どうして...?
翌朝、曇りひとつない快晴から降り注ぐ光で目を覚ました。義妹に起こされることなく完璧な目覚めだった。珍しいね、お兄ちゃん──と驚いたように笑う義妹に、そういう日もあるさ、なんて軽快に返す。
学校に着くと、昨日の球技祭の余韻がまだ残っているのか、教室のあちこちで楽しげな声が飛び交っていた。男子も女子も、普段より少しだけ表情が明るい。俺もその流れに乗るように、夢咲さんへ声をかける。
「おはよう」
けれど、彼女は机に置いた文庫本から視線を上げない。本を見つめている。いつも通りか、なん変わらない彼女の在り方に、俺は少しだけ口元を緩めた。……彼女らしいな。
──そして、放課後。いよいよ彼女と話せる機会が訪れる。先生に内心で感謝しつつ、いつもの空き教室へと俺達は向かった。
「夢咲さんと今日は何を話そうかな」
「そうだな……やっぱり昨日の球技祭じゃない?」
千夏が笑いながらそう言い、机に置いたファイルを閉じる。中里さんも頷いて、俺の方を見る。
「連、カッコよかったよ。改めてありがとう」
「千夏達こそ助かったよ、二人ともありがとう」
言葉を交わすたび、互いに昨日の達成感が蘇る。二人とも何処か明かるく、彼女と仲良くなれたという確信があるように感じる。その温かい空気の中、ガラリとした音で扉が開いた。ーー夢咲さんだ。
期待した彼女の登場に、俺は笑顔で挨拶をしようとして、違和感を感じる。俺は千夏と中里さんの顔を見つめる。彼女達も同じようにいつもと違うと感じ取ったのか、夢咲さんを目で追うことしかできなかった。
俺は改めて意を決して話しかける。
「昨日は、色々ありがとう。夢咲さん」
「……もう、関わらないで」
「……え?」
唐突に言われた言葉を理解できずに、俺は戸惑いながら彼女を見つめ返す。昨日までとまるで違う態度に、俺は何かをしてしまったのかと不安な気持ちが押し寄せてくる。千夏が戸惑いながら一歩近づき、問いかけた。
「夢咲さん、どうかしたの? 」
「……別に、何もない。一人の方が好き。それだけ」
短くそれだけを言って視線を逸らす。淡々と言っているはずなのに、少し泣きそうにも見えたのは気のせいだろうか。俺がそう思いたいという願望なのか?
中里さんが心配そうな顔で一歩づつ、彼女に近づき、そっと声をかける。
「……何かあったんですか?私でよければ話を聞かせてほしいです」
その言葉は優しかった。けれど、その優しさすらも彼女を追い詰めるきっかけになったのかもしれない。夢咲さんの肩が小さく震えた。次の瞬間、彼女は椅子を引く音も立てずに立ち上がる。
「……ごめんなさい」
その一言だけを残し、机の横に置かれていた鞄を素早く手に持つと、まるで何かから逃げるように扉へと向かった。
「夢咲さん!」
千夏の呼び止める声も、俺の一歩踏み出した足も、彼女の動きを止められない。扉が開き、閉じるまでのわずかな間──振り返ることはなかった。千夏の掛け声と同時に立ち上がった俺も彼女の背中を追いかける。
俺はその背を追おうとしたが、廊下に出た瞬間、生徒たちの視線が集中しているのを感じた。……彼女がこういう場で騒ぎを大きくしたくないのを、俺は知っている。だから、追いかけるのを止めてしまった。
「連、どうして?」
焦ったように尋ねる千夏も、周囲の空気を察したのか口をつぐむ。廊下には「また夢咲さんが何かをしたのか」というような好奇と探る視線が漂っていた。
廊下に響く足音が、少しずつ遠ざかっていく。その音が完全に消えるまで、俺たちはただ、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。急に──どうして。胸の奥に、言葉にできない重さだけが残っていた。
「……戻ろうか」
俺がそう言うと、千夏と中里さんは小さく頷き、三人で空き教室へ戻った。椅子に腰を下ろしても、誰もすぐには口を開かなかった。外の廊下から聞こえる笑い声が、やけに遠く感じる。
「……何があったんだろうね、夢咲さん」
千夏がぽつりと呟く。
「分からない。でも……昨日から、少し気になることはあった」
俺は昨日の光景を思い返す。
──鞄が残ったまま帰った彼女。
──教室に入ったとき、女子たちが一瞬見せた戸惑いの表情。
あの時は、ただ「何か話していたんだろう」くらいにしか思わなかった。けれど今になってみると、あの空気は違和感だらけだ。そのことを二人に話すと、何かを想像したように押し黙っていた。
「きっと私達が追求しても、はぐらかされるよね」
「はい。私もそう思います。クラスメイトにも...そして夢咲さんからも」
「夢咲さん、ああ見えて頑固だから。無理に聞けば、余計に距離を置かれるだけだだよね」
千夏の言葉に俺達は頷いて納得してしまう。何も言わずに、ただ黙ってその言葉を飲み込んだ。なら、他の人に頼るしかないだろうな」
「有明と大翔に聞いてもらおう」
俺の言葉に二人が目を見開く。
「有明くんと大翔?」
二人は俺のことを見つめながら、理由を知りたがる。
「あいつらなら他の男子を経由してそれとなく話を聞けるだろうし、大翔なら上手く聞き出せるかもしれない」
その提案に、千夏も中里さんもその状況を想像したのだろう、少し間があいたあと、頷いて同意した。
「……分かった」
「それがいいかも」
同意を得られたところで、俺はすぐにスマホを取り出す。早く解決しないとどこか手遅れになるような気がして、胸の奥に生まれた焦燥感を振り払うように、指を走らせる。有明と大翔、二人に向けて短いメッセージを送った。




