桜の気持ち
「ご馳走になったうえに、肉じゃがのおすそ分けまでいいの?」
「あぁ、せっかく夢咲さんも作ってくれたんだし、両親にだって食べさせたいだろ?」
「それは、まぁ、そうだけど...」
色々してもらった上で、悪いなと思っているんだろう。気にしなくてもいいのにな。
「夢咲さんはさ、もっと自分の感情に素直になってもいいと思うよ」
首を傾げながらこちらを向いてくる。慎重さがあるからか、こちらを伺う姿が子犬のように感じて抱きしめたくなる。
「これまで一人で何とかしようと頑張ってきたと思う...なら、今度は何かあっても助けるから、フォローするから、頼ってよ」
驚いた顔でこちらを見ていた彼女は、ふっと表情を緩めて笑う。
「うん、そうだね」
そう言った自分の言葉を噛みしめるようにして、微笑んでいた。なのに今は視線を彷徨わせて、何かを考え込んでいるようだった。
「あのね、、」
「う、うん」
急に発した声の大きさに彼女自身も驚いているようだった。それでも意を決したようにこちらを見つめて、口を開いた。
「連って呼んでもいい?」
「...えっ?」
咄嗟に言われたことに理解が追いつかず、戸惑いを浮かべてします。彼女はそれを否定と受け取ったのか、落ち込んだように呟く。
「やっぱり、嫌だよね」
「下の名前で呼びたいって言った?」
「うん、そうだけど...」
そうか、そう言ったんだよな。もちろん深い意味はない筈だ。友人と呼べる人が出来て、名前で呼び合う関係に憧れた適なやるだろう。だから変に動揺するな。
「別に大丈夫だよ。俺も桜って呼んでいい?」
「いい、よ」
声は上ずっていなかっただろうか、変に顔がにやけていないよね。なんて心配しながらも彼女の様子を伺う。どうやら夢咲さんも恥ずかしかったようで、頬を赤く染めていた。
そうだよね、初めて友人と認めて下の名前呼びでいいかって尋ねるの緊張するよな。俺は別の意味で緊張していたりするんだけどね。
「それじゃあ、また明日」
夢咲さんはそういって、走り去っていった。駅までは送る予定だったが、何となく恥ずかしくて俺はその場で立ち止まっていた。家の扉を開いて中に入ると義妹がリビングで座っていた。
「お兄ちゃん、顔にやけているけど、何かいいことでもあった」
「あぁ、やっぱり認められるってのは嬉しいな」
「そうだね」
教室の皆は彼女の変わりようにビックリするだろうな...でも、もしかして緊張して離せないこともあるよな。千夏や中野さんには事前に伝えといた方がいいか?
「はいはい、明日のことを杞憂してもしかたないよ、お兄ちゃん」
「ホントに俺のことを理解しているんだな、涼花は」
「そうだよ、でもお兄ちゃんの恋心に関してはまだまだかな」
「言っとくけど、恋はしてないぞ」
「でも、ドキドキはしていた」
「...よく、お見通しで」
「兄妹だからね」
そう言った義妹の笑顔が眩しかった。逆に言うと義妹だって誰かに好意を抱く可能性はあるわけで...
