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クラスメイト

教室に足を踏み入れると、ふと視線を引かれる。目をやるとさっき校門で注目を集めていた、あの少女が静かに座っていた。窓際の席にぽつんと一人座っていて、誰も話しかける者もいない。


まぁ、それもそうだろう。周りを見渡しても、みんな緊張しているのがわかる。今日は入学式ということもあるのだろうな。まだ誰も積極的に話す様子はなかった。俺達は教室の前に貼られた座席表を確認して、それぞれの席に着席する。


机まで歩いて行き、右隣が空席かと思いつつ、腰を下ろした。隣の席に目をやると、緊張しているんだろうか。読書をしているが、先程から1ページも進んでいなかった。


「少し、お話いいかな?」


「……えっと、私ですか?」


恐る恐るこちらを見る様にして、振り返る。


「うん。隣の席になったんだから、せっかくだし話て見たいなって思ったんだ」


「……いいですけか……私なんかで」


その言葉のトーンに、少しだけ自信のなさがにじんでいた。猫背気味で、前髪を長く伸ばし、顔が見えないように隠している。


髪の奥に覗いた顔は、素朴で、でも確かな可愛らしさを持っていた。もっと自信を持てば、告白する人が出てきそうな、そんな雰囲気をまとった少女だった。


逆に俺の方が他の男子に何か言われないか不安になってくるな。


「僕は君だから話してみたいって思ったよ。僕も本、好きだから」


「え、そうなんですか?」


嬉しそうな顔でこちらを見つめてくる。こう言う時に多趣味だと役に立つなとつくづく思う。俺は印象に残った本を思い浮かべる。


「うん。最近だと、『星を羨む』とか『硝煙』は印象に残ったな」


「あ、私もそれは知ってます。『星を羨む』はすごく良くて。自信のない青年が、目的を達成する為に努力する。その心理描写の細かさには圧倒されました」


「だよね、こんな僕でも前に進みたいって決意する描写は今でも思い出せる」


「ですよね」


二人してその小説の内容に浸っている。思い返す様にうんうんと頷いていた。そろそろ緊張は解れただろうか。そう思って、自己紹介をする。


「そういえば、自己紹介がまだだったね」


「そう、ですね」


彼女も驚いた様にハッとした顔になる。


「改めて、俺の名前は、かがみ れん。得意なことはないけれど素晴らしい友人を持っている」


一瞬、ポカンとした後に俺を見つた後に笑う。


「……何ですかそれ?普通は“好きなこと”とか“趣味”とか自分をアピールする場面じゃないですか?」


俺の飾り気のない自己紹介に、隣の少女は少しだけ笑った。緊張が和らいだのか、今度は彼女が口を開く。


「私は中野なかの しずくと申します。趣味は読書です」


「中野さんね。さっきも本読んでたもんね」


「はい。『桜の時』を読んでいました」


桜の時。寿命が1年しかない少女が、生きた証を残したくて頑張る中で、本当に大切なのは家族や友人といった支えてくれた人達だと気づく物語だったな。


「確かにその作品も名作だね」


「そうなんです。まだ途中なんですけど、やりたい事が見つからなくて焦る描写がリアルなんです」


そんな風に興奮して話す彼女がとても微笑ましくてつい笑みが溢れてしまう。


「どうかしたんですか?」


「いや、こんなにも本の話で盛り上がれるのが嬉しくて、つい笑みが溢れた」


「私も楽しいです」


そういって笑う姿はとても魅力的に思えた。この瞬間を写真に残しておきたいと思うほどに。それから色んな話をして、通っていた学校の話になる。


「私は王来中学校から、ここに進学してきましたね」


王来といえばここから1時間以上はかかるはずだ。和哉が試合しに行った時に大変だったと語っていたのを覚えている。


「王来って、けっこう遠いよね?」


「そうですね。電車とバスを乗り継いで……だいたい一時くらいかかります」


「結構かかるね。俺は並木ヶ丘中学校。ここからは割と近いんだ。最寄は桜ヶ丘駅だし」


