クラス委員
「それじゃあ、委員会を決めるか」
担任の乾いた声が教室の空気を切り替える。手にしたプリントを軽く掲げながら、黒板にチョークで委員名を書き出していく。
「学級委員(男/女)、図書委員、体育委員、……まぁ色々あるが、とりあえず放課後までにやりたいものを決めといてくれ」
その声に、ちらほらとざわめきが走る。
「この紙は後ろの黒板に貼っておくから。確認しておけよ」
そう言い残して、担任は職員室へと戻っていった。
***
放課後。机の移動音とともに、話し声が聞こえる。
「わたし風紀入ろうかな」
「図書委員、楽そうじゃね?」
「保健って何するんだっけ」
和やかな雰囲気の中、着々と名前が埋まっていく。こういうところは流石だなと思って見つめていると、半分くらいが埋まっていた。だが、右段にある「学級委員長」「副委員長」の欄だけは、ずっと空白のままだった。
「うわー、やっぱ一番上は人気ないね」
「そりゃそうでしょ。責任重いし、行事のときとかマジで面倒じゃん」
誰もが避けたい役。沈黙が長引く中、ふと声が上がった。
「──あれ、夢咲さんでよくない?」
クラスの後ろの一角。さりげないように、でもわざとらしく響いた女子の声。
「ねー、なんか“しっかりしてそう”じゃない?」
「話さなくてもキッチリやってくれそうだし」
にやにやした顔。冷ややかな目。どれもが、善意の仮面を被った“誘導”だった。周囲は一瞬、黙る。誰も明確に否定しないことが、承認のようにも聞こえた。──つまり、これは「押しつけ」だ。
雰囲気を読まない彼女に対しての押し付けだろう。それを察しながらも誰も口にしないのは夢咲さんを含め巻き込まれたくないからだ。
前の席で静かに本を読んでいた夢咲さんが、ほんの少しだけ眉をひそめたのを、俺は見逃さなかった。
「それって……本人に聞かずに決めるの、どうなの?」
思わず声が出る。場が一瞬、凍る。
「むしろ我関せずと、本を読んでいる方がどうかと思うけれど。全員が入らなくていいからって避けてたでしょ」
「やりたい人がやるべきじゃない?」
「そうだよね、じゃあ聞こうか、学級委員長をやりたい人」
当然のように皆がシーンとする。担任も黙認をしているのは、現状止めるまでに至らないからだろう。まぁ、理屈は一応通っているか。放課後までに決めておくようにといった担任。それに決まらないから推薦をした彼女の言い分も。
「それに私が推薦をしたのはね、対外的にも見栄えがいいから」
「......」
「だってそうでしょ、学年主席が学級委員というのは納得できる。それ以上に適任の人がこのクラスにいる?」
その問いに誰も答えない。巻き込まれた夢咲さんですら反論ができない。というよりも諦めているような表情だった。この状況から何も変わらないことを察しているような。
それ以上にこれまでこんな経験をしていて、変えられないと悟っているようなそんな表情だ。彼女は何も言わず、ただ、立ち上がってその足で黒板へと迫っていく。チョークを持ったその時、大翔が大きな声を上げる。
「ちょっと待った。俺は彼女よりも適任な人物を知っているぜ。このクラスで一番、学級委員にふさわしい奴を」
「奇遇ですも、僕も知っています」
二人はニッと笑って俺の方を見つめる。
「連です」
「連だ」
有明の大翔の声が重なる。俺の意図を察して彼らが動いてくれた。俺は不敵に笑って立ち上がる。
「そこまで期待されたら、やるしかないか...それに、俺自身も夢咲さんより適任だって思うし」
静まり返る教室のなか、はっと意識を取り戻したかのように、白峰さんがこちらに鋭い視線を向けてくる。
「学年一位の彼女よりもあなたが優れていると?」
「こと、人の上に立つというのなら明白かと」
「へぇ~、ちなみにこの学校へは何位で入ったんですか?」
「それが何に関係するんだ?」
それはきっぱりと言い切る。
「質問に質問で返すのはマナーがなっていないと思いますが?」
「そう、生憎と勉強は得意じゃなくてな」
そういうと彼女はニヤリとした笑みを浮かべる。
「高くはないが、20位で入った」
