不安
放課後の教室に足を踏み入れると、数人の女子が机を囲んで話している。
「──あれ、連くん?」
数人のクラスメイトが驚いたようにこちらを見る。その表情はどこか戸惑いが混じっているようなきがした。何かを隠すように目を逸らすしぐさが、ほんのわずかに不自然に感じる。
もしかして、恋バナとかしていたのだろうか?と思い、少しだけ気まずく感じた俺は話をそらすように質問する。
「そういえば、夢咲さん来なかった?」
何気ない風を装って訊ねた言葉に、彼女たちは一瞬言葉を詰まらせた。
「え、来てないよ……?」
「……そっか」
確かに先に出たはずなんだけどな。廊下でも、昇降口でも、すれ違っていないから教室に戻っていたと思ったが、そうじゃないらしい。彼女の席に目をやると、鞄が残っていることから事実なのだろう。まだ、どこかにいるのかなと思い、俺はその場を離れた。
階段の踊り場、図書室、美術室、校庭、そして職員室の近くまで──彼女がいそうな場所をひとつひとつ探したけれど、どこにもいなかった。途中、同じ学年の生徒に何人か声をかけたが、誰も彼女の姿を見ていないという。
もしかして、すれ違ったのかもしれないと思い教室へと戻るが依然として鞄だけはそこにあった。陽は既に落ち始めていて辺りが暗くなり始める。
(……まさか、何かトラブルでも?)
考えれば考えるほど、焦りが強くなっていく。もう一度教室に戻ってみても、鞄はまだそのままだった。すっかり日も暮れかけていて、校舎にはすでに夜の気配が差し込んでいる。
(流石に鞄を忘れて帰るタイプじゃないよな...)
不意に胸の奥がざわついた。焦って探すも自分ひとりでは無理かと思って、職員室へと足を運ぶ。担任に事情を伝えると、すぐに電話を掛けて誰かと話しているようだった。他の先生に相談しているんだろうかと考えていると、担任はこちらを振り返って告げる。
「家に帰ったってるみたいだぞ」
「……そうですか。ありがとうございます」
俺は驚きつつも、安堵して肩の荷を下ろす。
(……よかった。無事なら)
にしても鞄も持たずに帰るというのがいつもの彼女らしくなくて、少しだけ微笑んでしまう。確かに今日は彼女にとって大変な日だっただろう。クラスメイトから責められて、友人が責められるかもしれない恐怖と戦って、準備から片付けまで協力してくれた。
(……そりゃ、疲れるよな)
他のクラスを見ると体育委員が準備から片付けまでしているクラスが多く、学級委員が任されたのはウチの担任の意向だろうなと思う。なら当然担任が鞄を届けるべきだ。
「じゃあ先生が夢咲さん家に鞄を届けてくださいね」
そう言うと、担任は悪戯っぽく笑った。
「普通は俺が届けるんで住所教えてくださいって言って、好きな子の住所ゲットするもんじゃないの?」
「普通に個人情報保護違反ですよ、担任がそれを破ってどうするんですか」
俺は呆れつつ笑ってします。こういう風に親しみやすいところが人気の理由なんだろうな。
「それに、俺は夢咲さんとお近づきになりたくて、一緒にいるんじゃないんで」
「じゃあ、なんでだ」
その真剣な瞳が俺を捉えて離さなかったからか、それとも俺達の為に行動をしてくれる先生を信頼しているからか、誰にも話していない素直な気持ちを話してしまう。
「どことなく似ているからですかね...何かを成し遂げる為に努力する姿が、過去の自分に重なったからだと思います」
諦める前の過去の自分に。苦しくても前に進もうとするその姿に俺は昔の自分を重ねていた。その先は苦しくて逃げ出したくなるから俺は彼女に別の道を示したいんだと思う。周りを見渡せば、もっと楽で楽しい道もあると。
「だから、彼女の助けになりたいんだと思います」
「そうか」
担任は二カッと笑った。その表情があまりにも幼く、少年を連想させるものだった。本当に心の底から喜ぶことができていたあの頃に。
「どうしたボーっとして」
「いえ、先生がちゃんと鞄を届けてくれるか不安だったんです」
「それは無理だな。流石に自宅に上がるのは教師でもアウトだ。それに家に帰れてるんだから定期とかは持ってるんだろ?鞄くらい明日でいい」
「適当だな~」
そう言いつつも俺は笑っていた。明日会ったらなんて話そうか、その時どんな表情をしてくれるだろうか?俺は少しだけ明日に期待しながら帰宅するのだった。彼女と少し距離が詰まった現状に満足感を抱きながら俺は、足取り軽く帰るのだった。
 




