雫の追求
一難さったということだろうか。雫の追求するような視線がようやく外れ、何かを探すように鞄の中へと手を入れる。俺は少しだけ肩の力を抜いて、その様子を見つめていた。
やがて、目的の物が見つかったのか、雫は望未の方へと身体を向ける。手元にはスマホを持ち、表情は先ほどよりも柔らかい。
「じゃあ、グループに望未ちゃんを入れる感じでいいですか?」
「ありがとう。お願いしてもいいかな?」
「はい」
嬉しそうに微笑む望未に釣られたのだろう。雫も新しい友人ができたことに頬を緩めた。楽しそうな二人を見ていると、こちらまで肩の力が抜け、自然と口元が緩んでしまう。望未と連絡先を交換したのだろう、画面の隅に「グループに追加されました」と表示が出た。
可愛らしいアイコンだなと思いつつ、皆に向けてメッセージを送る。
『今度、望未が家に来るんだけど、そのタイミングで俺の家に来る人いる?』
『日程は土曜で考えているんだけど、どうかな?』
送信したのもつかの間、ピコんという通知音と共に、有明からメッセージが返ってきた。
『僕はパスで』
相変わらず無駄のない返答に、苦笑いがこぼれる。ふと引っ掛かるものを感じて分かった。このままだと男子一人になる可能性が高いのではないかと。
大翔は部活で来れない可能性があるだろう。そうなると、女子会の中に男子一人紛れ込んでいる状況が想定される。想像しただけで気まずさがこみ上げ、助けを求めるように有明に個別メッセージを送った。
『どうしてもこれないのか?』
すぐに返信が返ってきた。
『彼女が嫉妬するので、以上』
俺の返答を読んでいたのだろう。すぐに返信が返ってくる。
『どうしても?』
『えぇ、どうしても』
以前、有明の彼女が嫉妬深いと聞いたことがある。だからこそ、これ以上お願いするのは無理だろう。正直に言えば女子に囲まれる光景というのは、嬉しいという気持ちが勝つ。けれど、それは少人数での話な訳で、現状決まっている女性三人に対して男子一人なら、まだ嬉しい。
大翔は部活中だから、返事はあとになるだろう。そんなことを考えていた時、スマホが小さく震えた。
『もちろん行くよ。お金持ちの連の家、見てみたいし』
相変わらず直球なその言葉に、思わず笑みがこぼれる。千夏のそういうところには、妙な安心感がある。望未は真剣な表情で、自分のスマホ画面を覗き込んでいる。
「……千夏ちゃん、ですか」
名前だけを小さく呟く彼女の表情は真剣だった。事前にクラスメイト覚えようとしているんだろう。相変わらず真面目だな、と胸の内で小さく笑う。また通知が鳴り画面に視線を落とすと桜からだった。
『私も行きます』
これで確定しているのは、千夏、雫、望未、桜――そして俺。思っていた以上に賑やかになりそうだ。……とはいえ、男子一人に女子四人。肩身が狭いどころの話じゃない。
俺はわらにもすがる気持ちで、大翔に個別メッセージを送る。
『お願いだから、次の土曜に俺の家に来てほしい』
『部活があると分かっている。でも、頼む!!』
送信ボタンを押した瞬間、思わず息を吐いた。ふと顔を上げると、雫が目を細めてこちらを覗き込んでいる。机越しに、少しだけ身体を傾けて見つめる姿にやっぱり、雫も可愛いよなと思っていると、いつもより低い声ではっきりと告げる。
「望未ちゃんと、二人っきりになれなくて残念ですか?」
「さっきのは本当に誤解だから。女性を呼ぶとしても涼花がいるタイミングで呼んでるし...」
「ふぅん。つまり、他にも呼んだことがあるってことですね?」
彼女の言葉には、軽いからかいと探るような調子が混じっていた。ここで誤魔化すと、あとで面倒なことになる。そう判断して、俺は素直に白状する。
「前に、桜が家に来たんだよ。ほら、テスト返却のあった日に」
「なるほどです。あの時から急に進展しましたもんね。連君と桜の関係」
少しだけ柔らかくなる雰囲気に安堵感を抱く。桜を招待していることで、安全性を分かってもらえたんだろう。だが――その隣では、望未がわずかに頬を膨らませていた。もしかして…なんて勘違いをしてはいけない。それで振られている人を既に何人も見ているのだから肝に銘じておく。
それに、望未には好きな人がいる。気を取り直すように、俺は淡々と口を開いた。
「進展っていうほどじゃないけど、少しは信頼してもらえるようになったと思う」
「もちろんです。たぶん男子で”初めて”桜に信頼されてます」
雫の強い出張に押されつつも、そうだったら嬉しいと思った。
「けど、俺以上に雫や千夏の方が信頼されてるじゃないか?」
「そこは、まあ――同じくらい、ですかね」
ふっと、雫が微笑む。その柔らかい笑顔を見て、ようやく場の空気が少し和らいだ。……たぶん、これで誤解は回避できただろう。でもそこで気づいてしまう。最近男子の友達が増えてない気がするな...と。
そんなことをぼんやり考え、今度、桜井あたりを誘ってみるかそう思っていると思っていると...まるで心の中を読まれたみたいに、雫が笑って言う。
「連君は、私たちがいれば十分ですよね?」
その言葉には、優しいけれどどこか含みのある響きがあった。彼女なりに、桜に余計な気を遣わせたくないのだろう。せっかく少しずつ周囲と関わろうとしている桜に、負担をかけたくない――そんな思いやりが伝わってくる。
「あと、一つだけ言っておきますけど」
雫は少し表情を引き締め、真っすぐ俺を見る。
「連くんはもう少し……周りの人の気持ちって部分に気を配ったほうがいいですよ。自分に向けられてる感情とか」
「俺に向けられてる感情、ね……」
思わず小さく呟いて、苦笑いしてしまう。確かに、最近は他の男子からの探りや嫉妬めいた視線を感じることが増えた。今日の件で、それが一気に加速したのも間違いない。
実際、今日だって望未のことでざわつく教室を見たばかりだ。外から望未を覗こうとする生徒が増えていて、正直あの空気には少し疲れた。他の男子を呼べば、他の男子生徒からの厄介ごとが増える。自分よりもよっぽど周りが見えている彼女が傍にいてくれて良かったと思った。
それで言うなら今は望未の方が心配ではある。
「望未は今日注目されることが多かったけど、大丈夫だった?」
「うん。アイドルやってたから、注目されるのは慣れているんだ」
そう言えばそうだったなと思う。幼稚園での印象からかけ離れていて、臆病な時の彼女の印象がまだ強い。
「そういえば、望未さんは、どうしてアイドルを辞めたんですか?」
雫は純粋に疑問に思ったのだろう。首を傾げながら雫に問いかける。
「最初はね、自分を変えたくて始めたんだ...自分が人を笑顔にできる人になったら自信を持てるかなって」
「なるほど」
「でも、私を応援する人たちは向こうにいるし、今度は学園生活も楽しみたいって思ったの」
そう言って笑う望未の顔には、どこか達成感がにじんでいた。その表情を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなる。――幼稚園で過ごした、ほんのわずかな時間。それだけの縁なのに、彼女は俺のことを覚えていてくれた。
それに向こうでの思い出を大切そうにする彼女を見ていると、なんだか嬉しかった。




