体育館競技終了
次の競技は、上体起こしだった。床に敷かれたマットに寝転ぶ。両膝を立てて、有明に足首を押さえられる。一分間で何回起き上がれるか、それが勝負。
「よーい、スタート!」
合図とともに体を起こし始める。最初の10回までは楽だった。けど、20秒が過ぎた頃から、腹筋がじわじわと軋みはじめる。息を吐いて起き上がり、吸って戻る。リズムに乗って、無駄のない動作を意識する。
周囲から「がんばれー!」「いいぞー!」といった声が飛ぶ。ちらりと隣を見ると、大翔も同じタイミングで起き上がっていた。全身の筋肉を使って、まるで波打つようなフォーム。パワーとしなやかさを両立させた見事な動きだ。
(……速い)
焦る気持ちを押し込めて、今はとにかく自分のテンポを守ることに集中する。
「……残り5秒!」
有明の声が響いた瞬間、周囲から小さなざわめきが起こる。俺と大翔のスピードが、明らかに他の誰よりも早いことに気づいたらしい。両隣のペアはすでにペースが落ちてきているのに、俺たちはむしろギアが上がっていた。
(あと何回いける……3回?いや、4回!)
「はい、そこまで!」
合図が鳴ると同時に、俺は限界ギリギリで最後の1回を起こしきった。肩で息をしながら、視線を横にやる。大翔も同じように仰向けに倒れこみ、天井を見ている。
「ふぅ……これ、マジで地獄……」
「だな……」
有明が手元のカウントを確認しながら、静かに口を開いた。
「連、62回」
周囲が「えっ」と一瞬息を呑む。
「大翔……61回」
「うおおおおおおお!!」
クラスが一気に沸き立った。数人の男子が立ち上がり、女子たちも「え、一回差!?」「やばくない?」と驚いている。
「っく~~~~!!マジかぁぁぁ!」
大翔が叫ぶ。まるで大きな獣が吠えるような声に、また周囲から笑いが起きる。
「なんだよ、連!62回って、お前……やっぱ瞬発力えぐいなっ!」
「いやいや、30秒だし……勢いで……」
「どんな勢いだよ!おかしいだろ!」
「うちのクラスのレベル、ちょっと高くない……?」
と女子たちが引き気味に笑いながらざわめいていた。
「ていうか……そんな早く起き上がれる?ってか……連くん、ちょっと気持ち悪いくらい速かったよ?」
「ほんとほんと。もう人間じゃないみたいだった」
「それ褒めてないよな!?」と俺が笑うと、また一波の笑いが起こった。
横で大翔が腹を抱えて笑っている。
「やべぇ、腹筋より笑いで死ぬ……っ!」
少し悔しそうに、でもどこか楽しげな大翔の表情が、この勝負を良いものにしてくれている気がした。
(これで、2勝1敗)
あと5種目。気を抜けば逆転される。けど、ここまで来たら──
「絶対、負けられないな」
俺はそう心の中で呟き、ゆっくりと立ち上がった。
「これでリードだな」
上体起こしの勝利を終えた俺は、思わず口角を上げてそう呟いた。汗ばんだシャツの背中を扇ぎながら、隣にいた大翔に視線を向けると、奴は少しだけ悔しそうに笑っていた。
「でも、絶対負けないぜ」
と大翔が返答してくると、
「へぇ〜、連が余裕かまし始めたぞ〜」
そんな声がどこからともなく飛んでくる。
「でもさー、長座体前屈ってそんなに重視する? 省いてよくない」
「いやいやいや、入れて当然だろう。公式種目なんだから」
俺は眉ひとつ動かさずにそう返す。
「余裕なくなってきたんじゃないの〜?」
今度は女子からの冷やかしが入ってくるが冷静に告げる。
「あったり前だろっ、唯一絶対に勝てると踏んで挑んだ競技が長座体前屈だから」
「その宣言はどうかと思うけど」
「それに最初に言っただろ、一つ一つの競技でって」
「あぁ、こすいね」
「いや、前提条件なんで」
そう言って、正当な権利だと出張する。
「じゃあさ、握力って左右で分かれるじゃん?それも入れるの?」
「さっき言ったでしょ、一競技ごとって」
「動揺しすぎでしょ」
「するだろっ、それは絶対に負けるもん」
その俺の反応に皆が笑っていた。いや、本当に勘弁してほしい。握力を2つカウントされたら負ける可能性しか見えない。最悪が引き分けになるのは避けたいからな。
「まぁ、冗談だから」
「ふぅ~」
「肩をなでおろしすぎっ」
そう言って、皆が笑っていた。
「そろそろ次の種目、立ち幅跳び行きますよ〜!」
有明の冷静な声が、ほどよく騒がしくなった空気を締めた。
競技マットの前に立つと、俺たちは順番を確認し合い、大翔が先に行くことになった。
「……ほら、見とけよ」
そう言って、大翔はゆっくりと助走の体勢に入った。腕を一振り、二振り。軽く地面を蹴って、呼吸を整える。そして──
バンッ!
