特別な存在
昼休みになっても、相変わらず彼女の周りには人だかりができていた。愛想がよく、どんな質問にも笑顔で答える。答えづらい質問でさえ、少し困ったように笑いながら返してくれる。その柔らかさが、きっと彼女の人気の理由なんだろう。
5分ほど様子を見ているが彼女を囲む人だかりが解散する様子がなかった。いったん介入するべきだろうと思い俺もその輪の中に入っていく。男子生徒の方は露骨に俺に対して敵意を向けてこないでください。
「望未、質問良いか?」
「えっ...連君」
急に声を掛けられたにしてはやや大げさだと思えるほどの勢いで俺の方を振り返ってきた。それに対して少し驚きつつ、彼女を見つめていると、何かを察して口を開く。
「それで質問って何かな?」
「今日の昼に関しては弁当なのか、それとも学食で食べる予定なのか聞いておきたくて」
クラスメイトもその質問で察したのだろう。彼女の食べる速度を知らないからこそ、配慮する必要があることに。そこに安堵しつつ彼女を見つめると、なぜか優し気な表情で俺の方を見つめていた。俺も見つめ貸していると彼女は少し頬を染めて視線を逸らす。流石に見つめすぎだったな...と反省をする。
「今日の私は弁当だよ。食べるのは自分の席を考えてたんだけど...」
そう言ってこちらを見つめてくる。多分誘いに来たかどうかの確認だろう。勿論俺達とご飯を食べてもいいが、隣通しで親友みたいなポジションになりつつある彼女に任せるべきだろうと一つ隣の席に視線をやる。
「なら東雲さんと一緒に食べるといいよ。俺達は男子グループでいつも食べているし、その方が気兼ねしないと思うぞ」
「うん。そうさせてもらおうかな」
望未は頷いた後に、東雲さんの方へと振り返る。
「葵、一緒にお昼食べてくれない」
「もちろんだよ」
そういって二人とも満面の笑顔で互いに照れていた。まだ出会って数時間程度であるが、下の名前で呼び合うくらいには仲良くなっている。
「それと、他の人もあまり質問攻めにしていると、昼を食べ損ねるからそこそこにしろよ」
「わかってるよ」
男子生徒たちは少しだけ不服そうにしながら告げる。確かに現時点で彼女に質問をしているのは殆ど女子生徒である。肝心の質問に関して聞けていないことが不服なんだろうな。桜の時のように教室に戻ったら、雰囲気が悪くなっていたなんてのは流石にいやすぎると感じ、隣の大河にお願いをする。
「大河、悪いけれど購買で昼食を買ってきてくれないか?」
「任せろ」
そう言って彼は颯爽と走っていった。時間的に遅れた分を取り戻そうとしてるのはわかるのだが、怒られないだろうか?そんな風に大河の心配をしていると有明から質問が飛んできた。
「彼女のことが気になるんですか?」
「気になるにきまっているだろ?流石に転校初日からクラスに対して悪い印象を与えたくないからな」
「僕としては恋愛的な部分で聞いたつもりだったんですが、どう思っているんです?」
その質問に対して、傍にいた雫と千夏、桜以外も興味があるのかこちらを見つめている。有明は絶対俺のことを揶揄うために言っているだろうと分かる。俺は軽く息をはいて告げる。
「かわいいなとは思うけれど、恋愛感情としては微妙かな...ただ、知り合って初日なのに男子生徒が鼻の下を伸ばしているのは少し癪に障る」
「意外にもかなり彼女のことを大切に思っているんですね」
そう言って有明は楽しそうに俺の方を向いている。
「はいはい。それでいいよ」
そんなことはないと示すように、軽く受け流そうとしていると。桜が俺の方を見つめて聞いてくる。
「連は望未のことを特別に思っているの?」
そんな捨てられそうな子犬の目で俺の方を見つめないでほしい。勝手な想像にはなってしまうが、望未との時間が増えるにつれ疎遠になることを懸念しているんだろう。人付き合い初心者の彼女らしい部分だなと思いつつ安心させるように告げる。
「俺は桜を含めて3人とも特別だと思っているよ」
「ふぇっ...」
桜はその言葉に対して驚いたように数歩下がる。その様子を千夏は楽しそうに笑っていた。
「今の返し方だと、連が3股宣言してるみたいだね」
「違うから。あくまで友人としてだから」
俺の反応があまりにも必死だったせいか、クラスメイトの視線が集まっていた。ふと目が合った望未の方は既に昼食を食べるメンバーで固まっており、一安心する。
「そっちの方が今は騒がしいね、何の話してたの?」
東雲さんの問いに対して千夏は楽し気な笑みを浮かべながら、告げる。
「連がね、私達3人に対して特別な存在っだって言ってくれたんだ」
「へぇ~、流石連だね」
と東雲さんも揶揄うように言ってくる。もはや俺がいじられるのが定番化しているような気がする。ふと視界に入っている望未の表情が悲し気に移ったのは気のせいだろうか...いや、少なからず信頼していた人が3股宣言するような人間になっていたと知ったらショックだろう。早期に訂正する必要がある。
