残虐皇帝の元へ無理矢理嫁がされたフェレイラ。自らの命さえ諦めたフェレイラの元に光が差し込む。フェレイラ、君を愛している。
フェレイラ・アフェルト公爵令嬢はそれはもう、美しき令嬢だ。
流れるような銀の髪に青い瞳はバルト王国の夜空の月とまで言われる程。
ただ、バルト王国は小国だった。
だから、フェレイラは隣国のブルド帝国の皇帝の側妃として18歳の時に望まれた。
皇帝アルベルトは40歳。皇妃の他に多数の側妃を抱えている。
残虐な皇帝として知られていた。
断る事なんて出来ない。
フェレイラは王命で、ブルド帝国の皇帝の元へ嫁ぐこととなった。
皇帝アルベルトは、皇宮に真っ白なドレスで飾りたてたフェレイラを見た途端、舌なめずりをし、
「噂通りの美しさよ。第6側妃にふさわしい。今宵、さっそく試してやる。その身を磨いておくがいい」
寒気がした。
残虐な皇帝アルベルト。
気に入らない家臣は容赦なく、自らの手で首を刎ねる。
恐ろしい皇帝。
皇妃も側妃達も、恐れているようで。
案内された後宮で、皇妃ソフィアに挨拶に伺えば、ソフィアはフェレイラに、
「皇帝陛下の機嫌を損ねぬよう。機嫌を損ねれば、そなたの世話をする侍女の誰かが命を落とす。肝に銘じておくがいい」
他の側妃達も震えながら、
「わたくし達も他国から連れてこられたのです」
「フェレイラ様は今宵、皇帝陛下のお相手をするのですよね」
「くれぐれも機嫌を損ねませんよう。わたくし達は皇帝陛下に呼ばれるのが怖くて怖くて」
普通の後宮なら、このような事は起こらない。
互いにライバル心を燃やして、後宮は泥沼のようになるはずだ。
しかし、皆、怖がっていて。
皇妃ソフィアは、
「わたくしには子がおらぬが、側妃にはすでに皇子皇女が5人いる。だが、皆、父である皇帝陛下を怖がっていて。恐ろしい皇帝陛下。わたくしとて、怖くてたまらぬわ」
怖かった。自分が何か粗相をすれば、侍女の一人が斬られるのだ。
あまりの怖さに涙が零れる。
部屋に連れていかれて、風呂に案内され、侍女たちに身体の隅々まで磨かれる。
三人の侍女たちはこの帝宮で働いていた侍女だ。
今回フェレイラ付きに抜擢されたと聞いた。
皆、真っ青な顔をしていて。
一人の侍女が、
「フェレイラ様。わ、私、まだ死にたくありません。どうか、お願いです。くれぐれも皇帝陛下を怒らせないで下さい」
他の侍女二人も、
「お願いです。フェレイラ様」
「私も怖くて怖くて」
フェレイラは侍女達に身体を磨かれながら、
「解りました。機嫌を損ねぬように、気を付けますわ」
自信がない。そして怖さしかない。
薄い夜着に着替えて、ふと荷物の中に入っていた首飾りを取りだす。
真っ赤なオーフェリエを模したヘッドがついた首飾り。
血のような花を咲かせるオーフェリエ。
この首飾りをくれたのは、フェレイラの婚約者の公爵令息ジェイド・アンドレット。
幼い時から互いに思い合っていて。10歳の時に婚約を結んだ。
だって、一目会ったその時から、お互いに恋に落ちたから。
ジェイドは、幼いフェレイラを見て、
「どうか、僕のお嫁さんになって下さい」
フェレイラはとても嬉しくて嬉しくて。
「嬉しい。嬉しいわ」
額にジェイドはキスをしてくれた。
婚約者として、とても大切にして貰えて。
互いの家を行き来しながら、愛を深めてきた。
それが、国王陛下の命令で、帝国の皇帝の側妃として、輿入れしろと言われたのだ。
国王陛下の命令は絶対で、両親であるアフェルト公爵夫妻は嘆き悲しみ、
「娘をあの残虐皇帝の元へ嫁がせねばならないとは」
