連の気持ち
妹との会話から、数日。いよいよ望未たちを招待する日がやってきた。
「ここが連君の家なんだね」
感心したように呟く望未の横顔を見ると、ぼんやりと一点を見つめていた。自分にとっては見慣れた家だが、確かに少しだけ広いかもしれない。
高く伸びた白い塀、手入れの行き届いた庭木。玄関まで続く石畳のアプローチがどこか静かな品を添えている。家の大きさとしては、低層マンションのサイズにイメージが近く、2階×4部屋といった所か。
「連君、お嫁さんにして」
千夏が目をうるうるさせながらそんな風に言う。桜も望未も驚いたようにこちらを勢い良く振り向いてくる。"そんな話、聞いてないけど!?"と言う声が聞こえてきそうだ。
「二人とも固まってるから、冗談は程々にしろ」
そういって軽いチョップを頭に落とす。
「あいたっ」
なんて言いながら、頭をさすっている。そんなに...というか、添えた程度なんで痛くないはずなんだけどな...
「今のって冗談だったの?」
そう真剣に聞いてくる望未に千夏は笑って返す。
「もちろん冗談だよ!みんな緊張してるから、ちょっと場を和ませようと思ってさ」
軽い調子で告げる千夏に対して、桜が少しムッとした表情で告げる。
「心臓に悪いから、やめて」
「はい」
一応返事はしたものの、まったく反省していない顔だった。むしろ、桜の反応が面白いという悪戯心がこもった表情をしている。背を向けたままニヤニヤしているのが、余計にたちが悪い...まぁ、桜の反応が新鮮だからこそ、からかいたくなのは少しだけ分かるけれど。
そんなやり取りをしながら、俺たちは門をくぐった。
「でも、こんなに豪邸だとそれ目当てで寄ってくる人とかいたんじゃない?」
「いや、基本的に家に友人を呼ぶことがなかったから知られてないな」
「へぇ〜、じゃあ私達が初めて上がる友人ってわけだ」
嬉しそうに話す千夏に、少し申し訳ないと思いつつも正直に答える。
「いや、有明と大翔だな」
「期待して損したよっ」
不貞腐れたように頬を膨らませた千夏だったが、ふと何かに気づいたようにポツリと呟く。
「……ってことは、女性だと私たちが初めてってことだ」
にやにやと俺のことを揶揄う彼女に何も言えなくなる。限界までもう少しだからこそ、ドアを開ければ追及を逃れるだろう。そう思って少し足を速めると。
「その反応は誰か読んだことあるね。へぇー」
少しだけ視線が痛いのは気のせいだろうか。やるべきことはやってんなという視線を感じる。変に誤解されたくなくて素直に答える。
「違うって。桜をこの前呼んだんだよ。それが初めて」
そう振り返って伝えると、動揺した桜が恥ずかしそうに視線を動かしている。頬がほんのり赤く染まっていて、なんだかこっちまで落ち着かなくなる。
……何それ、可愛すぎる。
千夏も俺の視線を追って桜のことをにやにやと見つめる。何だが、千夏とは感性が似ているようで俺もこんな顔をしているんだろうか?と思うと反省する。
何とか話題を逸らしたくて、先程から注目を浴びていない雫に目線をやると。驚いたように周りを見つめている。
「何か気になる所でもあったのか?」
「いえ……想像以上の豪邸で、ただ驚いているだけです」
控えめに微笑みながらも、どこか落ち着かない様子で視線を泳がせている。借りてきた猫のように、庭先の植物や門柱の細部までじっと観察していた。見慣れないからこそ見えるものもあるんだろう。けれど、玄関先で立ち話を続けるのも涼花に悪い。
「中に上がって続きを話そうか」
「そうですね」
望未の返答を聞いて、俺は玄関のドアノブに手をかけた。――やっぱり、涼花が出迎えてくれるか。そう思うと自然と笑みがこぼれる。
「カワイイっ」
千夏の叫び声にも近い声が、玄関中に響き渡った。その瞬間、涼花がびくっと肩を震わせ、ぽかんとした表情で固まる。
「えっ...と、私ですか?」
「うん!」
今にも抱きつきそうな勢いだ。
「涼花が怖なってるだろう。それにまずは挨拶をさせてやってくれ」
「ごめん。つい興奮しすぎちゃって」
千夏は頭を下げながらも、頬の緩みを隠しきれていない。
「私は鏡 涼花です。お兄ちゃんの妹で可愛い洋服とかが好きです」
