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1話

 店の窓から見える街の大通りには、様々な格好をした人たちが行き交っている。ひと目で貴族とわかる者、貧しそうな身なりの者。その中にはヒトと呼ばれない者も混ざっている。獣の耳を携えた者、尻尾を生やした者。その性別や背丈、体型は本当に多種多様だ。

 それがこの街、ホーミルの特徴でもあった。この街、ホーミルはこの国でも有数の商業地域。それがこの人種の多様さを生んでいた。

 そんな街でひっそりと商売を続ける俺の名前はジークリート。この雑貨屋、『カクレトカゲの尻尾屋』のしがない店主だ。雑貨屋、なんて偉そうに言っても、日々何とか暮らせるくらいの稼ぎしかない。親父が病に倒れてから家督を継いで細々とやっているが、一向に業績が上向く気配はない。まったく、自分の商売のセンスのなさにはため息がでるぜ。この店は親父の代のころの客や、物好きな常連たちで何とか成り立っているといった具合だった。まさに自転車操業と言うのがふさわしいだろう。

 俺がカウンターに向かって溜息をついていると、ドアベルが鳴って客の来店を知らせた。


「いらっしゃい」


 入口のドアが開いて、外の光が差し込んできた。薄暗い店内に日が差して、床に乱雑に置かれた商品たちがさまざまに日光を反射する。その一束が俺の顔に向かって、まぶしさに顔を顰めた。


「なんて顔してるんですか、店主さん」


 そう言いながら店の奥へと入ってきたのは、常連の女客だった。


「ああ、アンタか。どうも」


 ブラウンのソバージュを緩く束ねた女は、カウンターの前まで来ておもむろにカウンターの上の商品を手に取った。平日の昼間に来ることの多いこの女は、名前こそ知らないが常連として見知った仲だった。女が商品を手に取るのに少し前かがみになると、そのゆるい胸元が開いて深く影を落とす谷間が見えた。

 ゆったりとした服を着てくることが多いこの女客は、きっと夜職なんだろうと勝手な邪推をする。この店に来るのも平日の昼間が多いし、なによりこの客が醸し出す色気たるや、並の町娘が身につけられるようなものではない。

 左目の下の涙ボクロや、その豊満な肉付きといい、男を惑わすことに振り切ったような雰囲気の女は、意外なことにも毎回買っていくものは実に地味だった。


「店主さん、じゃあこれ」


 カウンターの上の商品を一通り物色した女は、俺の前に一束の原稿用紙とブルーのインク瓶を置いて、その横にコインをきっちりと並べた。コインを数えれば置かれた商品の値段丁度で、お釣りを渡さなくていいことに少し嬉しくなる。


「じゃあ、丁度。まいど」


 この水商売風の女はこうしていつも紙やらインクやらを買い込んでいくのだ。それも結構なハイペースで。それでいつしかこの女の顔を覚えるようになった。無論、買っていく商品が印象的だったから覚えたのであって、巨乳だから覚えたとか、美人だから覚えたとかそんなことはない。決して。誓って。


「店主さん、ミスリル製のペンっておいてあったりしない?」


 女は会計が終わってもなかなか帰ろうとしないので、おかしいなと思って眺めていると、店内を見渡したあと振り返ってそう言った。


「ミスリルのペン……? 在庫は売れちまって今はないな。仕入れてくれば出せるが、少し時間がかかるぞ」


 ミスリルのペンと言うと、その丈夫さと魔力伝導性の良さからくる書き味の軽やかさで、プロの作家御用達のペンだ。そんなペンをなんでこんな商売風の女が、と思うが、客のプライベートに踏み込まないのがプロってもんだ。だから俺はあえて何も聞かずに、後で発注だけできるようにメモを取っておく。

 しかしまあ変わった客だ。こんな古ぼけた雑貨屋でわざわざ買うよりも、そういう専門店に行ったほうが早いというのに、なんでこんな店で頼むんだろうか。

 そんな俺のボヤキは聞かれていたようで、気を悪くした風でもない女は言った。


「前使ってたペンもね、この店で買ったんだ。前の店主さんが特別に安くしてくれてさ」

「へぇ、親父が」

「それで次もこの店で買いたいんだよね。なんというか、恩返し? みたいな」


 そう言って笑った彼女は、商売女の雰囲気を脱ぎ捨てて町娘のような笑顔を咲かせた。


「……」

「店主さん?」

「ああいや、すまん」


 思わず彼女の笑顔に見とれてしまっていた俺は、それを彼女に指摘されてしまった。そういう視線には慣れているのだろう。さっきとは違いこなれた笑顔でそれを躱し、踵を返した。


「それじゃあ、ペンお願いしますね」

「あ、ああ。次に来たときに入荷してたら教えるよ」

「では」

「まいどあり」


 ふわりと花のようないい匂いを残して彼女は店から去っていった。店には再び静寂が戻る。

 俺は彼女から受け取ったコインをしまい込んで、店の裏へと向かう。

 さて、あのミスリル工房の頑固ジジイは元気だろうか。工房は隣町だ。わざわざ発注書を出すよりも、直接向かってしまったほうが早いだろう。もし俺が魔法が使えれば、連絡がすぐ取れて楽なんだがな。なんて一人でぼやきながら、外出の準備をする。あの頑固ジジイへの手土産は何がいいだろうか。そうだ、確か別の常連客からもらった上等な酒があったはずだ。どこにしまったかな……。

 そうして酒を片手に俺は隣町へと向かう。


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