱えながら、私たちは二人を見つめ続ける。
「桜……もうちょっと、距離を詰めて」
小さく応援する雫の声を背に、二人の事を見守るのだった。
***
連と電車で別れてから、家に着くまで、どこか浮ついた気持ちのまま帰宅する。足取りも軽く、気づけばいつもより早く玄関に辿り着いている。丁度限界に入ったその時、雫と千夏が入ったグループRAINに通知が届く。
『上手くアピールできましたか?』
雫からのメッセージに、私は少しだけ胸を張って返した。
『うん! 一緒に登校することになったよ』
『え!? すごい!!』
『一歩成長ですね』
二人の反応を見て、思わず頬が緩む。本当に一緒に登校できるんだなって、ようやく実感が湧いてきて、胸が温かくなる。
……でも。
「家近かったんじゃ?」って言われた時は少しだけ、焦った。連には、誰にでも着いていく人と思ってほしくなかったから。それに、着いていくなら連だけだから。
そんなことを考えて、つい玄関でついしゃがみ込んでしまう。……恥ずかしすぎる。
もし連があの時悪い人だったら、胸を触られたり、最悪キスされていたかもしれない。いや、今は良いんだけど……。
始めて彼の家に行った時、「意識してるの?」って聞いた瞬間の恥ずかしそうにする表情が今も鮮明に思い出せて、ついニヤけてしまう。
連も、そういうのに慣れていないんだって分かるから、余計に嬉しくて、安心してしまう。そのまま千夏たちとやり取りを続けているうちに、ふと気になって聞いてしまった。
『ほんとに千夏と雫は連を好きにならないの?』
少し間を置いて、返事が来る。
『流石に振り回されるのは勘弁かな、身が持たないし』
『連は手のかかる弟って感じなので、恋愛対象ではないですね』
その言葉に、胸をなで下ろす。きっとそれは本心だから。そうするとやっぱり一番の脅威は涼花ちゃんで、現状の私には叶う敵うところがない。
交換したRAINで試しに問題を出してみた。私が20分かけた問題を。でも、10分で解かれた。これには乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
連に教えているのは本当で、私には連を支えられる部分がない。……どうしたら追いつけるのかな?そんな事を最近は考える様になっていた。考えても答えは出なくて、今は前を向こうと、制服から部屋着に着替えて、机に向かう。
問題を解き始めて、詰まる。いつもは、そこから粘って考えてを繰り返すのに、今は別のことが思い浮かぶ。今日一緒に話せた時間が楽しかったこと。それに連の笑っている姿やふとした仕草とか……。そ
そんな事ばかり思い浮かび、気づけば、机にうつ伏せになっていた。……全然、集中できない。
頭を占めているのは、どうやって距離を縮めるか、そればかりだった。千夏も雫も経験がないから、分からないらしいし……。
……どうすればいいのかな?そう思って、ふと思い当たる。一人だけ、詳しい人がいるって事に。相談できるようになるまでは、せめて集中しよう。そう自分に言い聞かせて、私はもう一度、参考書と向き合うのだった。




