素の自分
雨音が規則的に窓を叩くリビングで、俺は息を整えて口を開いた。彼女はタオルで濡れた髪を軽く拭きながらも、視線を合わせようとはしない。彼女の返答を待つようにジッと見つめていると口を開いた。
「……いいよ」
小さく落ちた声。それを合図に、俺は胸の奥にしまっていた気持ちを口に出す。
「最初に君を見たとき……過去の自分と重なったんだ」
何かに追い詰められるように、ただそのことだけを考える姿に、目線がついいったことを覚えている。
「……重なった?」
彼女は俺の目を見ながら、疑うような視線で見つめてくる。
「うん。一人でどうにかしようとするその姿に」
俺は視線を落とし、過去を辿るようにゆっくりと言葉を紡ぐ。カッコ悪くあがいて何もできなかった過去を。
「……正直に言うと俺と妹は血がつながってないんだ」
彼女の眉が、わずかに動いた。何か悲しむような納得するようなそんな視線だった。その表情が気になりつつも先を話す。
「初めてできた“妹”だった。頼りにされる兄になりたかった」
それは今もずっと俺の中で燃え続けていた小さな炎だった。嫉妬なのか、それとも意地なのかは分からない。過去に頂いた感情の残滓を感じる。あぁ、なさけないなと思いながらも口を開く。
「義妹は天才だった。何をやらせても、一度見ただけでできてしまうような子だった」
夢咲さんは黙って聞いている。表情は読めない。俺は少し息を吸って続けた。
「正直悔しいと思った。だから、追いつけるように努力したんだ……夢咲さんみたいに、友人との約束も放棄して、何もかも捨てて...でも、義妹には何一つ勝てなかった」
自分の胸に重くのしかかる感覚がある。それは今でも変わらない現実。
「1学年上なのに、勉強ですら敵わない。体格差があるのに運動もダメ……ホントに、情けないよな」
夢咲さんは何も言わない。ただじっと話を聞いてくれる。それがありがたかった。
「……でも思ったんだよ。兄として、妹より“上回っている”ことが、本当に必要なのかって」
そう言うと、夢咲さんの視線がわずかに揺れる。結局、彼女がなんのために勉強してるのかってところ問うものだから。彼女の表情に変化があったタイミングで続きを話す。
「妹に勝る必要はないってのが、俺の結論だった。俺は妹を守れるような存在を目指しているんだから……そのために、友人を頼るようにした」
俺は彼女の人をしっかりと見つめながら話す。これは俺が一番重要に思っている気持ちだから。
「他の人の手助けをして、いつか妹が困ったときに……その人たちが助けてくれるように、そういう環境を作ろうと頑張るようになった」
俺は自分の気持ちを全部伝えた。彼女は何かを消化するように考える、やがて口を開いた。
「それが私を特別だと思う理由にどうつながるの?」
俺は、笑いながら答える。
「自分の信念と呼ぶべきことに対して真っすぐな所。そして、一つの気持ちを抱け続ける強さかな。それに、夢咲さん綺麗だし」
彼女は目をぱちくりとさせた後、顔を赤く染める。やぱいと思って俺は狼狽える。バカが、余計に怪しまれるだろと思って彼女を見つめるがもう遅かった。
「私、綺麗なの?」
「そりゃあ、綺麗だろ。今まで見てきた同学年だと一番は確実だし」
「義妹さんより」
「まぁ、綺麗という部分なら」
何の質問なんだ。そう思いながら俺が彼女を見つめていると。
「そっか、そうなんだ」
そなんことを呟きながら、嬉しそうに笑っている。正直、彼女の反応に置いてきぼりになっていると夢咲さんはこちらを向いてくる。
「私、綺麗なんだよね」
「...そうだな」
俺は戸惑いながらもそう返す。
「なら、今も意識してたりするの?」
そう言われて、つい彼女の前進に目を向けてしまい、顔が熱くなるのを感じる。俺は何も答えられずにいると。
「そっか、意識しているんだ」
そういって、彼女は何故か嬉しそうに微笑んでいた。その後も険しい顔をしたり、落ち込んだりと百面相をしている。
俺はあっけに取られながらも、これまでの彼女のことを考えいるとついさっきの出来事があまたをよぎる。そういえばさっきまで男性に襲われそうな所、弱った女性を家に連れ込むって状況に、冷静になって怒っているのではないかと。
「ごめん」
彼女はきょとんとした表情で俺に問いかけてくる。
「えっと、何が?」
