閑話:望未の気持ち
連君に会うまでの私は少し不安な気持ちを抱いていた。手紙から伝わる彼の印象も、写真で見る彼の優しそうな笑顔も魅力的だなって思っていたけれど、実際に会ったら変わっているかもしれないって気持ちはあって...でも、彼は変わらずに誰に対しても手を差し伸べる人で、皆から信頼されているのが分かった。
始めてくる学校の教員室。慣れない場所で一人不安だった私に、先生が「信頼できる生徒がいる」と教えてくれて少し安心した。それが連君だったらって妄想は現実のものとなって...運命的なものを感じていてた。
写真よりもずっと大人っぽくなっていて、やっぱり彼女はいるんだろうなって思っていた。だから、つい「好きな人がいる」なんて話をしてしまって……それが、今日一番の後悔だった。
もしかしてさっき必死に弁解した時に私の気持ちに気づかれていたらどうしようと不安になる。けれど、他の人の好意にも気づいているようで――それはそれで悔しい。もう少し彼の気を引ける話とか、仕草とかを考えた方がいいのかな。
でも、あざとすぎて惹かれるのも嫌だし、なんて色々と考えているうちに、気づけば家の前に着いていた。
「お母さんお帰り」
「お帰りなさい、望未。今日は遅かったけれど、さっそく友達でもできたかしら?」
優しい笑顔でいつも私の話を聞いてくれる。つい、顔がニヤけてしまうのがわかる。
「実はね、連くんに勉強を見てもらったの」
言葉にすると、今日ほんとうに彼と再会できたんだって実感が湧いてきて、つい頬まで緩んでしまう。若干距離感を間違えている気がして、彼の横顔がカッコよかったなとか今更ながらに思い出して、自分の体温が体温がじわりと上がっていくのを感じた。頬が熱い。
お母さんは、そんな私を見てにやりと笑う。
「カッコよかったんだ」
「うん。カッコよかったし、優しかった」
「よかったね」
「うん」
言葉にするたび、心の奥が温かくなっていく。
自分の気持ちを素直に吐き出せる人がいるからこそ、頑張れる――そう実感していた。
「いつもありがとね。お母さん」
「急にどうしたの? ……ああ、わかった。連くんに彼女がいなかったんでしょ」
「ち、違うよ……! そういうんじゃなくて。
ただ、話を聞いてもらえて、本当に助かってるから」
思わず慌てて否定したけれど、自分でも声が少し上ずっているのに気づいて、恥ずかしくなる。
「でも……どうしてわかったの? 連くんに彼女がいないって」
そんなこと、一度も言っていないのに。どうして、わかったんだろう。不思議そうに見つめているとお母さんは優しく笑う。
「出会う前は緊張してたのに、今は“別の目標ができた”って顔をしてるからかな」
自分の気持ちをすぐに見抜かれてしまって、やっぱり私はお母さんの子なんだなって、少しだけ照れくさくなる。
「ねぇ、お母さんからみて、私は連君に釣り合っているかな?」
「勿論釣り合っているよ。むしろ連君がどうかな」
ムッとする。いくらお母さんでも連君を侮るのは許せない。
「言っとくけれど、連君を好きな子は4人はいるらしいよ。それに一人は私よりも断然、かわいいし……」
自分で言いながら、少し落ち込んでしまう
「なら今の内に差をつけておかないとね...そうだ、昔付き合っている子がいるなら参考になるんじゃない」
「それならいないっていってたよ」
「我が子ながら、こんなに積極的になったところはすごいわね」
お母さんの言葉に、ようやく自分が“聞き出していた側”だと気づいて、顔が熱くなる。
「ち、違うからねお母さん! 勉強会で他にも女性がいて、その人と付き合ってるんじゃないかって誤解して――その流れで“今はいない”って言っただけで……」
さすがに私だって、そんな大胆な聞き方はできない。でも、本当は少しだけ勇気を出したい気持ちもあって。
「でも不思議ね。話を聞く限りだと、連くんってモテるのに、誰とも付き合ってないんでしょ?」
「うん」
「もしかして好きな子がいるから付き合わないんじゃないの?」
「えっ!?」
その可能性を考えていなかったことに心臓の音が煩くなる。
「あ、でも今は“涼花ちゃんの力になりたい”って言ってたから……それで、付き合っていないのかも」
「そうなの。じゃあ、もしかすると連くんが好きなのは涼花ちゃんかもね。血は繋がってないし、結婚もできるし」
ん???
「……待って、涼花ちゃんって連くんの妹だよね?」
「あら、知らなかったの? 連くんは再婚で、妹ができたのよ」
そう言われて私の顔が青ざめていくのを感じる。桜ちゃんや桜ちゃんですら霞んでしまうような存在を相手に、どうやって彼の心を掴めばいいんだろう。
勝てるわけないって、頭では分かっている。
でも、今度こそ諦めたくない。あの人の隣に立てる自分になるために、少しずつでも頑張ろうと誓った。