「ああ、フェレイラ。なんて事でしょう」
婚約者であったジェイドは、二人きりで会った時に抱きしめて、泣いてくれた。
「私は君と結婚するのを楽しみにしていたのに。あああっ。フェレイラ。愛している。愛している。ずっと愛している。君が他国へ行っても、私の心はフェレイラにある」
「ああ、嬉しいわ。わたくし、貴方様の事を忘れないわ。身体は皇帝の物になっても、心はずっと貴方の事を覚えているわ」
別れの日の事を思い出していたが、ガラス窓に映る自分の姿に我に返る。
今でも好き。これから皇帝陛下と褥を共にしなければならないとしても、ジェイドの事がとても好き。
首飾りを握り締める。
ああ、羽があったら貴方の元へ飛んでいきたい。あまりにも貴方は遠くて。
オーフェリエの花の首飾りのペンダントヘッドを握りしめて、迎えの侍女が来るのを待つ。
フェレイラの瞳から涙がこぼれた。
その夜の事は恐怖しかなかった。
辛くて苦しくて、泣く事しか出来なくて。
アルベルト皇帝は、乱暴にフェレイラを抱いて、フェレイラの心と身体はズタズタになった。
幸いな事に、アルベルトの機嫌を損ねる事は無く、部屋に戻されたフェレイラ。
痛む身体を、侍女達が身を清めてくれて、気遣って手当てをしてくれた。
温かいスープを持ってきて、労わってくれた。
「さぁ、ゆっくり飲んで下さいませ」
「飲んだらカーテンを引きますから、身体を休めて下さい」
「起きたらお食事をお持ちしますから」
有難かった。温かさが身に染みる。
なんとしてもアルベルトの機嫌を損ねまい。
損ねたら彼女達が殺されてしまうのだ。
フェレイラは温かいスープを飲みながら、そう誓った。
思い出すのは遠い我が祖国。
愛するジェイド様。
会いたい。彼に会いたい。
数日に一度、アルベルトはフェレイラを寝室に呼びつける。
乱暴に抱かれるフェレイラ。ひたすら耐え忍んで。
この苦しみを誰にもこぼすことは出来なくて。
ああ、いっそのこと、死んでしまえたら。
わたくしは楽になれるのかしら。
もし、他の人に愚痴なんぞ漏らして誰かに聞かれたら、それこそ、アルベルトの機嫌を損ねて、侍女が殺されてしまうだろう。
ふらふらとテラスに出て、ここは3階。飛び降りたい衝動にかられる。
飛び降りたらきっと、ジェイドの所へ飛んでいけるわね。
ふらりと落下して、その衝撃を覚悟する。
そしてガシっと誰かに受け止められた。
失敗した。このことがアルベルト皇帝に知られたら侍女が殺される。
自分が今、どうなっているのか、慌てて受け止めた相手を見上げれば、筋肉隆々のムキムキな男がこちらを見下ろしていた。
「お嬢さん。何で上から降って来たんだ?」
「いえ、貴方は何故、わたくしを受け止めたのです?ここは後宮、男性はいないはず」
地にそっと降ろされて、男はガハハハと笑って。
「いや、ちょいと潜入を。気になる男がいたんで、かっさらおうと。後宮に迷い込んだか」
あまりにも不穏な言葉に、
「かっさらう?誰をです?」
その時、衛兵達がこちらに走って来た。
男はまずいとばかり、その場を走り去った。
唖然とするフェレイラ。
そして、その夜、皇太子エルドの姿が消えた。
彼は学園の卒業パーティで、婚約破棄を突き付けたらしい。
男爵令嬢と浮気をし、婚約者の公爵令嬢に冤罪をかぶせようとしたとか。
皇太子エルドは美しかった。
歳は18歳。その流れる銀の髪は、絵姿になる程の美しさ。
そのエルドが行方不明になったのだ。
皆、噂した。
屑の美男を愛でる変…辺境騎士団がさらっていったのだと。
では、あの自分を受け止めた男は辺境騎士団の?