「ほら、男性に襲われて怖い時に、弱ってる君に付け込んだみたいな感じで家に連れ込んでいるし。いや実際にいうなら付けこんでるんだろうけど...」
後半が、言いよどんでします。そんな姿に対して彼女は、急に笑い出した。それは今まで見たことがないほどに、自然体な姿でつい目が奪われてしまう。
「ごめん、急に笑い出して」
「いや、いいんだけど。何かおかしかった?」
「君が意外にも繊細で、私と変わらなず悩んでいる。それがおかしかった」
俺はピンと来ていない。もしかして夢咲さんからしたら俺も特別な存在に見えていたんだろうか。
「別に俺は特別じゃないぞ。今回だった義妹に対策問題作ってもらって、大翔に先輩から過去問借りて、少しズルい手使ってるし」
「そこまで、していたの!?」
「だって、普通に対決したら負けるからな」
それは俺が認めていた事実だった。通常通り戦って勝つ可能性が低いからこそ、色んな対策を打った。勉強に集中できる環境を作った。
「そっか、それが人を頼るってことなんだね」
彼女はどこか、納得したように呟いていた。でも、正直に突っ込ませてほしい。
「なんか、夢咲さんキャラ変わってない?」
「そう、かな。うん。そうだと思う」
本人も自覚しているのだろうか、少しだけテンションが高い。もしかして風邪でも引いているのだろうかと疑ってしまう。体温計をと提案しようとした所で、彼女は口を開いた。
「きっと、君のことを信頼してもいいって思ったからだと思う」
一瞬空が晴れたかと思うほどに、彼女の周りが明るく見えた。ニコリと笑う彼女は、ただ美しくて見惚れてしまう。何も言えずにいると、彼女は首を傾げながら、こちらを見つめてくる。
なんというか、距離感が近いというか、感情を素直に伝えてくるというか、調子が狂う。赤ちゃんのように、思ったことを伝えてくれるのは嬉しいと思いつつ、それ以上に恥ずかしい。
「ありがとね、連」
「えっと、何が?」
「私の為に頑張ってくれたこと、私のことを思って関り続けてくれたこと」
「当然のことだ。感謝しなくていい...それに、夢咲さんが笑顔だとこっちも嬉しいから」
そう告げると、彼女は俯いて何かを呟いているようだった。
「以外にも、連は恥ずかしいセリフ言うよね」
「そんなつもりないんだけど」
(自覚してないだけで、絶対にモテてる)
最初の方は聞き取れたけど、後が聞こえない。自覚しろってのは耳が痛いな...なんて思う。こんなに打ち解けられたんだ。少しだけ踏み込む。
「明日からはクラスの人と関わるってことでいいんだよな?」
俺は不安になりながら聞いた。
「うん。最初は不器用でつたない所あるけど、橋渡しはお願いしてもいい」
「もちろん」
「ありがとう」
そう言って素直にお礼を伝えてくれる。その笑顔はズルいでしょ。何でも言うことを聞きたいと思えるほどに反則級の笑みを繰り出してくる。態度と相まって、可愛いかよ。
「あ、でも...千夏と雫には」
罪悪感を感じているんだろう。だから安心させるように伝える。
「大丈夫だよ、二人なら。それに初めて喧嘩して仲直りの仕方が分からないなら対処法を教えてやる」
俺が自信満々にそう宣言すると彼女は首を傾げる。
「喧嘩したの、私?」
「違うのか?」
彼女はきょとんとしたような表情になる。
「もしかして、縁切りとかそんなレベルで考えていた?」
「えっと、うん」
その真剣な表情がおかしくて俺はつい笑ってしまう。あの二人はきっと、今も夢咲さんのことを心配してるだけで、そんなに悪印象は持っていないだろうに。、でも、それは俺から伝えることじゃない。あくまで一般的なことを伝える。
「安心しろ、あれくらいの喧嘩はわりとする。男子と違って殴りあいにならないだけましでしょ」
「えっと、殴りあったりするの?」
「まぁ、大翔とならしたな」
彼女は若干引いている。まぁ、分かるよ。普通はしないよねそこまでなんて乾いた笑みを浮かべる。
「じゃあ、明日お願いしたいかな。二人との仲直り」
「あぁ、任せておけ」
そう言って胸を張った。彼女は安心したのか、クゥ~とかわいらしい腹の音を立てた。恥ずかしそうにする彼女を見て俺は笑う。
「ご飯にしようか」
「えっと、お願いしようかな」
「まかせろ」
そう言って俺は夕食の準備をすることにする。少しだけ距離が縮まったのが嬉しかった。俺は笑みを浮かべながら準備に取り掛かるのだった。
 




