ファッションチェック
最初に足を踏み入れたのは、可憐な服が並ぶ服飾店だった。整然と並んだワンピースやブラウス、淡い色のスカート。どれもこれも、涼花が着たら似合いそうで、つい想像してしまう。
(最近は少し大人っぽい服が増えてきたけど……可愛い系も絶対似合うんだよな)
そんな取り留めのないことを考えていると、涼花がこちらを振り向き、少し遠慮がちな声で話しかけてきた。
「ねぇ、お兄ちゃん。今日色んな服試してみようかなって思ってて……付き合ってもらってもいい?」
時間がかかるけど大丈夫ということだろう。不安そうに揺れるその瞳に、俺は肩の力を抜いて微笑んだ。
「もちろん。俺も、涼花のいろんな姿を見られるのは嬉しいし」
頷いてそう答えると、涼花の表情が一気に明るくなる。
「ありがと!」
ぱっと花が開くような笑顔を俺に向けて、嬉しそうに商品棚を見て回り始めた。いつもの様に着替えた姿で見てほしいのだろう。そう察して、別行動で店内を見て回る。こうして見ると、本当にいろんな種類があるんだなと改めて思う。同じ服でも形も素材も驚くほど多彩で勉強になる。
自分のファッションはわりと適当で、大翔や有明の方が必死になって選んでくれたりする。俺も大翔達のように彼女が出来たら、ファッションについて詳しく学んだりするのだろうか?
想像してみるが、どうにも現実味が湧かない。
もっとも有明からは、「どうして女性用のファッションは詳しいんですか!?」
と不思議がられる程度には、壊滅的なセンスではないらしい。色合いや組み合わせは軽く押さえているので大丈夫だろう。
(どういった服装なら、涼花の魅力をより引き出せるか)
そんなふうに考えがら、十数分くらい経つと──
「お兄ちゃん、これ着てみてもいい?」
振り返ると、涼花が両腕に抱えるように何着かの服を持って立っていた。頬がわずかに紅潮していて、その奥に期待が滲んでいる。
「もちろん。試着してみなよ」
「うん!」
弾むような返事とともに、彼女は試着室へと向かった。数分もすればカーテンが開き、新しい服装に身を包んだ涼花が姿を現す。
選んだのは、肩が大胆に覗くオフショルダーのトップスだった。肘のあたりまでを包む袖が華奢さを強調し、胸元には幾重にも重なったフリル。淡い色合いが、彼女の柔らかな雰囲気とよく馴染んでいる。下は白とのコントラストが映える黒のミニスカートで、思っていた以上に短い丈から、健康的な脚線美がすらりと伸びていた。
(涼花はスタイルいいから、こういうの着たらそりゃ似合うよな……)
そんなことを思っていると、涼花が不安そうな顔でこちらを覗き込んでくる。
「もしかして似合ってないかな?」
見惚れてしまって、感想を口にするタイミングを完全に逃していた。慌てて感想を口にする。
「見惚れていた。……うん。めちゃくちゃ似合ってる。スタイルの良さを引き立てながら、涼花の純真さもちゃんと表してる」
素直に思ったことを伝える。ただ、じっと見つめているうちに、別の考えも浮かんでしまう。少し――肌の面積が多いのではないか、と。なにより、鎖骨から肩へ伸びるラインが、思いのほか無防備にさらされている。
普段はこういった服装を着ないからこそ余計に意識してしまう。俺がじーっと見つめているからか、不安そうにこちらを見つめてくる。
「どうかしたの、お兄ちゃん?」
「いや、なんでもないよ」
変に意識しすぎるのも悪いと思い。俺は内心で首を振りながら答える。
「そっか。よかった。じゃあ、次のに着替えるね」
安心したように、笑って、試着室のカーテンが閉じられる。心配させて悪いなと思いつつ、しばらく待つ。
「どうかな?」
窺うように姿を現した涼花は、またしても肩口を大胆に見せるオフショルダーの装いだった。胸元には白いフリルが幾重にも重なったワンピース。コルセット風の編み上げが全体を引き締め、彼女のスタイルの良さをより一層際立たせている。
当然、ほんの一瞬ではあるが胸元へと視線もいってしまい、慌てて目線を下にずらす。
(……待って。涼花って、こんなにスタイル良かったか?)