「どうしたのお兄ちゃん」
「いや、涼花が誰かに好意を抱いているところを想像して釈然としないというか...」
「ふふっ、お兄ちゃんもそういう事気にするんだね」
「当たり前だろ」
今も昔も変わらず、一番大切だと思う存在は義妹とだけなんだから。親父とどっちがと聞かれても義妹と即座に答える。
「安心していいよお兄ちゃん、私が好きになるのはこれからもたった一人だけだから」
「前に言っていた初恋の人か」
「覚えてくれてたんだ」
「まぁね」
嫉妬したなんてことは口が裂けても言えないな。みっともないし。というか出来ればその人が目の前に現れないことを祈っている。
「ほら、お兄ちゃんも明日の準備があるんだろうし、お風呂に入りなよ」
「そうだな」
いつも通り優しい義妹。笑顔で笑って支えてくれる彼女の期待に俺は答えることができているだろうか?スマートフォンを優しく見つめる彼女の先には何が見えているんだろうな。そんなことを思いながら俺は風呂に入るのだった。
***
Side桜
今にも叫び出したい気持ちを抱えながら私は走っていた。名前呼びは大胆だっただろうか...でも、松崎さんだって千夏って呼ばれているし...正面から彼の顔を見ることができなくて、逃げ出す形で走り出していた。
変に思われていないだろうか...失礼になっていないかな?なんて不安な気持ちが出てきてしまう。彼ならそんなことを思わないって分かっているのに。
自分でも制御できないほどに感情が溢れくる。今まで抑えていた分の反動なのかな、、、すごく困る。でも、彼にもっと近づきたいというこの想いは本物で、千夏とかにも負けたくなかった。もちろん中野さんにも。私だって本は読むし...
明日どんな顔で彼女達に顔合わせすればいいのだろう...そんな不安はもちろんある。けどね、私は何となくだけど上手くいく気がした。きっと頼りになる彼がいるからだ。って考えると顔が赤くなり、体温が上昇するのを感じる。
初めて抱くこの感情は何ていうのだろうか?恋なのかな、それとも信頼?それは後々、理解していけばいい。そう思って家に帰宅すると。
「あら、遅かったね桜」
「ごめんなさい。心配させちゃったよね」
そう私が返答すると私の顔をマジマジと見つめてくる。
「なんだか、昔のあなたに戻ったみたいね」
「昔の私?」
「うん。少し恥ずかしがりやで、でも相手の気持ちを汲み取るのが上手な女の子」
「いつの話をしているの!」
何だか見透かされているのが恥ずかしくて、声が少し大きくなってしまう。バレてないよね、私の気持ち...そう思いながら母の顔を見つめる。
「何かいい出会いがあったのね」
優しく笑う母の姿を見つめて思う。こんなにも優しそうに微笑む母はいつぶりだろうか...。それに母の為にと頑張っていた私はきちんと母の顔を見ることができていただろうか。そんな私の不安を感じ取ったのか、満面の笑顔で明るくいう。
「それよりも美味しそうな匂いがするわね」
「うん、友達の家で肉じゃがを作ったから、それをもらってきた」
そういって肉じゃがが入ったタッパーを開ける。昆布だしに醤油、優しくて香ばしい匂いが室内に広がる。
「桜も作ったのよね」
「もちろん」
「そう...ご飯を装って食べていい」
母は嬉しそうにご飯を見つめる。
「うん」
母がご飯を口に運ぶ。口に入れた瞬間、驚いたようにこちらを見つめる。
「ホントに美味しいわね」
「でしょ!!」
私も彼がほめられたのが嬉しくて。身を乗り出して返答していた。
「その友人とは上手くやっているようね」
「うん。私にはもったいないくらいいい人だよ」
「なら、大切にしないとね」
「うん」
こうやって母と笑いあいながら話したのはいつぶりだろうか。中学も勉強を優先して母の顔を見れていなかった気がする。もっと大切にしていくべきだった何て後悔はしない。
積み上げる大切さを彼から教わったから。自分も変わっていくことができるとそう思わせてくれる彼が大切だと思った。...でも、さっきからついつい、連のことを考えてしまう自分がいる。
「どうしたの桜、顔が赤いけど」
自分でも分からないほど、感情が高ぶっていたことを指摘されて、さらに体温があがる。
「何でもないよ、ちょっと恥ずかしいことを思い出していただけ」
「...そっか」
その笑みに何か見透かされているような気がした。いつか話してね、、、そんな想いを感じる。今は難しいけれど、もう少し自分の気持ちに素直になれる日が来たら聞いて欲しいと思った。
その時彼とどんな関係なのかな...そう考えてしまう自分にまた恥ずかしさを感じる。でも、どこか心地よさを感じた。




