再会
教室の窓から中を覗き込む。案の情彼女は一番乗りで学校についていた。緊張しているのだろうか、手をくんでじっと机を見つめている。
「おはよう、桜」
俺は引き戸を開けて声を掛ける。
「連、おはよう」
そう挨拶を返してくれるだけなのに、心が温かくなる。
「いつもこんなに朝早く来ているのか?」
「そんなことないけど、後から入ってきたらその空気間に耐えられないと思って」
「確かに。皆の視線がある中だと気まずいよな」
「うん」
最初の態度がきつかったせいか、しおらしい態度に可愛いと感じてしまう。軟化した今の彼女ならきっとクラスメイトに受け入れられるだろうな。でも、男子がちょっかいを掛けてまた悪化するのも何だし、千夏達に期待だな。
「夢咲さん!!」
そういってクラスに入ってきたのは千夏だった。噂をすればなんとやらだな。
「やけに早いな」
「それは連もでしょ」
「確かに、そうだな」
思わず苦笑してしまうのはきっと彼女も俺と同じようなことを考えているからだと思った。二人は見つめあって何を話せばいいのかと緊張しているようだった。でも、先に口を開いたのは桜だった。
「あのね、千夏」
「うん」
その先の言葉を待っている。桜の顔を見つめて、固唾をのむ。
「ごめん、無視をして。沢山好意を伝えてくれたのに。ごめん」
深く深く頭を下げて謝罪をする。90度に曲がった背中が若干震えているような気がした。でも、何を言われても受け止めるという意思を感じる。
「ほんとだよ。私はもう親友くらいの感覚でいたのにとてもショックだったし、そんなにすぐ捨てられる関係だったのかと傷ついた」
その声は真剣そのもので、俺は口をはさむことも出来ない。何度も声を掛けて、断られて、自分を責めて落ち込んだ姿をみているからこそ、俺はどっちの見方もできずにいる。
「でもね、今はそれよりも嬉しいって気持ちの方が強いんだよ」
優しい声で、ふわりとした笑顔でそう言う。桜も顔を上げる。
「ずっと話したいと思っていて、また話せたんだもん」
そう言って千夏は桜に抱き着いた。二人は互いの体温を感じるように抱き合って。
「私もずっと話したいと思っていた。でも、迷惑かけちゃうかなって、思って」
目に涙を浮かべながら桜がそう言う。その思いが俺にも伝わってきて、つられて込み上げてくるものがある。それは千夏だってそうで。
「迷惑じゃないよぜんぜん」
そう言って涙を流しながら抱き合っていた。しばらくの間、二人は互いを支えあうようにして、互いの顔を見て笑い出す。
「にしても悔しいな私」
「なにが?」
桜がそう言うと、頬をぷくっと膨らましながら俺の方を見てくる。
「連がきっかけで夢咲さんと仲良くできることが」
「でも、千夏がいなかったらきっと勝負に踏み出すことができなかった。頼りになる二人がいたから俺は一歩踏み出せたんだよ」
「まぁ、役に立ったならいいけど」
「私は千夏と中里さんがいたからクラスに関わるきっかけをくれたと思っているよ」
「それならいいかな」
そう言って千夏は桜の頭をなでる。こうしてみると姉妹のように見えるななんて思いながら見つめていると、千夏はニヤリと笑う。
「それに、私はもう下の名前で呼んでもらっているし」
俺に向けた挑戦的な笑みに対して俺も答える。
「それなら俺も読んでもらったよ。ね、桜」
「えっと、うん」
「まって、まって、なんで下の名前で呼んでいるの!?」
「それは昨日仲良くなったからだよ」
俺もニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべて応戦する。本気で悔しがっているのだろう。歯ぎしりをしながらこちらを睨みつけてくる。やがてニヤリと笑みを浮かべて。
「でも、抱き着いたのは私が初めてだから」
「それ、俺が出来ない奴だろ」
「いいでしょー」
何て騒ぎあっていると、教室のドアが開く。皆の視線の先には中里さんがいた。驚いたようにこちらを見つめる彼女は、こちらをジッと見つめる。力が抜けたのか、カバンは方からズレ落ちた。俺達の様子を伺いながら、こちらに近づいてくると、一言。
「ズルい」
桜と千夏と顔を見合わせるが、何がだろうかと思っていると。
「どうして先に、仲直りしているんですか」
俺達をジッと見つめるその表情に無言の圧力を感じる。やっぱり事前に伝えておくべきだっただろうか...そんな後悔をする。
「えっと、示し合わせたりとかはなくて、何となく夢咲さんが早く来るかなと思って」
俺がそういうとジッと見つめる。