今更ながらに、そんなことを思う。普段はゆったりした服装が多い分、その差が余計に際立って見えているんだろうとなんとか自身を納得させる。
いや、普通に全体でみろ。えーっと、スカートの方はフリルが軽やかに広がっていて、脚のラインはすらりとして、でも白く柔らかそうで、健康的な足が目に入る。
うん。自分でもわかるくらいに完全に意識していた。その動揺を悟られぬ様にと、告げる。
「こっちは……可憐さと大人びた雰囲気が同居してるな。それに、涼花の凛とした強さも引き立ってる」
「そっか……嬉しい。ありがと」
そう微笑む仕草にさえ、思わず視線を奪われる。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
首を傾げながら見つめられる。試着室に多少の段差があるとはいえ、身長差はそれでもあるわけで。自然と下から覗き込む形になる。その拍子に、スカートと同じように胸元のフリルも揺れて――また視線がいってしまう。動揺を隠すように素早く告げる。
「……いや、なんでもない」
そう答えても、涼花の視線は外れなかった。
「何か、隠してるの?」
少し不安になりながら、俺の方を見つめて来る。きっと、押し通すことだってできるんだろう。けど、やっぱり義妹には嘘をつきたくないから素直に告げることにする。
「いや、普段より露出が多いから、他の男の人の前だと、ちょっと心配だなって。そう思っただけだよ」
俺が正直な胸の内を晒すと、涼花は一瞬、呆気に取られた様に、目を開いたまま固まる。やがて、くすくすと笑って俺の方を向く。
「安心して、これはね、お兄ちゃんと一緒のときとか……家の中でしか着ないから大丈夫だよ」
そう柔らかい笑みを浮かべて告げる。
「家の中でも着るの?」
「うん。女の子ってさ、家でも可愛い格好したいって思うんだよ」
涼花は少し照れたようにはにかんだ様に笑って告げる。
「……そういうものか」
「そういうものなの」
納得したような、しきれないような不思議な感覚。それでも──どこか安心している自分がいて。涼花が楽しそうに笑っているならそれでいいかという気持ちになる。
「うん……すごく似合ってるな」
気づけば、素直な言葉が口からこぼれていた。涼花は一瞬ぽかんとしたあと、ほんのり頰を赤らめて、
「……じゃあ……次のに、着替えるね」
そう言ってカーテンが閉められる。その一瞬、横顔がふわりと微笑んでいたのを見て、素直な気持ちを口に出して良かったなと感じた。
そして――次に涼花が試着室から出てきた瞬間、思わず息を呑むことになる。
体のラインに沿う白のリブニットのセーター。首元まできちんと覆うハイネックで、露出は控えめなのに、素材の柔らかさとフィット感が自然とスタイルの良さを際立たせている。
黒のショートパンツで全体を引き締めつつ、太ももまで伸びるタイツが視線をそこで止める役割を果たしていた。確か、こういうのを何とか領域と言っていた気がする。その名前を思い出そうとして、意識をそちらに向けようとするが、上手くいかない。とりあえず感想をと、口を開く。
「涼花が友達とか……俺の前で見せてくれる様な、柔らかい雰囲気を感じる。とても似合ってるよ」
それだけを伝えるので、精一杯だった。
「ふふ、嬉しい」
照れたように笑いながら、涼花が軽く身体を捻る。当然揺れるであろうスカートを見ることなく、涼花の顔に視線をやる。やがて、俺の視線に気づいたのか、涼花は恥ずかしそうに、頬に手をやる。
「あんまり見つめられると……恥ずかしいかも」
「……そうだよね、ごめん」
「あ、いやってわけじゃないよ。恥ずかしいだけ」
「もちろん。分かってるよ」
そう答えながら、どこか安心する。
「そうだ、お兄ちゃんも一着くらい、選んでよ。私ももう何着か気になったので取ってくるから」
「分かった、じゃあ、選んでくる」
「うん」
俺は自分の熱を帯びた感情を隠すように、その場を離れる。それにしても、どうして今日はこんなにも心臓が落ち着かないんだろう。
不思議な感覚に包まれながら、俺は最初から涼花に似合いそうだと思っていた服の置いてある棚へと足を向けるのだった。




