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瘴気の底で

 ……冷たい。


 次に感じたのは、

頬を撫でる湿った空気だった。


 微かな光の中で、

天井の高い空洞がぼんやりと見える。


落ちた場所は――

不思議なほど、瘴気が薄かった。


どうやらこの空洞には

どこかから空気が流れ込んでいるらしい。


「……大丈夫ですか」  

近くで、誰かの声がした。


 震えを押し殺したような、細い声。


 身体を動かそうとして、全身に痛みが走る。


 喉から、思わず息が漏れた。


「……っ、すいません……少し、

動けそうにないです」


 視界の端で、白いローブが揺れる。


 白の聖女は膝をつき、慎重に距離を保ちながらこちらを覗き込んでいた。


「無理に動かないでください。……衝撃を、

いくらか和らげましたが……」


 言葉の端が、わずかに震えている。


 聖女は深く息を吸い、両手を重ねた。


 淡い光が指先に宿り、そっと胸元へと伸ばされる。


「失礼します。……治療の法力です」


 光が身体を包み、焼けるような痛みが、

じわりと引いていく。


 折れたわけではないらしいが、

打撲と擦過傷が酷い。


「……暖かい、助かります。

ありがとうございます」


 しばらくして、痛みが“我慢できる程度”まで落ち着いた。


 視線を巡らせると、荷袋が少し離れた岩陰に引っかかっているのが見えた。


 落下の衝撃で散らばらずに済んだのは、

幸運と言っていい。


「荷物……近くにありますね。不幸中の幸いでしょうか。

携帯食があるはずです。

少し何か食べましょう……と言いたいところですが、すみません。聖女様、荷袋を取ってきていただけませんか。まだ、体が痛くて」 


運び屋は申し訳なさそうにそう言った。


聖女が落ち着いた足取りで荷袋を持って来て

運び屋に渡す。


運び屋は荷袋を覗き見て干し肉と飲料を二つと丸い薬のような物を取り出した。


また中を覗き見て、

少し安堵しているようだった。


そして物をさしだしながら小さく息を吐いた。


「さっどうぞ。

こちらの飲み物は多少魔力の補給ができます。

それとこの丸薬は肝臓を活発にする食材で作ってあります。

お口に合えばよろしいですが」


「よろしいのですか? その飲み物にいたっては売り物なのでは?」


「構いません、、とはいえませんがお気になさらず」


「ありがとうございます。いただきます」


こんな状況だからこそ、

今のうちに食べておくべきだろう。


セレストは干し肉を口に含んだ。


次の瞬間


噛むほどに、豊かな旨みが口いっぱいに広がり、


思わず表情が綻んだ。


「美味しいです!

今までの中で一番美味しいです!」


「ははっお褒めに預かり光栄です」


と運び屋は仰々しく頭を下げた。


「聖女様を、こんな間近で見るのは初めてでして。

……噂より、ずっとなんというか普通の方ですね」


 その言葉に、白の聖女は一瞬だけ言葉を失った。


 だが、すぐにいつもの“聖女の顔”に戻る。


「……そう、見えますか」


「ええ。失礼を承知で申しますが……聖女様というのは、もっとこう……儚いものだと」

視線が、無意識に細い肩や腕へと向く。


「ですが、思っていたより……しっかりした身体ですね。無茶をなさる方だ」


 一拍の沈黙。


 白の聖女は、わずかに視線を逸らした。


「……無茶は、役目のうちですから」


 その言葉は淡々としていたが、どこか自分に言い聞かせるようだった。


「それと……もう一つ。  


こんな場で言うのは不躾かもしれませんがー私は、信仰心が薄いもので」


 白の聖女は、わずかに目を見開く。


「……無神論者、ということですか」


「はい。 神を否定するつもりはありません。

ただ……信じるほど、強くなれなかっただけです」


 短い沈黙が落ちる。


 洞窟の奥で、瘴気が微かに揺らめく音だけが響いた。


「……それでも、あなたは私を庇いました」


「成り行きです。  それに……結果的には聖女様におんぶにだっこだ、

ーーあと落ちてみて分かりましたが」

 周囲を見回す。

「幸か不幸かどうやら、問題の場所には……かなり近いと思います」


 白の聖女は、ゆっくりと立ち上がり、瘴気の漂う奥を見つめた。


「……ええ。  事故でしたが……引き返すよりは、進むしかなさそうです」


 二人の間に、薄暗い静けさが落ちる。


 まだ、互いの素性のすべてを知らぬまま。


 だが、この時点で、

すでに“逃げ道”は失われていた。


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