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自己紹介

2日目の朝。担任が黒板に日付を書きながら言った。


「それじゃあ、今日は授業の前に自己紹介をしてもらおうか。せっかくだから、お互いのことを知っておいたほうがいいだろう。順番は俺が適当に当てていくから、充てられた人はその場で立ってやろうか」


淡々としたその声に、教室に微かな緊張が走った。


「……中野 雫です」


割と序盤で隣に座る中野さんが当てられ、心の中で応援をする。がんばれ!


「えっと……中学は市立第三中でした。あんまり趣味とかはないけど……、図書室が好きで、よく通ってました」


小さく頭を下げて、さっと着席する。派手さはないけれど、その慎ましさに、何人かの女子が優しく微笑んだのが印象的だった。


俺も心の中で同意する。わかる、図書室いいよね。最新の書籍も数冊入荷したりする所がポイント高い。


次に立ち上がったのは、彼女とは対照的な雰囲気の少女だった。


「はーい、松崎千夏です!」


声のトーンが一段明るくなる。全体に視線を配るように目を動かしながら、にっこり笑って続ける。


「中学は第五。中学ではバレー部だったけど、ここでは部活はちょっと考え中。趣味は食べ歩きとゲームかな?」


女子の一人が「え、ゲームするんだ」と小さく反応し、それを聞きつけた彼女がすかさず笑って返す。


「するする、めちゃ強いよ? 今度勝負しよっかー」


そんな風に、ごく自然に会話の糸を広げていくその様子に、教室の空気がふわりと和んだ。目線を動かして常に周囲の反応をよく見ていることがわかる。張り詰めた場面でも、それに気づけば笑いを差し込める。


そんなタイプの人だ。そして一人の生徒が指名されて皆の注目が集まる。


「──夢咲 桜です。趣味はとくにありません」


その声は淡々としていて、無表情に近い。誰もが息を飲むように見つめているなか、直ぐに着席して皆が呆気に取られる。担任ですら、次の生徒を指名せずに既に着席した彼女のことを3秒間ほど見つめいた。その後コホンと咳払いして、生徒を指名していく。


そしていよいよ俺の番が回ってくる。周りを見渡して、から自己紹介をする。少々堅苦しいので、少しだけ砕けた感じで伝える。


「俺の名前は鏡 連。連でも鏡でも好きなように呼んでくれ。好きなことは、新しいこと全般。 特技は……素敵な友人を作ること」


「特技が“素敵な友達を作る”って、何それ~」


松崎さんがのりよく聞いてくれる。俺はそれ大して笑みを浮かべて答える。


「そのまんまの意味だよ。たとえば――そこの有明とか、大翔とかね。俺にはもったいないくらいの友達だ」


俺はあえて一泊開けて楽し気に伝える。


「だから、このあと、誰の記憶にも残るような自己紹介をしてくれるって信じてる」


「……相変わらず、むちゃ振りするな」


そう大翔が苦笑いする。実際、有明の自己紹介はもう終わっていたので、すべては大翔に託されることになった。その様子に担任がニヤリと笑って大翔を指名した。やれやれという感じで立ち上がり、大翔が自己紹介を開始する。


「俺の名前は西園寺大翔。さっき自己紹介していた、連の親友かな。でも無茶ぶりをしてくるのでみんなも気を付けるように」


そのフランクかつ冗談だと分かる仕草に一部の生徒がクスリと笑った。


「それと、趣味はバスケだな。なにか手伝えることがあったら、遠慮なく言ってくれ。この筋肉に誓って、全力で応える」


そういって筋肉アピールをする。


「微妙だったな」


「お前がやれって言ったんだよな?」


「いや、ちょっと期待を下回った」


そんな風に話していると、少しだけクラスの緊張感が無くなるのを感じる。ある程度のこの位なら許されるという雰囲気を作りたかったので、これでいいと思った。


その後もクラスメイトの自己紹介は進んでいき。最後の一人まで終える。時間的にも丁度よく、50分近くまで時計の針が進んでいた。


「じゃあ、今日はここまで」


と先生が断言したことで授業が締めくくられる。授業が終わると松崎さんが俺の方へ寄ってきた。


「さっきの自己紹介何?」


松崎さんは俺の顔を覗き込みながら、聞いてくる。


「そうだな。どうせなら堅苦しい雰囲気をなくして、フランクに接したいからかな」


そう話すと、松崎さんはニコリと笑みを浮かべる。


「それには私も賛成!!隣は中里さんだよね。よろしく」


「よろしくお願いします」


そういって松崎さんが差し出した手を中里さんはしっかりと握ると、嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。


「そういえば、夢咲さんってちょっと浮いてたよね」


「まあ、そうだな。心配なのか?」


「うん。だって、せっかく一緒のクラスになったんだし。君が言ったようにクラスの雰囲気はいい方がいいじゃん」


彼女はそう言って、ふわっと笑った。その表情は軽やかだけど、どこか芯がある。真っすぐ夢咲さんを見つめる真剣な表情にふと、そんなことを感じた。



「……どうして、私があなたに話しかけてきたと思う?」


唐突な質問だった。だが、千夏の目はいたずらっぽく笑っているようでいて、どこか真剣でもある。


「どうして……か。そうだな」


俺は少し考えるふりをして、視線を斜め後ろに逸らした。そこには、つい先ほどクラス全体の前で自己紹介をした夢咲桜が、未だ一人で静かに座っていた。


「大翔に頼りたいから──だろ?」


千夏は一瞬きょとんとした表情を見せた後、「えっ」と声を漏らして、俺の顔をじっと見つめた。


「……当たり」


「でしょ?」


俺は苦笑しながら頷いた。大翔は既に他生徒に取り囲まれており、話しかけられる状態じゃなかった。それに今割り込んで会話に入ったものであれば、大翔が好きなのではないかと誤解されるからだろうな。


「慣れてるんだよ。そういうの。さっきも言っ多様に俺の友人は優秀だから、俺に繋いでほしいって人も多い」


「……なんか、ごめん」


「別に謝ることじゃない。千夏さんみたいな人が動こうとしてくれること自体が、正直ありがたい。俺一人じゃ、目が届かないところもあるからさ」


そのやり取りを聞いていたのか、すぐ近くでノートを閉じていた中野雫さんが、そっと言葉を添えてくれた。


「私は……頼もしいと思います。鏡くんのこと」


ふわっとした口調ではあったが、その声音には確かな芯があった。さっきの自己紹介のときと同じように、物静かだけれど、意志を持って言葉を発している。


「ありがとう、中野さん」


俺は静かに礼を言ってから、目の前のふたりに声をかけた。


「じゃあ、結成しようか」


「結成……?」


と中里さんが聞き返す。


「“夢咲さんを輪に入れる会”」


「──それ、いいな!」


それを聞いて千夏の顔がぱっと明るくなった。思わず笑いがこぼれる。中野さんも、控えめに頷いてくれた。本当に楽しそうに、心からの声で言った。それはさっきまでの「場の空気を読む」ための作られた笑顔ではない。誰かのために動くことに、純粋な意味を見出している顔。そういう顔だった。

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