桜の強さ
「お兄ちゃんもしかして見惚れてた?」
「そう、なの?」
望未が小首を傾げてこちらを見上げてくる。どう答えるのが正解か分からない。下手に意識していると誤解されて距離を置かれるのは避けたい。かといって、義妹がいる手前変、誤魔化してもバレるだろう。なら、褒めた方が自然か。
「見惚れていたというよりもさ、細部まで徹底する望未のアイドル姿を見てみたいって思ったんだよ。きっと一生懸命で、元気をもらえるんだろうなって想像していた」
「分かります。望未ちゃんはいつも前向きですからね。転校して数日なのにクラスの中心で凄いなって思います」
雫が乗ってきてくれて、正直助かった。望未の方も嬉しそうにしながらも謙遜していた。
「そんなことないよ...それに、白峰さんに連君だって注目されているじゃん」
「まぁ、連の場合はね...」
千夏が俺の方を何か言いたげに見つめている。義妹の前だから気を使ったんだろうが...
「お兄ちゃんのことだから、悪目立ちって感じですかね」
「もしかして、中学時代も?」
「はい。誰かを助ける為に無茶してました。そこがお兄ちゃんらしいんですけどね」
そんな風に信頼のこもった眼差しを向けられて、むずがゆくなる。嬉しいんだけどね、くすぐったいね。つい涼花の口調が移ったなと思いつつ、頬が緩むのを押さえられない。
「連君照れてますね」
「そりゃ、そうだろう」
義妹に信頼されるように行動しているからこそ、認められるのは素直に嬉しい。
「にしても、望未さんの過去を聞いているとみなさんの昔がどうだったのかも気になってきますね」
「確かに、そうだね。特に連の中学時代の話は聞いてみたいかな」
「それなら、アルバムもありますし見てみますか?」
「えっ、ホントに!?」
思った以上の食いつきに、ちょっと怖くなってくる。何を聞くつもりなんだろうか。
「はい。ただ、私が写ってる写真もあるので、そこは飛ばしてもらっても……」
「見たい、見せてもらっていい?」
「...いいですよ」
うん。俺のときより反応がいいのは、どうしてだ。千夏の勢いに涼花が押されてるのが分かり。……新鮮な反応に少しだけ得した気分になる。そんな俺の視線に気づくこともなく千夏は続ける。
「アルバムあるなら、連は最後にした方がいいのかな?」
「そうですね」
「私も、最後に連君のを見てみたいかな」
「私も」
期待されすぎるのも、何だが悪いがまぁ、いいか。どうせ涼花の方に視線がいくだろうし。
「なら、千夏から聞いてみたいな」
これだけ揶揄われたから何かあれば突っ込みたいなと思いつつ、気になるのは本当だった。
「私?私はね、以外にもバレー部に入っていたんだよ。そこで一応、レギュラー」
「普通だな」
「私も想像通りでした」
「連も雫もひどくない。本気でやってたんだからね」
そう言って千夏は少し拗ねる。……別に疑ってはいなかったんだけどな。
「それは良く分かる。千夏は私に対しても一生懸命だったから」
そう告げたのは桜で、穏やかな笑みを浮かべている。
「そうですね、お兄ちゃんも言ってましたよ、いつも前を向いている千夏さんがいるから、俺も前をむけるって」
「へぇ~、連は私のこと、そんな風に思ってたんだね?」
にやにやとした目で俺の方を見つめてくる。気恥ずかしさを感じるも、俺は白状するように素直な気持ちを伝える。
「確かに千夏がいると安心感がある。大変なことがあっても何とかなるって無茶をできる。いつもありがとな」
「えっ...うん」
まさか正直に褒めることを想定していなかったのだろう。千夏は一瞬きょとんとしてから、頬をほんのり赤く染める。その反応が予想外で、こっちまで照れてしまう。
視線を逸らした先で義妹と目が合う。何か言いたそうに感じるけれど、踏み込んだらいけないと直観が告げる。
表面上はいつも通りなんだけどなと思いつつ、雫の方を向き、口早に告げる。
「今度は雫の話を聞いてみたいな」
「私、ですか? 千夏と同じく変わり種はないですよ。クラスでも気の合う人と本を交換して読んだり、図書室で一緒に勉強したり……そんな感じです。だから、今こうして千夏みたいな明るい人と一緒にいるのが、今でもちょっと信じられないんです」
「もしかして、いやだった?」