「ここから4駅の所ですね。少し羨ましいです」


「中野さんはどうしてこの学校を選んだの?」


俺は羨ましそうにする彼女に、気になって質問をする。


「この学校って、先進的じゃないですか。放課後にはプログラミングとか、専門的なことを教えてくれる先生もいますし。...そう言った新しいことに挑戦したくて」


「なんか、いいね。その理由。自分も頑張ろうって思える」


「そうですか」


嬉しそうに笑って。頬に手を当てている姿が、可愛らしいなと思った。やがて、何かを疑問に思ったのか、目を開いてこちらを見つめる。


「逆に、鏡さんはなんでこの学校を」


「進学校で一番家から近かったから」


「もしかして、他のところでも受かる実力あったんですか?」


「うーん、行けた可能性も……あるかもしれない。まあ、挑戦してないから、どっちとも言えないんだけどね」


……さすがに「妹のために近い学校を選んだ」なんて理由は、初対面で話す内容じゃないなと思い、少しだけごまかして、俺は言った。


「でも、この学校だったら確実に受かるって思ってたってことですよね?」


「まあね。優秀な教師がついてたから」


「...やっぱり、そうですよね。周りの人は裕福で気後れしてます」


「ウチもある程度裕福だけど、気にしなくていいと思うよ。どうせ、皆んな勉強に追われるんだし」


「ふふ……なるほど。下手な慰めより現実的ですね」


雫が笑う。ほんの少しだけ、彼女の表情が柔らかくなった気がした。


そうやって他愛もない話をしていたとき――

教室のドアが、ガラリと大きな音を立てて開いた。そちらを見ると、そこには一人の男性教員が立っていた。


「――お前ら、席につけ!」


その声に、ざわついていた教室が一斉に静まり返る。皆がそれぞれの席に戻り、先生の説明が始まった。


「事前に資料を配っているが、もう一度今日の流れを説明しておく」


先生からの説明を一通り聞く。隣には真剣な表情で先生の説明を聞く雫の姿があった。クラスごとに体育館へと移動する道すがら、有明に声をかけられる。


「連君は気づいていましたか。あの子がいることに」


有明の視線を追うと、校門で目立っていた彼女に視線が注がれていた。


「気づいてはいたけど、なにかあったのか?」


雫との会話に夢中になっていたから、あまりクラスの方に意識が向いていなかった。不安そうに俺が見つめていたからだろう。有明は首を振って否定する


「いえ、なんの問題もないです……でも、安心しました」


「えっと、何が?」


「連くんが、“自分の目的のために生きている”ってわかったからです」


その一言に、俺は思わず有明を見る。俺の目的。自身が見えてない部分を突かれて驚きはある。なんだろうかと考えるも答えは出ない。


「俺の目的って」


「ほら、そこ並ぶ」


先生に注意されて、俺は有明の元を離れる。あれは教えてくれないパターンだろうな。自分のことは他の人の方が見えているって言葉もあるしな。まぁ、答えの出ないことは考えても仕方ないと割り切る。


入学式が始まると、全員がどこか緊張した面持ちで壇上を見つめていた。とはいえ、やはり式というものは長い。先生たちの挨拶や、学校の理念、PTAなどが続くうちに、次第に集中力を失って、半分だけ耳を傾けるような生徒もちらほらと出始めていた。


――けれど。その空気が変わったのは、式の途中。とある女性が壇上に上がった時のことだった。


「新入生総代、夢咲桜さん」


静かな拍手の中で壇上に上がったのは、あの校門で目を引いていた彼女だった。凛とした立ち姿。視線をまっすぐに前へ向けたその姿は、きっと中学時代もこうして皆を代表していたのだろう――そんな風に思わせた。


堂々としたスピーチというよりも、むしろその声や、仕草、姿勢の一つひとつに、会場は見惚れていた。明日から告白されるのは、きっと避けられないな。そんなことを、どこか遠くから見ているような気持ちで思った。

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