「望未、3人に対して特別とは言ったけれど、俺はあくまで...」
その発言を遮るように何かを隠したような笑顔で告げる。
「分かってるよ連君。君が不誠実な人ではないってわかっているから」
「うん」
信頼という部分を積み重ねていて良かったと思う瞬間だった。一安心をしているのもつかの間、東雲さんが楽し気な表情で望未を見つめている。
「望未には向こうで特別な存在とかいたの。例えば彼氏とか?」
特別な存在問う部分を踏まえた上での質問なんだろうが、皆がその返答を期待しているようだ。その質問に男子生徒達が一斉に動きを止め、先程まで会話していた女子生徒でさえも彼女の返答が気になっているのかシーンとなる。
さすがに、止めたほうがいいか――そう思いつつ視線を向けると、ちょうど彼女と目が合った。望未は一瞬だけ困ったように笑ったあと、はっきりと言った。
「いないよ」
その一言で、数人の男子が小さくガッツポーズをする。……いや、喜びすぎだろ。そう内心でツッコみつつ、クラスの雰囲気が浮ついた感じになる...この宣言で学校全体でも告白する人が増えるんだろう。そんな風に遠くを見ていると、望未の方はどんどん質問が追加されていく。
「向こうでカッコいい人いなかったの?」とか「アイドルの知り合いから告白された経験は?」何て質問に冷静に返している。本当に恋愛経験がないと分かった周りの女子達は一斉にいった。
『もったいない』
その言葉にほとんどの女子が頷いている。
「でも、今まで彼氏とかはいたんじゃないの?」
男子の希望を折るように告げた東雲さんの言葉にごくりと唾をのみ込みそうな音が聞こえた。
「いなかったよ。ほら、私アイドルやっていたし」
「でも、過去に気になる人くらいはいたんじゃ?」
そう告げる東雲さんの言葉に対して、望未は少し悲しそうは表情をした。その表情から察せる部分はあるけれど、それでも言葉にしてくれる。
「うん、いた。昔から好きで、彼の隣に立てるくらいの自信を持てるように始めたのがアイドルだったから。まぁ、その人には彼女がいるからアタックできないんだけどね...」
少し悲しそうな表情を見せたからだろう。質問した女子も罪悪感を感じてるようだった。その変化を望未は見逃すはずもなくすぐに笑顔で伝える。
「でも、その人のお陰で私は今の明るい性格に慣れた、可愛いものが好きって面と向かっていえるようになった。だから、後悔はしていないかな」
そう告げる彼女の言葉に納得した。向こうで好きな人が出来て、彼女は変わったんだろうと。素敵な出会いを称賛すると同時に彼女を振った、いや告白していない男子にもっと彼女を見てやれといいたい。彼女が略奪するようなタイプじゃなさそうだから、きっと結ばれることはないんだろうな。
「本当に大切な人なんだね」
「うん。家族と同じくらい大事に思っている」
「でも、会いに行くとなると時間とか掛かっちゃうもんね」
「そうでも、、、えっとそうだね!!」
何かに気づいた彼女は慌てたように机から立ち上がった。学校という雰囲気が似たような感じだからだろう。まだ関西にいたころの感覚が抜けていないようだった。恥ずかしくなった彼女がスカートを掴んで顔を赤らめいている様子に、周りの女子達は頬が緩んで見つめている。
カワイイという心の声が聞こえてきそうだった。望未も抜けているところがあるんだなと、謎の安心感を覚えていると、俺に対しての視線を感じる。その方向に目線を見つめると東雲さんがいて、俺を見て何か納得しているようだった。俺に何かついているのかと、自分を見つめるがそんなこともない。
「連ならその相手をしっているんじゃないの?」
「手紙のやり取りを最近した程度だといっただろ。望未を変えた人物がいるというなら、俺の方が気になっている」
「へぇ~、気になるんだ」
俺の方を見つめてニヤついている彼女は何が狙い何だろうな。物語のように幼馴染か、離れ離れになってしまった想い人どっちを取るのかなんて妄想してそうだった。望未の方も少しむくれたようにして聞く。
「私ばかり質問されてズルい...モテそうな葵の方は彼氏とかいないの?」
ぷくっと起こった望未に対しても、危機感を覚えることなく、頬が緩んでいる。ハッと我に返って自信ありげに答える。
「私は彼氏がいるからね」
胸を張ってこたえる彼女に足して、嫉妬するのかと思ったがそうじゃなかった。
「サラッと答えるのズルい」
そんな風に少し怒ったようにむくれている。怒った姿ですら可愛いと思ってしまうのだから凄いなと感じた。常に可愛いを意識した振る舞いに本当にアイドルを頑張っていたんだなと温かい気持ちになる。望未と東雲さんが言い争っている姿を見て、教室中が和んでいた。
きっと彼女ならこの学校でも上手くやっていくだろう。そう思った。