足音が一発、床に響いた瞬間に、大翔の体が宙を滑るように跳んだ。マットの先端ギリギリに、彼の両足が着地する。
「310cm!」
その声に、一瞬、ざわっ、と周囲が波打つ。
「え、普通にすごくない?」
「男子で310って、マジで陸上部レベルなんじゃねい」
「何食べたらそんな飛べるの……」
そんな声が、あちこちから上がる。さすがの俺もその跳躍には目を見張った。というか女子の喝采をさらいすぎではないでしょうか?他のクラスよりも騒がしいからか、皆の注目を集めた結果他クラスの女子までもが、大翔に見惚れている。前提ですけど、大翔には彼女がいます。
そんなどうでもいいことを考えて心を冷静にさせる。
「さあ、連〜、俺に勝てるかな」
「うるさい、やってやんよ」
俺は軽く息を吐き、両手を振る。助走距離はないから、一発に賭ける。全身のバネを使って──飛ぶ。
「んっ!」
着地と同時に砂埃が舞い、測定の声が上がる。
「295cm!」
……悪くない。悪くないけど、届かない。大翔が、さっきの俺と同じドヤ顔をする。
「これが実力ってやつよ」
「いや~、同点だけどね」
大翔は嬉しそうに笑いながら次の競技へと向かった。次は反復横跳びだ、これも落としたら負けが見えてくるため、軽く息を吐いて集中をするのだった。
「次、反復横跳びいきます。計測20秒、準備できた人から並んでください」
係りの冷静な進行で、ざわついていた空気が少しずつ集中へと切り替わる。人数が多いため、縦に並び、順番に競技が行われていく中、大翔と俺がちょうど同じ組になった。
「位置ついてー、スタート!」
ピッとタイマーが鳴ると同時に、体が自然に反応する。ラインの左へ、右へ、また左へ──無駄な動きは一つもない。足の運びも、腕の振りも、呼吸さえも、すべてが噛み合っていく感覚。
(まだ……いける。まだ速く、正確に──)
ピッと終了のブザーが鳴った瞬間、着地と同時に息を吐く。
「連、72回! 大翔、66回!」
その声に、一拍置いてから歓声が湧き起こった。
「うわ、72!?」
「マジで?連ってそんな動けたんだ……!」
「てか、何気に凄くない?」
周囲の声が一斉に高まるのを感じる。特に男子たちがどよめいている。
「っくそー、流石にこれは負けたか……!」
大翔は苦笑いしながらも、悔しそうに膝に手をついて息を整えていた。
「いや連、普通にすごいよお前」
「動きが無駄なさすぎだなっ」
次の一回も同様に行うが、結果は俺が70。大翔は67回で勝負が決着する。
「俺らほとんど50行かないんだけどっ」
「これが二人との壁の差か...」
と、なぜかしょんぼりする男子陣に、女子たちが容赦なく追い打ちをかけてくる。
「うん、確かに……他の人、散々だったもんね」
「連君って、こんなに運動できたんだ……意外」
「ちょっと、惚れ直すレベルだよね」
冗談交じりの笑いとともに女子グループが騒ぎ出すと、それに慌てたように男子たちが反論を始める。
「いやいや、俺たちだって悪くなかっただろ!平均よりはちょい上だったし!」
「まぁ、確かに二人がすごすぎる感は否めないね」
女子達が頷く。やめろ男子ども、俺を嫉妬のまなざしで見てくるのは、というか一部の人は明らかに敵対心いただいていませんか?大槻君の見つめる視線からそんなものを感じた。
だから、真剣勝負をしたくなかったんだ...と思いつつもやっぱり楽しんでいる自分がいる。だから、夢咲さんにはある意味感謝だな...。そんなことを思いながら中での競技を終えるのだった。
 