「連君は確信をしていたんですよね、いつも一番遅く来るのに...」
「まぁ、そうだな。でも、こういうのって事前に伝えるのもアレだろ」
完全に自分でもいい訳だと思っているが、何とかならないだろうか...そう見つめるがダメそうだった。
「千夏は知っていたんですか?」
「私は知らなかったよ。何となく夢咲さんなら早く来る気がしたから」
本当だと察したのか、次の視線は桜へと向かう。
「夢咲さんも夢咲さんです。言葉を重要視するのは分かります。でも、先に電話でもメッセージでも伝えてほしかった」
「ごめんなさい、雫。どうしても直接伝えたかったの」
「それで、他にいうことは」
「仲良くしてくれたのに無視してごめん、私の為に作ってくれたのに、その好意を踏みにじってごめん」
「うん。許します」
そういって、桜の頭をなでる。
「私もごめんなさい。球技祭の時に、力になれなくて」
「そんなことないよ...それに、教室では私の味方になってくれた」
「なら、お相子です」
そういって手を差し出す。にっこりとした笑顔で。差し出された手を桜も握る。見つめあう視線の先でどこか通じ合っているような気がする。
「それじゃあ、みんな仲直りできたようで何よりだな」
「私はまだ連君のことを許してないかな」
「ははは」
乾いた笑みしか浮かんでこなかった。普段おとなしい子が起こるとこんなにも怖いんだと理解させられる。千夏は俺が悪いからしかたないという視線で見つめている。逆に桜は自分が悪いと思っているんだろう。どうしようとあたふたしている様子がかわいかった。
「今、別のこと考えてますよね」
「ごめんなさい」
鋭い視線に俺は頭を下げることしかできない。
「バツとして、3日間連君とは口をききません」
「どうにか、口をきいてくれないでしょうか。この通り」
そういって俺は深く頭を下げる。数秒間何の反応がないから顔を上げたくなるが、我慢をする。
「なら、また私達にデザートをおごってください」
俺は顔を上げて中里さんの顔を確認する。その表情をみて察する。また話し合える場が欲しいんだろうということに。
「もちろんだよ」
「じゃな、今度はもっと高い所にしよう」
「流石に遠慮なさすぎでしょ」
「いいですね」
「中里さんまで...」
彼女達のノリに合わせていると、桜が心配するように口を開く。
「連だって反省しているようだし、流石におごってもらうのは...」
「落ち込んでいるのは冗談みたいなもんだから、気にしないで大丈夫だよ。それに資金には余裕があるから」
「でも、流石に悪いよ」
そう落ち込む彼女を見ているとこちらまで、悪い気がしてくる。だから...
「千夏と中里さんには色々手伝ってもらったお礼をしたいし、一人だけおごらないのも悪い気がする。それに、奢る方も気分がいいんだよ」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫」
彼女は本当だろうか?と俺の目を見つめてくる。その真意が伝わったのだろうか、彼女は視線を外して、顔を背ける。
「にしても、たった一日でこんなに雰囲気が変わるなんて二人の間で何があったんでしょうね」
「何もないよ、ね。桜」
「う、うん。何もないよ」
「「あやしい」」
流石に家にまで上がってもらった何て言えるわけもなかった。千夏と中里さんが俺達を見つめているとタイミングがいいのか、それとも問題を先延ばしにしただけなのかは分からないけれど生徒の話し声が聞こえてくる。
「他の生徒も来たし、中里さんは鞄を回収しないと」
「え...そうでした」
「上手く逃れたね、連...でも、後で聞かせてもらうから」
そう千夏が耳元で囁いてくる。驚いて振り返ると千夏との距離が近くて驚いて、数歩下がる。いい匂いがしたし、やっぱり顔整っているよな。
そんな俺のことを桜がじっと見つめてくる。邪な気持ちを抱いたことがバレているのだろうか。恐る恐る桜の顔を見つめる。
(二人とも、距離近い)
何やら呟いているようだが、良く聞こえない。
「いったんは自分の席に戻ろうか」
「そうだな」
これからどうするのかは桜が決めることだ。クラスメイトに話しかけるにしろ。彼女なりのペースがある筈だ。以前の彼女なら不安がある。でも今は信頼できる。これからクラスがどう変わっていくのがが楽しみだ。
出来るなら今のメンバーでずっとと考えるけれどそうはいかないのは知っている。進路選択があって別の道に進むこともあるだろう。けれど、この関係性はずっと続いていく。そんな予感がした。
 




