二人から詰められる
二人が戻ってくると仲良さそうに入ってくる。あれから三十分くらいはたっているだろう。何かしたのかと不安になっていたがそうではなかったらしい。
「連君、改めてだけど、教えてもらっていい?」
「もちろんいいよ」
そう言って向かい側に座ろうとしたら、彼女は何故か俺の隣に腰を下ろした。ふわりと柔らかな香りが横から漂ってくる。教えるために自然と距離が近づくせいで、肩と肩が触れそうな、そんな微妙な間合いになる。
涼花での距離感に慣れていなかったら、間違いなく動揺していただろう。
「それで、俺たちの授業範囲は今ここまで進んでる感じだな」
そう言いながら、それぞれの分野を教科書にマークしていく。
「そういえば、教科書の方はもう届いてたんだな」
彼女の目の前に置いてある教科書をみてそう言った。
「うん。本当は4月に転入する予定だったから。教科書も制服も、全部用意はしてあったんだ」
「そうだったんだ。両親の仕事の影響だよな」
「そうだね。でも尊敬するお父さんがそれだけ求められてるってことだから。嬉しい方が勝るかな」
父親の影響で遅れたことに対して気にすることもなく、誇らしそうにする彼女を見て俺は想像してしまう。もし、桜と望未が出会ってたら、どうなってたんだろうな、と。
彼女がクラスを照らして桜の手を引いている姿が見えた。そんな二人が笑っていた姿をつい想像してしまう。少し間が空いたあと、俺はふと尋ねた。
「さっき言ってた、“気になる人”って話。あれはもう諦めたのか?」
「……えっと」
出来れば彼女の力になりたいと思って伝えたその言葉には目を泳がせ、言葉を濁す。その反応だけで、これ以上踏み込んじゃいけないと分かる。
「ごめんごめん。できれば応援してあげたいと思っただけだよ」
「連君は、私のそういう話...気になる感じ?」
こちらを伺うように若干緊張した様子で彼女はこちらを見つめてくる。顔を固定した状態で視線を上げたからだろう。上目遣いで見つめられる感じになり、自分の心臓が高鳴るのを感じる。思わずその視線から目線を逸らしてしまう。少しずるいと思いながら、素直に答える。
「そりゃ、気になるよ。だって、望未は――」
「私は?」
「……妹みたいに思ってるから」
言った瞬間、望未はがっかりしたように少し落ち込んでいるようだった。大切な存在という意味で伝えたようだが、冷静に考えると確かに同級生に“お兄ちゃん面”されるなんて、嫌かもしれないな。そんなことを考えながら、有明がお兄ちゃんだったらと想像してみる。――案外、悪くないかもしれない。
じゃあ、異性にお姉ちゃんずらされたらどうだろうか?千夏はなんか違うな。どちらかというと、双子っぽい感じだし。目の前の雫ならありかもしれないななんて思っていると...
「連君、今……他の女性のこと考えてましたよね?」
「えっと、それはどういう――」
「考えてましたよね?」
「……はい」
涼花のときもそうだったが、女性の“勘”というのは本当に鋭い。どうして分かったのかと冷や汗をかきつつ、助けるように隣見つめた雫からも冷たい視線が刺さってくる。逃げ場がない。
「じゃあ、再開しようか」
望未は少しだけ頬を膨らませながらも、素直にペンを取り直した。問題を教えていくとふと顔を上げた望未と視線があってしまい、つい逸らしてしまう。義妹と違ってやっぱり同級生というのは慣れない。そう言えば昔もそう言った経験があったような気がした。
何も言わない空気感に堪えられなくなったのか、望未がこちらを見て聞いてくる。
「にしても、連君って教え方うまいね」
そう言って俺を見上げながら、にこりと笑う。
「そうでもないと思うけどね。俺より教えるのが上手い人はいるよ」
「え、誰ですか?」
単純な興味――そんな表情で望未が問いかけてくる。確かに、学年一位の俺に教えるほどの人物となれば、気になるのも無理はない。彼女はきっと、俺が“先輩”とか“両親”を挙げると思っているんだろう。
その期待を裏切るように、俺は少し誇らしげに言った。
「妹の、涼花だよ」
「涼花ちゃんが……?」
「うん。涼花はいつも俺の一歩先を行ってるからね」
「そうなんだ……私のこと、覚えててくれるかなぁ」
彼女は過去の想いを振り返るように優し気な笑みを浮かべている。
「きっと覚えていると思うよ」
「本当に?昔の私は地味だったから覚えてないかもしれないよ」
「そうかな?自分の世界を確立して、皆に色んな世界を見せていたじゃん」
「連君は覚えてくれているの?」
不安そうに聞いてくる彼女は、でも本当だったら嬉しいなという期待の視線で見つめてくる。
「もちろん。今でも作ってくれた花のブレスレットは押し花って感じで家にあるよ」
その言葉にふわっとした笑みを浮かべていた。まるで花畑が一面に咲いたと錯覚するほどに、暖かな空気が彼女を纏っていた。
「うれしい」
望未にとって俺という人物が少しでも手助けできるなら嬉しい。彼女から与えられた多くのことを今でも俺は覚えているから。
「にしても昔の印象からはずいぶん変わったよね」
「うん……私も、いろいろ頑張ったから」
少し照れくさそうに笑いながら、望未が言う。きっとその言葉の裏には、努力の積み重ねがある。レッスンに、歌に、ファンサービスに。誰かのために全力で頑張れるその姿勢が、素直に羨ましいと思った。
俺にはできないことを、彼女はやっている。――誰かの“想い”を受け取って、それを力に変えられる人。そして同時に思う。涼花にとって、俺はそんな存在になれているんだろうか、と。
「……また他の女性のこと考えてましたよね」
「……はい」
「今度は涼花ちゃんのこと」
「えっと、なんで分かるの?」
「女の勘です」
望未は楽しそうに笑った。その笑顔が少しだけ子どもっぽくて、けれど、どこか大人びても見えた。
「それで何を考えていたんですか?」
「二人を会わせたら、面白そうだなって本当に思っただけだよ」
「ふふっ……そうかもしれないね」
「じゃあ、今日、家に来る?」
そう軽い気持ちで誘っただけだったのに...
「連君。それはどういうことですか?」
なぜか、雫からものすごく責めるような視線を向けられている。下手なことを言えば断罪されるようなそんな重い雰囲気を感じていると雫がニコリと笑いながら口を開いた。
「いえいえ、転校初日の女子を家に連れ込むなんて……連君、意外と手が早いんですね」
「違う!待って、違うから!!」
まるで「今すぐ成敗してやる」とでも言いたげな静の視線に、思わずたじろいでしまう。
「下手な意図はなくて、単純に涼花が喜ぶかなってそう思って。そうだな、雫も来れるかな?もちろん千夏とか桜たちも誘いたいと思っている」
雫はじっと俺を観察するように見つめたあと、ようやく小さく息をついた。
「……下心があったわけじゃないんですね?」
「ない! 全くない!」
必死に伝えると気持ちが伝わったのか、雫が呆れたようにしながらも肩の力を抜く。
「分かりました。信じます」
「ありがとう。皆が集まるならまた後日にしよっか」
「うん、そうだね」
今日は女性に追い詰められることが多いなと感じながら、これも距離が縮まったという事だろうと思うことにした。未だに心臓の音が煩い中、雫だけは怒らせないようにしよう。そう思うのだった。




