1章-1
やけに広いイーゼント孤児院のグラウンドに、子供たちの笑い声が響いていた。
その様子を寒そうに眺めているのはヘイゼル、15歳の少年だった。目にかかる黒髪をはらいのけ空を見上げる。インクを垂らしたようなどんよりと暗い雲が空全体を包み込んでいた。
「やぁ、ヘイゼル。こんな所で何をしてるの?」
手を上着のポケットに突っ込み、ヘイゼルに声をかけたのはノアだ。ヘイゼルと同じく寒そうに身を縮めている。
[あぁ、イライザ待ちだ。あそこの奥で走ってるだろう。」
グラウンドの奥の方で、長い赤毛をなびかせながら走っている少女を指さすヘイゼル。ノアはイライザを見るとやれやれといったふうに首を振った。
ノアに気づいたのか気づいていないのか、イライザはヘイゼル達の方を見て大きく手を振っている。何か叫んでいるようだがヘイゼルは聞き取れなかった。
「そろそろ中に入った方がいい。今日はモリー先生の機嫌が悪いからね。」
ヘイゼルに近寄り、声を潜めてノアが言う。ヘイゼルは立ち上がり、傍に置いてあった本を掴んで孤児院へと歩き出した。ノアが隣に並ぶ。丁度孤児院に入った時モリー先生とすれ違い、数秒後には「いつまで遊んでるの!?早く中に入りなさいよ!!」と言う怒号と幼い子供たちの鳴き声がグラウンドに響いていた。
屋内にも関わらず、隙間風が入り込み凍えるような廊下を歩きながらノアが言った。
「その本、院長のでしょ?また勝手に持ち出したの?」
「あぁ、大丈夫だろ。」
肩をすくめヘイゼルは答える。2階へ上がり、左側の手前から2番目にある部屋に入る。そこがヘイゼルとノアの寮だ。他に3人ほどルームメイトがいる。
ヘイゼルはまっすぐノアのベッドに向かった。ノアはベッドの隣にある椅子に座り、スタンドライトの電源を入れ、本を読んでいるヘイゼルの方へ向ける。
「そういえば、新しい子見た?」
「いいや?見てないな。今日からの奴か?」
本から目を上げずにヘイゼルが答える。ノアも特に気にする様子はなく、話を続けた。
「そうみたいだね。少し気になって。」
「気になるって?」
「うーん、言語化は難しいんだけど、、、」
ノアが考え込んでいる時、男子寮の入口から陽気な声が響いた。
「ヘイゼル〜!ノア〜!ご飯食べに行こーよ!」
イライザだ。走って来たのか少し息が上がっている。
「わかったから少し静かにしろよ。」
ヘイゼルがうるさそうに顔をしかめる。
「はーい!」
大きな声でイライザが答えた。
三人で食堂へ向かう途中、リーナ先生とすれ違った。
「あなた達、横に広がって歩かないでっていつも言ってるわよね?何回も言わないといけないのかしら?」
狭い廊下でもあるまいし、とことん嫌味な人間だ。ヘイゼルはそう思いながらも、穏便に済ませようと一歩後ろへ下がる。しかし、我慢できなかったのかイライザが突っかかった。
「なんでそんな言い方しか出来ないわけ?私達が並んでてもここに通れる幅があるのも見えないの?」
リーナ先生の顔がみるみる赤く染まっていく。
「なぁにその言い方。口答えするんじゃないわよ。黙って言うことを聞きなさい。」
そう言い、わざとイライザに肩をぶつけるとリーナ先生は去っていった。
「なにあいつ!!ムカつく!!離してよノア!!」
イライザはリーナ先生に向かって走り出そうとする。そんなイライザをノアが後ろから抑えてなだめていた。
「まぁまぁ、イライザ落ち着いて。すぐ怒らない。」
「いいぞイライザ殴ってこい。」
「ちょっとヘイゼル!イライザを唆さないで!」