6話
レオーネさんに連れられて、冒険者ギルドの二階にやってきた。ミーナはギルドに興味を持っていたが、一階の酒場で酔っ払いに絡まれかけて完全に萎縮してしまったようだった。
「店長ぉ……」
ミーナは俺の服の裾を掴んで離そうとせず、ビクついた声を上げながら俺の跡をついてくるだけだ。
「ここだ、ジークくん」
「はあ」
前を歩くレオーネさんが扉の前で立ち止まってそう言うが、事態の見えない俺は生返事を返してしまう。ギルドの二階は一階の酒場の雰囲気とは打って変わって、長い廊下を挟むように小部屋が並び、その一つ一つに資料室やら事務室やらの掛け札が掛けてあった。
レオーネさんが指し示す先のドアにかけられていたのは、ギルド長室、という文字。ギルド長はその名の通りこのギルドで最も偉い人間の称号だ。
「失礼するよ」
ノックをしてギルド長室に入っていったレオーネさんの後に続き、俺とミーナも入室した。
「失礼します……」
「ます」
俺とミーナがその部屋の中に入ると、立派な髭を蓄えたスキンヘッドの大男が簡素な造りの椅子にどっかりと腰を下ろしていた。
「レオーネさん。待ってたぜ」
ぶっきらぼうな口調の大男はレオーネさんと握手を交わす。
「そっちのは?」
大男はレオーネさんの肩越しに俺たちを見て、訝し気な顔をした。立ち上がればミーナの3倍はありそうな大男に見つめられて俺はすくんでしまう。
「こっちはジークリートくん。大通りで雑貨屋をやっている」
「ど、どうも。ジークリート・タディフです。カクレトカゲの尻尾屋っていう店を営んでます」
俺は言葉をつっかえながら手を差し出した。
「ギルド長のブギーだ。よろしく」
ブギーと名乗った大男はその大きな手で俺の手を握った。まるで幼少期に握った親父の手のように大きいソレは、俺の手を握りつぶしてしまうのではないかという力の強さだった。しかし、彼に特段力んでいる様子はない。ナチュラルに力の強い人なんだろう。と、いうか。俺が普段鍛えてなさすぎなのか。幸い、腹はたるまないがそれは遺伝による体質。太らないのもそうだが、筋肉もつきにくいのだ。やっぱり男として少しくらいは鍛えていた方がいいよなぁ。なんて思いながら、ブギーさんの樽のような腕を見る。
「それで、レオーネさん。ジークリートさん、だったか?」
俺は頷いた。
「この方たちを呼んだのはどうしてだい」
「ああ、それについてはね」
ブギーさんがレオーネさんに尋ね、レオーネさんはそう言いながらミーナを見た。ミーナは自分に視線が集まるのを感じて、居心地悪そうに見渡した後、首をひねった。
「この娘も裏の出身らしいんだ」
レオーネさんが言う。ミーナは咎められていると思ったのか、肩をすくめて縮こまる。俺はそんなミーナの頭に手を置いて軽く撫でやった。
「ほお――」
ブギーさんは低い声でうなるように頷いた。
「あの、レオーネさん。話が見えないんですが……」
今だ何の説明もされず、話に置いてきぼりにされるのも気持ち悪かったので、俺はレオーネさんに尋ねてみた。
「ああ、それはね――」
「それについては俺から話そう」
レオーネさんの言葉をブギーさんが継ぐ。
「現在、このホーミルでは裏町での人攫いが深刻化している」
ブギーさんは声を潜めて言った。
「どこの連中がそんなことをやらかしているかはまだ不明だが、表に住んでいる奴らにまで被害が出始めている。……冒険者ギルドの職員にも、だ」
そこでブギーさんは一旦言葉を区切った。
「人攫い……」
裏町ではたまにあると聞いた。借金を返せなくなったものや、ヤクザな連中に手をだしてしまったものなど、そういう者たちは攫われてどこかに売り飛ばされてしまうらしい。
「そこでだ、ジークくん」
レオーネさんが言う。
「君とミーナくんに潜入調査を依頼したい」
「なっ――! レオーネさん! この方たちは素人でしょう!」
ブギーさんがレオーネさんの言葉に目を剝いた。彼にも伝えられていなかったのか――って、それもそうか。俺たちはついさっき道で出くわしたばかりだ。
「ギルドが冒険者に依頼を出すと、色々と弊害がある、と言ったのは君だろう」
「し、しかし……」
レオーネさんの言葉にブギーさんが狼狽する。なるほど、冒険者には裏町出身の者も多いから、裏町のことを解決させようとすると問題が出てくるというのも納得がいく。しかし、そういう問題があったとしても、何故俺に白羽の矢が立ったのだろうか。
「ちょうどいいじゃないか。ジークくん、その娘は養子にでもするつもりかね。忘れっぽい君のことだ、役所にも行ってないんだろう?」
「あ……」
すっかり失念していた。居付いてしまった野良猫くらいに思っていたが、雇うとなった以上は届け出が必要だった。
「届け出もなしに裏町の少女を労働力に……。どうだろう。君が誘拐犯だと思われても言い逃れはできなさそうじゃないかい?」
ニヤ、と笑ってレオーネさんは言った。俺は背中から冷や汗が噴き出てきた。気取らなくて取っつきやすい人だから忘れがちだが、彼は紛れもない貴族なのだ。ちょっとした疑いをかけられただけの事実無根であっても、何の権力ももたない商人一人なんて、彼の手にかかってしまえばどうとでもできるのだ。
レオーネさんとの付き合いはもう長い。これで取って食おうというのではないことくらいわかる。しかし、彼の吊り上がった口角が恐ろしかった。
「この件を受ければ水に流すと、そういうことですか」
俺の頭の片隅に浮かんだ考えを言語化したのはブギーさんだった。
「ああ、そういうことだね。どうだい、ジークくん。受けてくれるよね」
「は、はい」
「それは良かった」
――もはや脅しじゃないか。
レオーネさんはうんうん、と頷いてミーナの頭を優しく撫でた。俺がレオーネさんが社交界で腹黒狸と呼ばれていることを知ったのはこれから二週間後のことだった。