そう答えると、少し笑みが消える。ちなみにこの学校へ入学するにあたり、20位以内の生徒は他のどんな学校でも受かる実力者というのが通例で20位以上と以下では点数に10点ほどの開きがあるほど違う。今年は15点だったか。
「それに、勉強面ならそこの有明は2位だ。それに推薦されたって方が重要だと思うけどね」
悪いが俺は友人の威光だろうがなんだって使う。彼女は率いる=優れている人物。と促すようにしている。ならそこで対抗する。
「それに大翔にいたってはスポーツ特待を蹴って一般で入学している」
その事実にさらに教室が湧くのがわかった。この学校で特待を取るのはかなり難しいとされている。推薦という形なら数人いるが特待は年に一人いるかどうかだからだ。
「俺は何も一人で夢咲さんに敵うとはいっていない、総合的に助けを請える人物が多い俺の方が優れているといっての提案かな」
俺がそう言い切ると、教室に一瞬、静けさが戻った。反論を用意していた白峰さんも、口を閉じる。教室の空気が、さらに張り詰めるのを感じる。皆が俺と白峰さんの動向を見守っている。
「……とはいえ、白峰さんがせっかく推薦したのに、俺の意思を通したのは申し訳ないと思っている。だから、お詫びに自販機で何かおごるよ」
あくまで彼女の意見を否定する訳ではないと笑って言う。彼女が返答をするよりも前に横やりが入る。
「それなら学食を奢れー」
「そうですねカツカレーとかお勧めです」
「まて、それ680円もするんだけど!!」
俺は声高々に告げる。学生の懐事情を甘く見ないで欲しいと本気で思う。
「というかそれ俺が躊躇してまだ手を出してない代物ですけど」
「まぁ、学食おごってくれるなら許せるよね」
松崎さんもそれに乗って頷く。皆の中にも頷いている人物がいる。俺が焦ったように彼女を見つめていると、白峰さんも少し笑って答える。あぁいたずら心を備えた笑みだなと思う。くっ...美人がその笑みを浮かべるとドキリとするのでやめてほしい。
「まぁ、それなら私も納得するかな」
「...うぅ」
「どうするんです、連」
「即決が男らしいぞ」
「お前らがそれを言うの!!......わかったよ。それで学級委員になれる、いいよ」
俺は項垂れながらそう告げた。
ーーー
ある程度収束し、委員長は俺がやることに決まった。同時に皆が疑問に思うのは夢咲さんがどの委員会に入るのかということだ。
「副委員長は──夢咲さん、お願いできるかな?」
俺がそう告げると、一瞬だけ教室が静まる。
「どうして私が」
「俺も白峰さんの意見には賛成だからだよ、対外的にも見栄えがいい」
でも、それはあくまで表向きの理由。本当のところは──白峰さんの顔を立てて、敵意がないことを示す。そして、夢咲さんと関わる“理由”を得るということだ。
クラスの雰囲気的にも断れないことを悟ったのだろう。彼女は頷いて答える。
「連……もしかして、夢咲さんと親密になりたいって思惑もあった?」
大翔がニヤッとしながら俺を見つめてくる。こういう時の大翔は本当に頼りになると思った。クラスの男子生徒が抱いている疑問を察して質問してくれるのだから。今のうちから男子生徒の反感を抑えらえるのは助かる。だから俺は
「それはない」
と即座に否定する。
「単純に、任せられないと思ったからだよ。だって、夢咲さんが学級委員のクラスつまらなそうだし」
それには白峰さんですら苦笑していた。クラスのみんなも引き攣ったように笑っている。
「……あなた、結構ひどいこと言うわね」
でも、白峰さんの口調はとげとげしくなく、どこか肩の力が抜けたようだった。だから冷静に返す。
「だって、そう思わない」
クラスのみんなも、少し引きつったような表情をしながら、夢咲さんを見つめている。彼女は相変わらず無表情だった。
「もし傷つけてたら、本当にごめん。けど…… 本音で話し合えるくらいには、みんなで楽しくやっていけたらいいなって、そう思う。俺にできることがあるなら、何でもやるから、みんなよろしく」
俺が深く頭を下がると、大翔と有明を中心に拍手が広がる。これで彼女は少しは俺に興味を持ってくれたのではないだろうか、まぁ抱いた感情は嫌悪とかだろうが。それでも、無関心よりはずっといいと思う。今も変わらない表情を保つ彼女を見てそう思った。




