溢れる光
――はっと、意識が戻る。
冷たい岩の感触と、肺の奥を刺すような瘴気の重さ。
現実の感覚が、ゆっくりと戻ってくる。
セレストは膝をついたまま、浅い呼吸を繰り返していた。
視界はまだ滲み、指先にはほとんど力が入らない。
中和の法力を展開しようとしたはずの瘴気は、
まるで嘲るかのように洞窟の奥で濃く渦巻いている。
――無理だ。
この量は、ひとりでどうにかできるものじゃない。
喉の奥に込み上げる苦さを押し殺しながら、
セレストは前を見る。
同じく片膝をついた運び屋が、苦しそうに呼吸を繰り返していた。
その姿を見て、セレストは震える声で呼びかける。
「……お願い、があります……」
「……なん、でしょう」
途切れ途切れに、運び屋が答える。
「……その……
手を……私の、お腹に……」
一瞬、運び屋は言葉を失った。
「……え?」
「直に、です……
服の上では……意味がなくて……」
沈黙が落ちる。
だが彼は、状況を察したのか、短く息を吐いた。
「……分かりました。
失礼します」
戸惑いながらも、ゆっくりと手袋を外す。
そして、セレストのローブの隙間に手を差し入れた。
冷えた指先が腹部に触れた瞬間――
セレストの身体が、びくりと震えた。
「……っ、つめ……」
「ご、ごめんなさい……!」
「……いえ……大丈夫です……
そのまま……離さないで……」
次の瞬間だった。
セレストの内側から、まばゆい光が溢れ出した。
内側から流れ出す、
溢れんばかりの奔流。
セレストは立ち上がり、大きく一歩前へ踏み出す。
その光は、瘴気へと流れ込んだ。
黒く淀んでいた霧が、
水に落とした墨がほどけるように、ゆっくりと薄れていく。
洞窟に満ちていた不浄の気配が、
光に触れるたび、静かに崩れていった。
漂っていた霧は霧散し、
瘴気は悲鳴のような音を立てて揺らぐ。
逃げ場を失った靄が、四方へと散っていく。
だが、それだけでは終わらない。
岩肌の割れ目。
地の奥深くに染みついていた瘴気までもが、
まるで逆流するかのように引き剥がされていった。
空気が変わる。
重く、澱んでいた洞窟の空間が、
嘘のように澄み渡っていく。
――まだ足りない。
セレストは歯を食いしばった。
その流れのまま、洞窟の壁と床へ向けて力を押し広げる。
見えない膜が張られるように、
周囲一帯に静かな結界が形を成した。
瘴気の“再侵入”を拒む、
薄く、だが確かな守り。
洞窟の空気が、一気に澄み渡った。
重苦しかった圧が、嘘のように消える。
中和は――一瞬で、完了していた。
少なくとも今この瞬間、
この場所の瘴気は完全に消え去っている。
そこまでやりきって、
「……よかった……」
力が抜けたように、
セレストはその場に座り込んだ。
身体の奥に残るのは、
使い切ったあとの空虚感と、
胸のどこかに残る、あたたかな余韻。
そのとき――
後ろにいた運び屋は、
すでに前のめりに倒れていた。
だが――
セレストは、まだ気づいていなかった。




