2話
ある日の街は雨だった。だからか街は閑散として、店の窓から見える大通りはほとんど人が歩いていない。今日は早めに店じまいをしてしまっても良さそうだと思い、晩酌はどの酒にするかと思いを馳せる。砂漠のオアシスの街でしか手に入らない甘ったるい穀物酒もいいし、氷河の近くの街で出会った辛ぁい蒸留酒もいい。
あちこちを旅して出会った様々な酒を、商人という立場を利用しては仕入れては自分が楽しむために取ってあるのだ。まあ、店に並べようにも酒を売るのには免許がいるからそもそも無理なのだが。しかし、仕入れる分には問題ない。男やもめのさみしい晩酌がそれで彩られるならそれでいいのだ。
「ジークくん、やってるかい?」
雨の日はやっぱりエルフの酒だよな、なんて一人物思いにふけっていると、突然ドアベルがなって傘をさした紳士然としたロマンスグレーの男がやってきた。
「レオーネさん」
彼は数少ない名前まで知っている客の一人だ。親父の代からの付き合いで、俺がまだ小さい頃から彼には良くしてもらっている。
「いつものですか?」
「ああ……。頼むよ」
辺りをうかがうようにキョロキョロと首を振ったレオーネさんは、神妙な面持ちで俺を見つめる。
俺はカウンターの下から紙袋を取り出して彼に手渡した。
「ありがとう」
そう言ってレオーネさんは金貨を懐から取り出して俺の手のひらの上に置いた。本来の値段であれば、半分の銀貨五枚で十分なのだが、普段から彼はこうして倍の値段で買い取ってくれる。最初の頃は俺も遠慮していたが、チップということでありがたく受け取っている。
貴族である彼からしたら、月に数回のその程度の支出は屁でもないのだろう。そしてこのチップの意味として、口止め料も含まれているのだと思う。
なにせ、レオーネさんが大事そうに抱えるあの紙袋の中身は精力剤。妻との営みに事情を抱えているレオーネさんには必須のアイテムだ。そこそこ地位のあるらしい彼がそんなものを買っていると世間に知られようもんなら、ちょっとした騒ぎになりかねない。それを防ぐための口止め料ってわけだ。
肝心なときに気合が入ってくれないときの辛さは同じ男として痛いほどに分かる。チップを渡されたりなんかしなくても、俺は口外することはないのだが。まあ、それは俺の晩酌用の酒を仕入れるための軍資金としてありがたく頂戴しておこう。
ちなみに、精力剤と言ったものの、薬というわけではない。薬を売るのにはもちろん免許が必要だし、医師の診断だって必要だ。いわば民間療法みたいなもので、とある民族が独自で調合したエナジードリンクみたいなものだ。俺が以前娼館で試したときはしばらく出禁になるくらいだったから、その効果は折り紙付き。
レオーネさんには俺が使ったときより半分に薄めたものを売っている。それでもレオーネさんから不満の声は聞こえてこないから、ちゃんと効果を発揮しているのだろう。
さてさて、そんな他人夫婦のベッド事情を考えていても無粋だ。俺は去ろうとするレオーネさんと、男と男の固い握手を交わし、哀愁漂うレオーネさんの背中を見送った。
レオーネさんを見送ったら、今日は店じまいだ。雨風が強まってきたし、しっかりと戸締まりをしておこう。
一旦店の奥へと下がり、雨具を持ってくる。アメトカゲの皮製のそれは、頭からすっぽりとかぶるように身に着ける。形はポンチョが近しいだろうか。その撥水性能は凄まじく、かといって蒸れることはないから雨の日に重宝している。
入口から外に出て、外から雨戸を閉める。古い造りのこの店は、外からしか雨戸を閉めることができない。重い引き戸を引きずって、窓に雨戸をつけて、中に入ろうとしたとき、後ろから水たまりを跳ね上げる音が聞こえた。
「あのっ!」
「ん?」
後ろから声が聞こえて振り向くと、そこにはずぶ濡れの少女が立っていた。