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7話

「おや、もう店じまいかい」


 俺が店の表札を片付けていると、そんな声が聞こえてきた。

 その声の主は常連の一人であるおっさん、リーン氏のモノだった。


「リーンさん」

「よう」


 俺は彼に頭を下げた。彼は東方の国の雑貨の収集家で、よくウチの店でも雑貨を買っていく。要は太客というやつだ。

 しかし今日はこれから用事があるために早じまいするのだ。


「すいません、せっかく来ていただいたのに」

「いや、いいんだ。……お、そっちの子がウワサの」


 そう言うリーン氏の視線の先を追うと、店の中で作業するミーナがいた。


「ああ。……ミーナ!」

「はーい!」


 ミーナを手招きして呼んで、リーン氏に挨拶させる。リーン氏は元気のいいミーナの様子に顔を綻ばせた。


「ウワサには聞いていたが」


 そう言うリーン氏。俺がミーナを雇ったということが噂になっているのだろうか。


「ずいぶんと若い嫁さんをもらったんだなぁ」

「ブッ?! 何を――!?」


 どうもそのウワサというのにはかなり尾ひれが付いてしまっているらしかった。


「こんな年端もいかないガキンチョ、嫁にするわけないでしょう!」

「ガキンチョじゃありません!」


 いかにも子供な文句を垂れるミーナを、はいはい、とあしらって俺はリーン氏に抗議の視線を向けた。


「がはは、そうだろうな!」


 俺をからかいたいだけらしい。リーン氏はがはは、と大胆に笑って、俺の肩をバシバシ叩いた。


「じゃあ、また来るぜ」

「ええ、お待ちしとります」


 そう言ってリーン氏と別れて、表札を店の中にしまった。


  ◇


「ミーナ、準備はできたか?」

「はい、てんちょー!」


 店用の作業着から余所行きに着替えたミーナを連れて、俺は店を出た。裏町に行って、人さらいの調査をするのである。

 最初は危ないからミーナは店で留守番を、と考えていたのだが、当のミーナ本人が「私、裏町ならくわしいです!」と豪語するものだから連れていくことにしたのだ。幼いミーナmp知識がどこまで役に立つかわからないが、一応連れて行ってみる。


「てんちょー、どこに行くんです?」


 幼い瞳を輝かせ、ミーナは首を傾げた。こいつは今回の調査を探検ごっこか何かだと思っているに違いない。そんな危機感の無さだった。

 実は行くアテが一つだけあった。


「『薬屋』にな」

「げ……」


 俺の言葉にミーナは苦虫を噛み潰したような表情をした。


「なんだ、知ってるのか」

「……ミーナ、あの婆さんキライです」

「こら」


 ミーナの裏町時代に何があったんだと気になるが、とりあえず今は置いておく。

 『薬屋』というのはミーナの言った通り、裏町でひっそりと薬屋を営む老婆だ。誰にでも薬を売ってくれることから『薬屋』と呼ばれるが、誰も本名は知らない。中々に癖のある人で、十代のころに薬草の知識を学ぶために、少しだけ世話になったことがあった。


「ごめんください」


 裏町の一角、蔦が這う古い建物のドアを開けて中に入る。建物の中は薄暗く、ほかに客はいないようだった。


「……誰かと思えば。ずいぶんと懐かしい顔だね」


 薄暗い店内の奥から現れたのは、しわがれた声の老婆だった。老婆は俺の顔を見てしばらく考え、思い出したのかふむ、と頷いた。


「なんの用だい?」


 『薬屋』の婆さんは、カウンターのそばに置かれた椅子に腰かけて、俺をジッと見据えた。


「おや、ミーナかい」

「!」


 店に入ってからというもの、俺の後ろにずっと隠れていたミーナは、婆さんに名前を呼ばれてその小さな体をびくりと跳ねさせた。


「どうしてミーナとアンタが一緒にいるんだい?」


 婆さんはしわがれた声で尋ねた。


「つい最近こいつをウチで雇うことにしたんだ」

「ほう、そうかい。物好きだね。……てことはあの店は続いてるのかい」

「ああ、おかげさまでな」


 十代のころにこの婆さんに弟子入りして、薬草やら漢方やらの目利きの仕方を教えてもらった。それは今でも回復薬や解毒薬なんかを仕入れるときに重宝している。


「それで? 一体なんの用だい」


 話は一周して、なんのためにこの店を訪れたかを話すことにした。


「最近裏町で人攫いが増えているんだろう?」

「……表の人間が、裏町のことを嗅ぎまわるのはやめときな。怪我じゃすまないよ」


 そう言って婆さんは袂からキセルを取り出した。


「そう言うなよ。こっちも人に頼まれてるんだ」

「人に頼まれたぁ? お前がかい。どうして」


 そう聞かれて、俺はことの顛末を話すことにした。


「……そりゃ、お人よしのお前さんらしいね」


 婆さんはふんと鼻を鳴らして笑い、たばこの煙を吐いた。


「あたしは特に知っていることなんてないがね」


 婆さんはそう前置きして立ち上がった。


「攫われてんのはどうも若い娘っ子ばかりのようだ。ここに行きな。そこならもっと情報が集まるかもしれないよ」

「チラシ?」


 婆さんが棚から取り出して俺に渡してきたのは、一枚のチラシだった。そこにはピンクの丸っこい文字で、『貴方の夜を、彩ります。愛と情熱の店「ピクシーズ」』と書かれていた。

 ――って、コレ、娼館のチラシじゃん。

 俺はミーナに見られないようにすぐさまポケットにしまう。ミーナはよっぽど婆さんのことが苦手なのか、こちらの話には一切興味を示さず、店の棚にある薬の瓶を眺めていた。お子様にはこのチラシは早すぎるぜ。


「気を付けるんだよ。ここ最近、特に治安が悪くなってるからね」

「ああ。ありがとう」

「……」


 『薬屋』のしわがれた声に見送られて俺たちは建物を出た。ミーナは最後に見送られた時も、苦々しい顔をしていた。

 いったい過去に何があったんだ。


  ◇


 店に戻ってきて、夜になる。俺とミーナの分の夕飯を用意して、二人で食べる。

 夜も更けて、ミーナの話に付き合っているうちに、彼女は眠ってしまった。

 さて。ここからはオトナの時間だ。

 俺はこっそりと家から抜け出して、夜の街へと繰り出した。手にはもちろん、昼間貰った娼館のチラシを握る。

 裏町には娼館のならぶエリアがある。そこは裏町の中でも特に治安が悪く、働く女性は住み込みか、専属の護衛をつけるほど。この裏町ではその護衛職は一種のステータスだったりする。

 裏町の娼館街は煌々と明かりに照らされていた。裏町のなかでもここだけが明るい。それは、高価な照明の魔道具があちこちに取り付けられていた。

 たびたびお世話になるこの魔道具の明かりはやはり目に染みる。ギラギラとした明かりは、自然界では見ないような色をしていた。強いて言うなら、派手な着色をした蛍ってとこだろうか。

 成人してから初めてきたこの街は、それはそれは印象に残った夜だというのに目の覚めるような強い光、その光よりも輝いて見える女たち。童貞にはどれもが刺激的すぎて、どぎまぎしたものだ。

 そんななつかしさに浸りながら、俺は目的の娼館へと向かう。


「あれ? 雑貨屋さん?」


 俺が目当ての『ピクシーズ』はどこにあるのかと娼館街をうろうろしていると、後ろから綺麗な声で俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

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