4話
――――――
――――
――
親父がまだバリバリの現役だったころ、この店は雑貨屋ではなく、それなりに大きな商店だった。家具から小物まで、何でもそろうような街でも指折りの規模の店だった。
そんなかつてのウチの店でも魔道具を扱っていて、魔道具を置いたその一角にミスリルのペンは置いてあった。
「わぁ……。綺麗……」
親父の手伝いで商品を並べる手伝いをしていた俺は、その魔道具のコーナーでミスリルのペンが入ったショーケースを眺める、同い年くらいの少女を見かけた。
その少女は貴族の娘か、はたまた大商人の娘なのか、とても綺麗な身なりをしていた。なにより、その顔立ちの綺麗さに思わず見惚れてしまった。ショーケースを覗き込むそのキラキラとした瞳にペンが反射する光を映して、薄い桜色の唇にあどけない笑みをたたえていた。
「……あの」
俺は思わずその少女に話しかけていた。
「――! あ……」
少女は肩を跳ねさせて振り向いた。話しかけられた相手が子供の俺だとわかると、露骨に胸をなでおろした。店員に注意されると思ったのかもしれない。
「それ、欲しいの?」
「ええ。ですが私の所持金では足りないようですわ……」
商人の息子風情が話しかけないでくださいまし、と言われることもあるかと、話しかけておきながら身構えていたが、このお嬢さんはそんな高飛車ではなかったよだ。財布の中身を見せながらお嬢さんはしょんぼりとしていた。
「ああ、これじゃあ足りないね」
俺がその財布の中を覗くと、平民じゃ考えられないような額のコインが入ってはいるものの、それでもミスリルのペンを買うには足りなかった。
「以前来た時よりも高くなっていますわ……」
「ミスリルが採れなくなったって父さんが言ってたよ」
「そうなんですのね……」
肩を落とすお嬢さんは、ショーケースに振り返って、またキラキラとした瞳でペンを見つめた。
「……また、ミスリルが採れるようになって元の値段に戻るよ」
「だといいですわ……」
俺の下手な慰めに、お嬢さんは表情を変えずにガラスケースを眺め続けていた。
――
――――
――――――
ちょうどあれは俺がミーナくらいの歳のことだった。あの時のお嬢さんもミーナと同じようにキラキラとした瞳でペンを眺めていたっけ。思えばあれが俺の初恋だったのかもしれないな。
結局、あれからミスリルの高騰はしばらく続いて、ミスリルのペンの値段が元に戻ったのは数年してからだった。その頃にはあのお嬢さんを店で見かけることはなくなったが、あのお嬢さんはどこで何をしてるんだろうか。
「店長、ミーナもこれが欲しいです!」
と、俺が一人感慨にふけっていると、ミーナがそう言ってペンを振りかざした。
「ばか、十年早いぞ」
「そんなぁ」
「ふふふ、そんなことないわよね」
「そうです!」
俺とアンの言う事の間でコロコロと表情を変えるミーナは見ていて面白かった。
「そういえばこの娘、前は見かけませんでしたけど。……娘?」
「まさか。俺ぁまだ26だぞ」
アンは私と同い年……? と呟いて黙り込み、俺とミーナを見比べた。親子ほどの年の差があるように見えるかね。俺はそんな老け顔か?
「居着いちまったんだよ。仕方なく雇ってる」
「そうだったの」
苦笑いを浮かべたアンはミーナの頭に手を置いて優しく撫でた。
「良かったわね、いい人に拾ってもらえて」
「はい!」
慈愛の表情でミーナを撫でるアン。ミーナは目を細めて気持ちよさそうに撫でられていた。いいな、そこ代われ、ミーナ。
「それじゃ、ありがとうございました」
「ああ。まいどどうも」
「お店、来てくださいね」
「はは、ああ。わかったよ」
アンの可愛らしい念押しに苦笑いを返し、木箱を大事そうに抱えたアンを見送った。
「また来てくださいねー!」
ミーナは撫でられたことでアンに懐いたのか、両手を大きく振ってアンを見送り、アンもそれに対して、胸のあたりで小さく手を振ることで応えた。