心からの叫び
涼花が彼女の対応をしてくれていることに内心安堵する。今にも消え入りそうだったから連れてきたけど、どうすればいいんだよ。自分の者とは違う学校の鞄がリビングに置かれているのを見て、夢咲さんが自宅にいるのをようやく自覚しだす。
鼓動がいつもより早いのを理解する。というか女性と家に連れてきたのって初めてじゃない。今って夢咲さんはシャワー浴びているんだよな...つい、彼女の姿を想像してしまい、両手で頬をぶって思考をリセットする。
いや、できはずねぇだろ!!と心で叫んでいると。
「お兄ちゃん」
「ひゃい、なんでしょう」
「どんな驚き方。まぁ、意識しちゃうのはわかるよ。夢咲さん美人だもんね」
ジトっとした目で義妹がこちらを見つめてくる。その視線に罪悪感を感じてつい弁解してします。
「いや、やましい気持ちは本当にないんだよ。ただ、心配で」
余計に目を細めて義妹に見つめ続けられる。
「えっと、涼花...?」
「ごめん、余計にあやしく感じたかも。私はてっきり、お兄ちゃんが夢咲さんの心をへし折って、そのケアでここに連れて来たって思ってたんだけど」
「...」
墓穴を掘ったというのはこのことを言うんだろうな。涼花の言うように、校門から出るときの悲壮感漂う姿に、罪悪感を感じて追いかけた節はある。見失った時は流石に焦ったけど,,,
でも、仕方ないじゃん。家にまで上げると流石に意識するよ。だって初めて女性を家に招いたし、しょうが...。すみません。いい訳です。涼花の視線に耐えられなくなる。
「最初はその通りだったんだけど。流石に、家に女性を連れてきて緊張している。涼花の方がかわいいから緊張しないと思ってたんだけどね」
「...まぁ、それはいいけど」
義妹は呆れているのか、そっぽを向きながらそんな風に返す。少しだけ耳が赤くなっているのは気のせいだろうか?なんて余計なことを考えていると、こっちを向いて真剣な表情で聞いてくる。
「お兄ちゃんが最近頑張っていたのは、彼女のためだったんでしょ?」
「その通りだよ」
「そっか...」
義妹は何かを考えているようだった。じっと一点を見つめて、何かを呟いているけれど、声までは聞こえない。
「ならさ、この後のことも考えていたんだよね」
「うん。悪いけれど二人で話したい」
「わかった。でも、悲鳴が聞こえたら駆け付けるから」
そんな風に笑いながら義妹は出ていった。あえて、おちゃらけて言ってくれたんだろう。肩の力を抜いて、お茶を入れ始める。
まさか、自宅にまで招く結果になるとは思っていなかった。彼女のプライドを傷つけることは分かっていた。でも、中里さんや千夏と関わる中で徐々に意識を変えていけばいいと思っていた。
俺も同じように壁にぶつかったけれど、沙耶姉がいたから。心の支えがあったからこそ、あそこまで落ち込まなかったんだろうな。つくづく誰かに助けられている人生だと自覚する。
だからこそ、俺も覚悟を決めるべきなんだろう。自分を曝け出す覚悟を。本気の言葉じゃなければ、夢咲さんの心を動かすことなんてできはしないから。
ガチャリ...
そう言ってリビングの扉が開いた。
***
「落ち着いたら話をしたい。まずはお茶を飲んでくれ」
そういって彼は私にソファに座るように促した。彼は床に座るようにしていて、私をもてなそうとしているのが分かる。やっぱり気持ちの整理はいまだに出来ない。彼が用意してくれたコップを眺める。水の表層に移った自分の顔は酷い顔をしていた。
「……家、大きいんだね」
口から出た言葉は、彼に対して嫉妬していることを再確認する内容だった。
「まぁ、親が社長だからね」
彼は淡々と返す。その口調に自慢めいた響きは一切ない。
「……あんなに可愛い妹さんがいるなら、私で驚かないわけだ」
少しだけ、唇が歪む。自分でもわかる、笑顔とはほど遠い表情だって。でも、少し希望を持っている私もいる。そんなことを無いと言ってくれることに。
「確かに、それは否定しない」
そんな甘い話はない。彼にとって私は、何一つとして興味を持つべき部分がないんだから。思えば最初から彼は私に対して意識した態度を取ったことがなかった。胸や尻。そういった部分を邪な視線で見ることも。顔をジーっと見つめることもない。
そうだよね。あんなにカワイイ妹さんがいるんだ。性格も良くて、兄をしたってくれている。信用している妹が。さっきの会話から分かるよ。仲がいいってこと。
これまで誰かに興味を持ってほしいなんて思わなかったのに、今はほんの少しでもいいから、興味を持ってほしいと思ってしまう。そんな虫のいい願いを抱いていた自分が、心底嫌になる。
(何やってるのんだろう、私……)
見上げた天井の白さが、やけに眩しかった。それは照明の光じゃない。まるで、自分がずっと目を背けてきた現実を、容赦なく照らし出す光のようだった。
「そっか。最初から私は特別じゃなかった。ただ、勘違いしていただけ...」
ポツリとそう呟いていた。ねぇ、気づいている。今も少し胸元が見えるように着崩していることに。それに対しても何の反応もない。色仕掛けすら通じないほどに私に対して興味ないんだろう。ならなんで私に構うの。優しくするの?そう思ったら、私は泣いていた、
彼は少し困ったような、苦しそうな笑みを浮かべながら私に一言言った。
「俺は夢咲さんのことを特別だと思っている」
「どこが、何に対して?」
瞬間的に反応していた。嘘だったら許さないと彼をにらみつける。彼は少しだけ宙を見つめて告げる。
「過去の自分と違って、決めたことに一直線で頑張れるところかな。その道は苦しくて、俺は逃げたから...」
笑っているのに、どこか泣き出しそうだった。その姿に少しだけ溜飲が下がる。
「意味が分からないんだけど」
でも、そのはぐらかしたような言葉には強く返してしまう。彼は私を見つめて、少しだけ苦しそうな笑みを浮かべて目を瞬かせる。つらい表情をさせたことに少しだけ罪悪感を感じた。彼は、息を吐いて真剣な表情で私を見つめる。
「少し、俺の話をしてもいいか」
そう私に向かって、彼は口を開いた。