そう言ってペコリとお辞儀をする。中学生ということもあり身長はみんなよりも低い。そのせいか小動物感があるのだろう。千夏の表情がやばい。
「玄関先では何ですし、家に入ってから続きを話しませんか?」
「やばい、いい子すぎる」
その提案に対して更に息が荒くなっている。
「千夏はまず冷静になれ、みんなは上がってくれ」
そう言うと、それぞれがスリッパを手に取った。桜と雫はシンプルな花柄を、千夏はスリッパの形自体がデザインされたハート型の物を、そして望未は甲表の部分に熊のぬいぐるみがついたやつを選んでいた。
個性とかがやっぱり出るよななんて思いながらリビングに通すと
「広っ!」
そう千夏がいい反応を返してくれる。キッチンとリビングが一続きの空間で、天井が突き抜けになっている分かなりの解放感がある。
桜も驚いたように見ているあたり前回はあまり意識していなかったんだろうな。皆が席に着いたところで、カップに飲み物を注いで行く。
事前に紅茶で問題ないと言われているので、入れてくれたんだろうな。テーブルを挟んで、雫、千夏、桜。向かいが望未、涼花。そして誕生日席に俺という配置で座る。
一人だけ特別感がある場所に座ったせいか妙に落ち着かない。やっぱり、女子五人に囲まれてるという事実が落ち着かない。そんな空気をほぐしてくれたのは、案の定、千夏だった。
「早速だけど、私から自己紹介していくね。私は松崎 千夏と言います。体を動かすことが好きで特に旅行が大好き!一緒に行く人募集中です」
キラッキラッした目で涼花にアピールしている。その圧に押されたのか、涼花が少し戸惑い気味に微笑む。珍しい涼花の表情が見れて嬉しい。やっぱり我が義妹が一番可愛い。
「次は私ですかね」
雫が控えめに口を開く。
「私は中里 雫といいます。連君とは席が隣になってからの付き合いです。よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をしており、礼儀正しさが窺える。……なんだか、涼花の視線が妙に鋭い気がするのは気のせいか。雫の自己紹介が終わったのを確認して桜が口を開いた。
「私は夢咲 桜と言います。趣味は勉強と読書です。私に教えられることがあれば聞いてくれると嬉しいです。よろしくお願いいたします」
少し硬さを感じるけれど、それも桜らしい。真面目さと優しさが伝わってきて、思わず笑ってしまう。その笑みを見ていると、ふと視線を感じる。視線の先を見ると、――望未がこちらを見ていた。目が合った瞬間、慌てたように逸らされる。
あぁ、次は自分が話す番か、それとも俺なのか――そんなことを迷っているんだろう。確かに涼花が挨拶をするとなると最後が必然的に望未になるわけだ。教室で顔合わせしていると言っても若干の緊張はあるだろうな。
「望未に次をお願いしてもいいか?」
少し驚いたようにこちらを見つめながらも、安心したようにふわりと笑う。
「私は 春風 望未と言います。可愛いものが好きで趣味で集めています。こちらには最近来たばかりなので可愛いお店を教えてくれると嬉しいです」
丁寧にお辞儀をする仕草に、思わず目を奪われる。彼女はもともと育ちの良さが滲み出ているというか――一つひとつの動作が洗練されている。
みんなの視線が集まり、少し戸惑ったように目を泳がせる姿さえも絵になる。そんな空気を和らげたのは、涼花だった。
「望未さん、久しぶりですね」
その一言で、望未の表情がぱっと明るくなる。かわいい。
「覚えてくれたの!嬉しい」
「はい、お兄ちゃんと一緒に遊んでもらったのを覚えてます。昔から可愛かったですからね」
「それをいうなら涼花ちゃんの方だと思うけどな」
その言葉をきっかけに、みんなの視線が一斉に涼花へと集まる。
「本当に可愛らしいですよね」
雫は納得するように頷き、
「アイドルとか女優とか超えて、もう天使とか女神様って感じだよね」
と千夏がテンション高く言う。俺もそれには深く同意するしかなかった。流石千夏である。涼花は、客観的に見ても今まで見てきたどんな女性よりも美しい。まぁ、このレベルにまでなると好みが分かれるというがそれでもなお、世界中、いや創造上の存在でさえ敵うものいないと思う。
「もしかして連君が美人相手でも動揺しないのって......
