5話
「てんちょおー」
「なんだ」
「暇です。つまんないです」
「仕方ないだろ。客が来ないんだから」
座面の高いカウンターチェアに腰かけたミーナは、脚をぶらぶらとさせて不満を漏らしていた。そんなことを言われても俺にはどうしようもできない。店を放って遊んでるわけにはいかない――
――そうだ。
「じゃあミーナ、出かけるか」
「お出かけですか!」
「ああ。たまにはいいだろ」
「やったぁ!! ……あり? お店はどうするんですか?」
両手を上げてバンザイしたところで店のことに思い至ったのか、ミーナは手を振り上げたまま静止した。
「今日は閉店だ。ほれ、店じまいして準備しろ」
「はい!」
カウンターチェアから勢いよく飛び降りたミーナは、駆け足で店の裏へと戻る。……そんな勢いで走ったら――
「ぎゃっ――」
――やっぱり。ミーナは何もないところで躓き、潰れたカエルのように倒れ伏していた。そのせいでスカートが捲りあがって、色気もへったくれもない木綿のパンツが丸見えになっていた。
◇
ミーナを連れて大通りを歩く。
「店長! あれはなんですか!」
「ん? あれは魔鉱石屋だな」
「あっちは!」
「……ありゃあ酔っ払いの喧嘩だよ。あんま見んな」
外出が新鮮なのかミーナは目に付いたものを片っ端から俺に尋ねてきた。裏通りで育つと、こんなにも表のことに疎い子になるのかと、俺は裏町の環境の悪さに虚しさを覚えた。
「お前、こっちには出てこなかったのか?」
「……はい。こっちに出てくるとおっかない人に捕まっちゃいますから」
……おっかない人というのはきっと憲兵のことだ。スラムの大人たちに聞いたのか、捕まるとよくないと信じていたのだろう。実際、憲兵がおっかなくなるのはいい歳こいた浮浪者や在留資格をもたない外来人に対してであって、こんな年端もいかない少女を捕まえてどうこうということは無いだろう。むしろ、積極的に保護されるのではないだろうか。
「あ! あのぼろっちいのはなんですか!」
「ぼろっちい言うな。ありゃ冒険者ギルドだよ」
俺が同情を抱いているのを知ってか知らずか、変わらずに気になったものを指さして叫ぶミーナ。その指の先には冒険者ギルドがあった。その名の通り、冒険者が依頼を受注したり依頼主が依頼を持ってきたりする集会所だ。
「ぼうけんしゃ、ぎるど……?」
俺の言葉に、頭の上に疑問符を浮かべたミーナは、俺を見上げて可愛らしく首を傾けた。
「冒険者っていう何でも屋たちが依頼をこなしてくれるところだよ」
「何でも……! ミーナ、冒険者やりたいです!」
俺の言葉に目をキラキラさせてミーナは言った。
「バカ言え。お前には雑貨屋があんだろ」
「ミーナも冒険したいです!」
「……大人になったらな」
「ぶう……」
俺がそう言うと、ミーナは唇を尖らせて足元に転がっていた石ころを蹴飛ばした。その石ころはそれなりの勢いをつけて転がり、前を歩いていた紳士にぶつかった。
「あ! こら」
紳士の踵に石がぶつかったのを見て、俺は背中に冷や汗をかく。
「? おや。ジークくんじゃないか」
「すみませんって、レオーネさん」
咄嗟に下げた頭を起こして見上げると、そこには見知った顔があった。
「こんなとこで何を?」
「ああ、ちょうどギルドに用事があってね。君の方こそこの時間に店を空けるなんて珍しい……」
そこまで言って、レオーネさんはミーナに気づいたのか視線を少し下げていやらしい笑みを浮かべた。
「ははーん。わかったぞ。連れ子だろう。店の方はその母親の方に任せてきた、と。どうだね、私の推理は。あっているだろう」
にやにやと俺の顔を覗き込むレオーネさん。
「しかしやるなぁ、君も。いつの間に口説いてたんだ。しかも子持ち。タディフのやんちゃ坊主もとうとう所帯持ちかぁ……。感慨深いよ、私は」
「いやいや、何を言ってるんですか、レオーネさん」
一人で勝手に盛り上がるレオーネさんに待ったをかける。貴族のくせして、こう俗っぽいとこがあるのがこの人の美点と言うか、とっつきやすいとこではあるけれど、そんな妄想を膨らまされても困ってしまう。
「ただの居候ですよ、こいつは。拾ったんです」
「……なに?」
さっきまでのニヤケ面を一瞬で封印したレオーネさんは、その表情を険しくさせた。
「裏街のか?」
「……ええ。どうやら」
「……そうか」
ミーナは自分が話から置いてきぼりにされていることに気づいてか、俺の余所行きの裾をつまんで、クイクイと引っ張った。俺はミーナの頭に手を置いて軽く撫でてやる。
「ちょうどいい。ジークくん、君も来てくれないか」
「へ……?」
「ギルドにだよ。そっちのお嬢さんも」
「ミーナです」
「そうか。ミーナか。偉いな、ちゃんと自己紹介できて」
「ん!」
ミーナは俺の後ろに隠れながらも、レオーネさんとそんな会話を交わした。
「ギルドにって、どういうことです?」
俺はレオーネさんに尋ねる。
「まあ、来ればわかるよ」
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