体育祭のお知らせ
翌週軽くなった身体が軽くなったような感覚で学校へと登校していると、有明から不意に質問が飛んでくる。
「なんか浮かれているようですが、何かあったんですか連?」
「そんな分かりやすかった?」
「ええ。たぶん、春風さんも気づいていましたよ」
そう言われて視線を移すと、望未が小さく、こくりと頷いた。俺は少し気恥ずかしくなって、苦笑いを浮かべながら答える。
「ずっと悩んでたことに、ひとつ答えを出せたから……かな」
有明と望未は俺のことを瞬きもせずにぼーっと見つめている。
「……どうかした?」
「いえ。連が、あまりにも穏やかに笑っているので。少し驚いただけです」
「そうか?」
自分ではよく分からない。そう思って、向かい側に映る電車のガラスに視線を移す。そこには、いつもよりも肩の力が抜けた自分が映っていた。思わず、ふっと笑ってしまう。
確かに、張り詰めていた気持ちが緩んでいるのが見て取れる。もちろん気を引き締める必要はある。けれど、今だけはこれで良いのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふと視界の端に、ぼんやりとこちらを見つめる望未の姿が視界に入る。
「もしかして望未、体調悪い?」
「えっ……全然、元気だよ」
「そう……なら、いいけど」
心配そうに見つめるが、ふいっと視線を逸らされた。あまり、見過ぎるのも良くないな。そう思って、いつもの調子で別の話題を振ろうと考えていると、有明の方から先に、質問が飛んでくる。
「それで、何があったんですか連?」
「それは、秘密」
少し前かがみになっている有明に悪いとは思う。けど、大切な想い出は、自分だけの胸の中にしまっておきたい。夕陽に照らされた涼花の横顔も、伝わってきた体温も、満たされた心の温もりも、今は自分だけのものにしておきたかった。
いや、きっとこの先も。この気持ちを言葉にして、誰かに語ることはないのだろうな。
***
学校について、いつものようにホームルームが始まる。出席確認と、共有事項を話して終わるはずだったのだが。終盤になって、担任の先生が思い出したように口を開く。
「そういえば、今月末は体育祭があるな。どの競技に参加するか決めておくように」
ああ、もうそんな時期なのか、と驚きつつ日付を確認する。時期は6月の3週目に入っている。ついこの前には球技祭をやったばかりなのに、もう体育祭の時期が迫っていた。
……思えば、その間にいろいろなことがありすぎたな。
桜との試験勝負に、望未が転校してきて、桜たちが家に来たりした。何より、涼花と久しぶりに出かけた。つい、笑みが漏れるくらいには充実していたんだな。
先生は続けるようにいう。
「全体の設営や運営は実行委員が担当して、クラス内の取りまとめは学級委員がやるように。一応は今週末には参加する競技をまとめておけ。以上」
途端に俺の方に視線が集まった。主に男子生徒から。体感で言えば……三分の二くらいか。いやぁー、人気者になったもんだなぁーと一瞬逃避する。まぁ、視線がこっちに向くのも分かる。
外野から見ると、桜と望未に対してアプローチを掛けているように見えるもんな。どっちかにしろって言いたくなるんだろう。当の本人は付き合えるとか自惚れてはいないというのに……。
けど、その反応にどこか嬉しいと感じる自分がいる。だって、桜という存在を皆気にしているわけで、つまりはまたこのクラスに受け入れられているということだから。それが何よりも嬉しくて、気づけば、口元がわずかに緩んでいた。
「連、なんか嬉しそうだね……やっぱり、かわいい桜ちゃんと一緒になるから?」
そう言って、東雲さんが意味ありげにこちらを見てくる。瞬間、さらに鋭い視線が男子から一斉に突き刺さってくる。……やめてほしい。
「違うって。単純にさ、クラス対抗の競技って面白そうだなって思っただけだよ。前回とは違うし」
「まあ、そうだよね。連は身体能力高いし、アピールできるチャンスだもんね」
「いやいや、誰にアピールするんだよ」
これ以上は聞くなよと、少し強めに返したのだが。東雲さんは関係なく聞いてくる。
「そりゃ、望未とか、桜ちゃんとか……あと、仲良さそうな白峰さんとか?」
その名前が出た瞬間、白峰さんから、冷たい視線が突き刺さった。体感温度が一気に下がるような寒気さを感じる。なんか勝手に友達アピールでもしたの?といった感じで僅かに殺気まで感じるのだが、気のせいだろうか?目が合って慌ててそらす。
うん、男子の視線より、恐ろしい。焦った気持ちを内心で隠しつつ、俺は堂々と答える。
「好きな人いなんだからアピールも何もないだろ!と、とにかく、俺は男子の票を集めるから、桜は女子の方を頼んだ」
「……え、うん。わかった」
話題を強引に切り替える。とにかく白峰さんに睨まれるのだけは避けたい。女子生徒をまた敵に回すのは避けたい。というか、東雲さんはなぜそんな暢気でいれるのだろうか?
