閑話ー義妹の本音ー
お兄ちゃんの部屋の明かりは、もうとっくに消えている。だけど、私の胸の奥は、ずっとくすぶっていて眠れない。
(……お兄ちゃんが、誰かを好きになる)
そんな、当たり前の未来なのに、どうしてこんなにも怖く感じるんだろう。誰かと手をつないで、笑い合っているお兄ちゃんの姿を想像するだけで、胸の奥がざわつく。息が苦しくなる。
私は、義理の妹。血は繋がっていない。――それは、知っている。法律的には、結婚だってできる。そういう話を雑誌で読んだこともある。だから、望みがまったくないわけじゃない。
でも……そんな理屈が、私の心を救ってくれるわけじゃない。
(もし私がこの気持ちを伝えて、お兄ちゃんに嫌われたら?)
そう思った瞬間、手がかすかに震えた。気まずくなって、目も合わせられなくなって……そんな未来だけは、絶対に嫌だ。私は、お兄ちゃんの隣にいたい。たとえ“妹”という立場でも。今のままの関係が壊れるくらいなら、想いは伝えない方がいい――
そう、自分に言い聞かせるたびに、胸がきしむ。だって、それは本当の気持ちじゃないから。もっと近づきたい。もっと、特別になりたい。「妹」ではなく、「ひとりの女の子」として見てほしい。
でも、その願いを口に出す勇気は、まだない。ようやく安心できる父親ができた。お母さんが笑うようになった。頼れるお兄ちゃんができた。その関係を壊すのが、ただ、ただ、怖い。私は、ずるい。独り占めしたい。そばにいてほしい。だから勉強を頑張ってきた、お兄ちゃんが私だけを見つめてくれると知っていたから。
お兄ちゃんが女性のことを意識するようになったのはきっと卒業式に本気の告白をされたからだ。兄の幸せを願っているのに、その邪魔をするように勉強を頑張る。この矛盾だらけのこの想いを、私はまだ、胸の奥にしまい込むことしかできない。
(……もし、“妹”のままでも、そばにいられるなら――それで、いい)
そうつぶやきながら、私は枕元のランプを静かに消す。自分を納得させるように、いつもやっているように繰り返し呟く。部屋の中に、暗闇が満ちていく。でも、胸の奥のざわめきは消えないままだった。
(……“妹”のままでいいなら、ずっとそばにいさせて)
心の奥で、そっと願いながら、私は目を閉じる。静かな夜の風が、木々を揺らす音がかすかに聞こえた。カーテンの隙間からこぼれる月明かりが、私の部屋をぼんやりと照らしている。その静けさの中で、ひとしずくの涙が、そっと頬を伝った。