「そうだね。義妹が一番可愛いと思っているからだよ」
「......シスコンですね」
若干引いたように雫が呟くがこればかりは否定しようがない事実なのでしょうがない。
「お兄ちゃんの身贔屓が過ぎてるよ...でも、嬉しいよ」
涼花がそう言って少し頬を染める。身びいきではないと思うんだが――まぁ、言っても信じてもらえないだろう。あまり会話に参加しない桜と望未の方を見つめると何やら呟いているようだけど、ここまでは流石に聞こえない。
「それで家に来たようだけど何をしようか?」
「適当にゲームでもするのでいいんじゃない?」
「そうだな」
千夏の提案に頷き、自然な流れでゲームを始めた。皆が知っているゲームから、パーティーゲームなどをこなしていく。少しづつなじんでいる彼女達の様子を見守りながらも、俺は席を一時離脱した涼花の方に歩いていく。
「俺も手伝うよ」
「ありがとう。お兄ちゃん」
涼花に手伝ってもらっているのみなのにお礼を言ってくれる。自分の義妹ながらにめちゃくちゃいい子だと改めて思う。
「それで、お兄ちゃんは誰が本命なの?」
涼花は俺の方を見ながらそう問いかけてくる。唐突な問いに驚きつつも、少し考えてみんなの方に視線をやる。無邪気に楽しんでいる千夏、姿勢を正しながら慣れた手つきで操作する雫。対照的におぼつかない手つきで戸惑ったように、体を動かしながらプレーする桜に、常に笑顔を絶やさず楽し気にプレーする望未。
端から見れば魅力的な女性たちばかりで、涼花が気にするのも分かる気がした。俺が気になるこの名前を言ったら多分協力してくれるんだろうな...そんなことを考えながら、改めて涼花の方を見つめる。
返答を待つ彼女の表情には、どこか不安の色が混じっていた。だからこそ、俺は笑って答える。
「本命なんていないよ。誰にも惚れてないから」
それが、今の俺の正直な答えだった。4人とも魅力的だ。でも、それだけ。見惚れているとか、つい目で追ってしまうのは否定できないけど、それは涼花に対しても同じで。誰かを特別に思っているわけじゃない。
それに、彼女たちと付き合えるほど自分に魅力があるなんて思っていない。もし人生を変えるほどの出来事や衝撃があれば、俺も思い切って告白できるのだろうか?
黙って俺を見つめる涼花。その瞳の奥には、少しの寂しさと、少しの安心が入り混じっていた。俺はふと思う。――義兄になると決めたあの日から、俺はこの子の期待に応えられる人間でありたいと思ってきた。
せめて涼花が彼氏を作るその日まで。あるいは、高校を卒業するその日までは、支えたい。ここで誰かと付き合ったら、自分のこれまで積み上げてきた涼花の信頼を壊してしまう気がした。きっと好きになった相手に傾倒しそうな気がするから。
「ほんとに?」
涼花が小さく問う。まるで、“私のために無理をしていない?”とでも言うように。だから、俺は迷わず笑って答えた。
「うん。俺にとっては涼花の方が大切だから」
その言葉に、涼花は一瞬だけ目を見開いて――そして、照れたように後ろを向いた。顔を見られまいとするその仕草が、なんだか可愛くて笑ってしまう。
「お兄ちゃんが私のことを考えてくれているように、私だってお兄ちゃんのことを思っているんだよ。だから、必要になったら頼ってよね」
「あぁ」
自分にそんな時が訪れるのかは分からない。けれど――もし来たなら、頼ろう。涼花が卒業する日まで、彼女の支えでいられるように。俺もまた、そう願わずにはいられなかった。