心臓強すぎるだろ!と思っていると。東雲さんは悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらを見ている。嫌な予感しかしない。にこっと満面の笑みを浮かべて、口を開く。
「ほんと、"下の名前で"呼び合うくらい仲良くなったよね」
下の名前をやけに強調したその一言に、自分でも対応をミスったと感じる。気を緩めていたなのは分かる。でも、何でいつものように無意識で読んでしまったんだよ!バカ!!
焦る気持ちが少し声に出るのを感じつつ、極めて冷静に返す。
「それは、ほら。友達だからだよ。千夏も雫も下の名前で呼んでるし、それに望未だってそう」
「私のことは名前で呼んでくれないのにね」
俺は少し躊躇いつつ提案する。
「じゃあ……葵って呼べばいいのか?」
緊張しながら顔色を窺う。返ってきたのは、ひどく冷めた視線だった。
「いや、私、彼氏いるんで。気軽に呼ばないでもらえると」
(いや、どうすればいいんだよ……)
内心でそう突っ込みかけた、その瞬間。
「はいはい、その辺の話はそこまでな。次の授業始まるから各自準備しろ」
先生が、会話の流れを断ち切るように声を張る。————先生、助かりました。
内心で深く頭を下げつつ、次の授業へと移行していく。その間も一部男子から羨ましそうな視線を感じるのを気のせいだと思いたかった。
***
「連も大変だったね」
昼食の時間になり、気遣う様に千夏が小さく笑いながら声をかけて来る。その元気さが今はありがたい。
「男子の視線、すごかったですね」
「そうだな……まぁ、気持ちは分からなくもない」
そう雫に返すと、桜は首を傾げこちらを見つめて来る。
「連君にもそういった気持ちがあるの?」
桜は不思議そうに見つめてくる。一体俺をどんな人物だと捉えられているのか不安になる。純粋な目で見つめられると、すっと逸らしたくなる。
「もちろん、ある。男子だから」
俺はそう言い訳した。
「でもさっきはアピールする相手がいないと言ってませんでした?」
「うん、言った。だって、アピールしたい相手ってのは……涼花だから」
「うわっ、シスコン!!……でも、分かる」
「分かるのかよ!!」
思わず突っ込んでしまう。
「まぁ、あんだけ可愛い妹がいたら、尊敬されたいよね。凄く分かる」
物凄く深く頷く度合いから分かる。……これは本気だ。
「連って、やっぱり涼花ちゃんみたいな子が好みなの?」
その問いに、思わず言葉を探す。そこに他意はなく単純な疑問のように感じる。だから、俺は素直に返答した。
「どうだろ?あんまり意識しないから分からない……」
それが素直な感想だった。
「ただ……」
「ただ?」
呟いた言葉に雫が反応する。
「頑張ってる人は、好きなんだと思う」
まぁ。どちらかというと応援したいという気持ちの方が強いのかもしれないけど。
「連君らしくて安心しました」
雫はどこかホッとしたように頷く。俺が人によって対応を変えないかって心配したのかもしれない。流石に下心ありで近づいてこられたらいやだもんな。雫はそういうの苦手そうだし。
「で、体育祭の方はどうするんですか連君?」
「どうするって言うのは?」
「方針の話ですよ、勝つためかそれとも楽しむ方なのか」
「そうだな、勝つことを狙うんだとしたら俺や大翔が兼任する方がいいだろう……」
一度、言葉を切って考える。もちろん、体育祭というのは全学年合同であり、他クラスともチームを組む。それで言えば大翔を出来るだけ多く出場させるべきだろう。
「けど、今回はクラスメイトの意見を尊重したい。もちろん大翔は複数にでいただろうけど、他にもやる気がある人がいるなら任せたいと思ってる」
「つまり連は、一競技とか少なくてもいいってことですか?」
「うん。そういう有明はいいのか?」
「えぇ、僕もアピールする相手がいないので」
そういってニヒルな笑みを浮かべる有明に笑ってしまう。やっぱり有明と俺の考えはどこか似ているような気がする。それが気が合う部分なのかもしれない。そんなことを考えていると、大翔が素朴な疑問を口にした。
「でもさ、100m走とかって先輩の方が有利じゃないか?自信があればいいけど、予選で落ちるやつもいるんじゃ」
鋭い指摘だった。同時に、声量があるからこそクラス内にも伝わり、「あっ」と気づいたような反応が漏れる。……浮かれていて、そこまで考えていなかったな。出来れば気づかないで欲しかったのだが……。
これは選定が面倒になるな……。と内心考えていると、有明が笑い出す。
「大翔らしいですね」
……気づいていたのなら止めて欲しかった。どこか面倒になる予感を感じながら、昼食を終えるのだった。