雫の方は楽し気に語っているが、それでも千夏は心配そうに様子を窺っている。そんな千夏を安心させるように雫は笑顔で告げる。
「いえ、毎日が楽しいです。……それに感謝しているんです。ずっと自分を押し殺してたからこそ、今こうして堂々と意見を言えるようになったことに」
「時々、鋭く突き刺さっているけどね」
「これからも刺していきます!!」
「そういうの、元気に言うことじゃないだろ……」
思わず苦笑する俺に、雫もつられて笑っている。
「まぁ、それも雫らしさかもな」
そう告げると、涼花が素のトーンでツッコんでくる。
「お兄ちゃんはそういったきつい言葉を使われる方が好みなの?」
「違うからね」
「えー、本当に?」
「本当に違うって」
千夏は俺にどんな印象を与えたいのか不安になってくる。でも、不思議と居心地は悪くなかった。変に遠慮されるより、ずっといい。
「お兄ちゃんまたにやけてる」
「だって、こうして何でも言いあえる友人と出会えたのが嬉しくてさ」
「連って、素直というか……気恥ずかしいことも正面から言うよね」
「そう、ですね。でも、私も皆さんと出会えて嬉しいですよ」
雫が少し頬を染めながらも伝えてくれる。それを聞いた皆が優しく頷く。――あぁ、本当に“仲間”って感じがするな。
「次は桜の過去を聞き見たいよね」
「私?私は深くは離せないんだけど、いい?」
少し不安そうに目を伏せる桜に、千夏が柔らかく頷いた。
「もちろんだよ。友達だからって言えないことなんて山ほどあるしね」
「確かにな」
そう肯定すると、桜はほっとしたように肩の荷を下ろす。
父が交通事故で亡くなって、母がひとりで私を育ててくれたの。体調が悪くても頑張って働く母を見てたら、思ったんだ。――楽をさせてあげたい、って」
言葉を区切りながら桜は話す。
「だから、学校は家から近くて、偏差値が高くて、特待制度があるところを選んだの。いい大学にいけるようにって」
「じゃあ、テストを頑張っていたのも……」
「うん。来年も特待生になれるようにだよ。今が学年3位だから、これ以上は順位を落とせないかな。それに、成績に関しては評定平均4.7はないといけない」
桜が淡々と告げた瞬間、場の空気が少しだけ張りつめた。こういう時はいかに自分が恵まれてるのかを実感する。
「4.7も必要なんですね」
「うん」
そう淡々と告げる桜に対して、みなが驚いているのが分かる。評定で4.7ということは17科目中最低でも12科目はオール5が必要になってくる。
「ということは5教科だけは4で他はオール5を取らないといけないんだよね」
「まぁ、そうだね。今回も点数的には大丈夫だけど、どうしても実技のあるところで評価を落としちゃうんだけどね」
みんなの空気感を感じ取ったのか、何ともない風にいう。きっと高校受験の時も目標の学校に行くために努力してきたのが分かる。なら、力になって上げたいと思うのは自然な気持ちだろう。
「もし、困ったことがあるなら言ってよ力になる」
「私も、体育とかでは協力させてほしい。出来るだけフォローするから」
「うん。ありがとう」
桜が小さく笑う。その笑みには温かさを感じる。俺が罪悪感を感じていることに気付いたのか、桜は俺の方を向いていった。
「連も次のテスト、手を抜かないでね。負けるつもりないから」
そう言ってまっすぐに俺を見る。その瞳は、揺るぎない強さを宿していた。ああ、そうだ。俺が最初に惹かれたのは、この目だった。どんなにつらくても前を向く、その強さに憧れを抱いたんだ。
「それにね、今は――頼れるみんながいるから。少しだけ、学校が楽しいって思えるんだ」
そう告げた桜を、千夏が思わず抱きしめる。
「もっと頼ってくれていいからね」
「そうです。頼ってください」
雫ですら、桜に抱きついている。その光景が、本当に微笑ましくて。見ているだけで胸の奥が温かくなる。そして、望未も口を開いた。
「私でよかったら協力するから」
「もちろん、俺もだ」
「私も、協力します。出来ることは少ないかもしれないですが」
「うん。ありがとう」
そう微笑む彼女の強さの根幹を見た気がする。そっか、誰かを想う力とか一途って所なら桜が一番強いんだろう。桜の笑顔に釣られるようにして、俺も自然と笑みをこぼしていた。