いっそのことアルベルト皇帝をさらっていってくれたら、自分はこの地獄から抜け出せるのに。
それから数日後、皇宮で夜会が開かれた。
アルベルト皇帝は不機嫌に、皆に怒鳴り散らして、
「まったく、エルドが辺境騎士団にさらわれるとは気に食わん。まったく気に食わん。もっと華やかに楽を奏でろ。俺を楽しませろ」
皇妃ソフィアと他の側妃達も緊張した面持ちで、アルベルト皇帝を見ている。
機嫌が悪いということは、誰か犠牲が出るということだ。
給仕の一人がフォークを落とした。
アルベルト皇帝がぎろりと睨む。
「そいつの首を刎ねてやる」
フェレイラは給仕の前に飛び出て、
「お許し下さい。彼は粗相をしただけです。わたくしが代わりに謝りますから」
「フェレイラ。貴様。そやつを庇うか」
給仕の男は震えていて。
自分は助からないと解っているのだろう。
皇帝アルベルトはフェレイラの首に刀を押し付ける。
「ぐっーーー」
急にアルベルトが胸を押さえて苦しみだした。
皆、どうしたのだろうと、アルベルトを見る。
アルベルトは胸をかきむしってそして、床に倒れた。
何が起きたのか?
何があったのか?
医者が呼ばれる。
アルベルトを見て、医者は、
「亡くなっております。死因はこれから調べますが」
死因は心の臓の発作で亡くなった。結局そう、片付けられた。
盛大な葬式が数日後行われた。
残虐な皇帝が亡くなって、表向きは皆、泣いていたが、内心安堵する人々が多かった。
ブルド帝国は温厚なテリー第二皇子が、皇帝に即位することとなった。
それと同時に皇妃ソフィアとテリーの親である側妃以外は皆、それぞれの王国へ帰されることとなった。
フェレイラもバルト王国へ帰国した。
国境で、両親と婚約者だったジェイドが迎えに来てくれた。
涙が流れる。
あれ程、会いたかったジェイド。
一生会えないと思っていたジェイド。
再び会えたのだ。
「ああ、ジェイド。会いたかったわ。でも、わたくしの身はもう」
「皇帝の奴に汚されたと?私は君自身を愛している。そんな些細な事、関係ない。帰って来てくれて。嬉しい。嬉しいよ」
抱き締めてくれた。
一度は諦めた人生。テラスから身を投げて死のうとした人生。
両親も涙を流し、
「よく無事でフェレイラ」
「ああ、フェレイラ。こうして会えるとは思わなかったわ」
両親にも抱き着いて、フェレイラは泣いた。
その後、フェレイラはジェイドと結婚して、彼の家に嫁いだ。
そして、現在、お腹にジェイドの子がいる。
今でも思う。
このような幸せな生活が出来るとは思わなかった。
ジェイドが椅子に座っているフェレイラのお腹を触って、嬉しそうに。
「大分、大きくなったな。今宵は冷えて、その身に触る。温かくして寝た方がいい」
「ええ、そうね。この子の為にも」
愛しいジェイドの顔を見つめ、幸せを噛み締めるフェレイラであった。
愛しいフェレイラとの結婚を楽しみにしていた。
共に18歳になったんだ。
そろそろ結婚をという話も出ていたんだ。
それなのに、帝国のアルベルト皇帝に横取りされた。
なんて事だ。
10歳の頃から愛を育んできたフェレイラ。
彼女の笑顔が愛しくて。
彼女との時間が幸せで。
それなのに、あの残虐皇帝の元へフェレイラは側妃として嫁いでいくという。
国王陛下に直訴した。
もうすぐ結婚するフェレイラをアルベルト皇帝に差し出さないでくれと。
「バルト王国はアルベルト皇帝に逆らえん。耐えてくれ」
そう言われた。
解っている。解っているけれども。
ああ、フェレイラ。フェレイラ。
フェレイラが帝国へ嫁いだ後も、ずっと彼女の事を思って過ごした。
フェレイラが心配で心配で、でも帝国の後宮の事なんて情報を得る事も出来なくて。
だから、耐えられなくて、辺境騎士団に頼った。
辺境騎士団がある詰所へ何日もかけて出向いて、
そして、その門を叩いた。
やっと中に入れて貰えて、辺境騎士団四天王の一人、情熱の南風アラフが会ってくれた。
アラフは金の髪に青い瞳の美男である。
「なんだ?騎士団へ入りたいんじゃなくて、頼み事か?」
「遠国、バルト王国から来ました。私はジェイド・アンドレッドと申します。貴方達はどんな不可能でも可能に出来ると聞いてきた。お願いだ。私の愛するフェレイラを取り戻して欲しい」
「へ?どういう認識だ?俺達は屑の美男はさらうけれども、人助けはしないぜ。いちいちやっていたら、生きていけないだろう?俺達だって食べて行かなければならない」
難色を示すアラフに向かって、ジェイドは、
「勿論、報酬は払います。ブルド帝国のアルベルト皇帝の元へ側妃としてフェレイラは今、います。彼女を助け出して欲しい」
「皇帝の側妃だって?さらう事は出来ない事はないけどさ。さらった後、どうするんだ?」
「フェレイラと共に逃げます。遠くで二人で暮らします。私はフェレイラを愛しています。フェレイラの為なら貴族の暮らしも捨てます」
「はっ。馬鹿をいっているんじゃない。貴族のボンボンが簡単に、貴族を捨てるだなんて言っちゃいけない。俺も元は貴族だったけど、今の生活に慣れるのは大変だった。二人で暮らす?暮らしていけるものか。お前の手を見てみろ。苦労知らずの白い手だ。こんな手で、二人きりで生活していけるのか?」
「覚悟しています。フェレイラが残虐皇帝の元で苦しんでいるのを思うと、私は……どうかフェレイラを助け出して下さい」
騎士団長が、バンとドアを開けて入って来て、
「辺境騎士団が一国の皇帝を殺すとなると、他国からの風当たりが強くなる。屑な王子や令息をさらうのとは違う。我々は殺人集団ではない」
ジェイドは床に手をついて、
「でも、あの暴虐な皇帝をそのままにしていたら、いつかフェレイラも殺されるかもしれない。どうかどうかっ。お願いです。フェレイラをっ」
騎士団長の後ろにいた情報部長のオルディウスが、
「殺してしまえばいいではありませんか。病死に見せかければ。団長なら可能でしょう?」
「そりゃ、私なら可能だが」
「だったら、皇帝を殺してしまいましょう」
その時、四天王のゴルディル、マリク、エダルが飛び込んできて、
「土産がないとな」
「土産は?屑の美男の土産は?」
「それがないと動かんぞ」
オルディウスはファイルを四天王達に投げつけて、
「エルド皇太子が美男の屑だ。さらってきて、正義の教育を施すがいい」
「「「「美男の屑をさらうぞっ」」」」
アラフはジェイドに、
「騎士団長が何とかしてくれるだろう。お前の愛するフェレイラも取り戻せるはず」
ジェイドは涙する。
「有難うございます。皆さん」
フェレイラは死のうとした。
偶然、エルド皇太子を求めて潜り込んでいた大男ゴルディルの上に落ちて来て、助かったとのこと。
そして、騎士団長が小さな石の塊を、指先で弾いて、アルベルト皇帝の心臓を壊した。
アルベルト皇帝が死んで、愛しいフェレイラが帰ってきた。
そして、今、傍にあれ程、恋焦がれたフェレイラの笑顔がある。
戻って来たフェレイラ。
愛しいフェレイラ。
妻のお腹を愛し気に撫でて。
もうすぐ可愛い二人の子が産まれてくる。
辺境騎士団には感謝しかない。アルベルト皇帝を殺してくれなければ、フェレイラは帰ってこられなかった。二度と会えなかった。
愛しいフェレイラの笑顔を見ながら、幸せに浸るジェイドであった。