エピソード2 太陽射す日の中で
窓から朝日が射し込み、目が覚める。太陽は嫌いだ、眩しいし紫外線が刺さる……気がする。
「おはよぉ……」
「もう昼前だぞ」
「んー……」
2階の部屋から降りてきた私に父は声をかける。
ぶっきらぼうで職人気質、悪い人ではないけど良く怖がられる……あれ、私の周りそんな人ばっかだな?
「仕事……」
「今日は休みだろ、寝ぼけてないで顔洗ってこい」
「ふぁい……」
朝は嫌いだ。全くもって頭が回らないし……全然可愛くない!!
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「ねぇお父さん」
「なんだ」
「外出たい」
「……」
顔を洗って着替えて、すっかり目が覚めた状態で朝食のサラダをつつきながら呟いてみる。
「出てどうする。貧弱な小娘1人が外に出たところで、野垂れ死ぬだけだ」
「ダメだ、とは言わないんだね」
「……」
「優しいんだけどな〜、不器用だね、お父さん」
「おめぇは性格が悪いな、誰に似たんだか」
「えへへ」
私を思ってはくれていても、きっと私が選んだ事を尊重してくれるのだろう。
良い人たちもいっぱいいる。この世界で生きるのに一生懸命でも、他人に優しくできる人たち。
けれど私は、やっぱり私のために生きている。
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「んー……良い天気。何しよっかなー……」
この集落に住んでいる人たちは各々やるべき事をやっている。
農業、漁、狩猟、探索、裁縫に……色々な商売。
私が担当しているのは裁縫、住んでる人達の衣服を作ったり、修繕するのがお仕事。
「……二度寝……とか……?」
「相変わらずキョムってんなぁヴィオ!」
「ダグザさん……帰り? 早いね」
「調査に出てた奴らの迎えさ。思ったより何もなかったってんでな、早々に切り上げてきたんだと」
「ふぅん」
屈強な男の人。お仕事の中で調査……昔の人たちが使っていた建物を調べて、使えそうなものを拾ってくる人たち。
色々と危険を伴うから、先遣隊と本隊で二段回に分けて行くんだって。
「って事は」
「ん……ヴィオメリア」
「やっぱり、おかえり、リナちゃん」
ダグザさんの後ろをひょこっと眺めてみれば、煤で顔を汚したリナちゃんの姿があった。
今日の朝が早いって言っていたのは、これがリナちゃんのお仕事だから。
「話でもあんのか? 俺たちは先戻ってるぞ」
「あ、えと、アタシは————」
「お疲れ様、今度いいものあったらこっそり頂戴ね?」
「だーめだ、ちゃんと仕事して手に入れろ」
「ちぇっ、またね」
「おうよ」
仕事終わり、と言ってもまだ勤務中であることには変わらないのでどうしようか迷っていたリナちゃんを遮るように、ダグザさんに別れを告げて見送る。
「まだ、仕事……」
「私はお休み」
「それは、知ってるけど」
取り残され、どうしたものかと考えているのか、困った表情を浮かべているリナちゃん。
どうしようか、もっと困らせたい。
「デート、しよ?」
「はぁ……怒られる」
「私が連れ回したって事にするから」
「……怒られる」
「良いから良いから〜」
嫌がるリナちゃんの後ろに回って背中を押して、強制連行!
私の暇な休日をより良くするために、リナちゃんは選ばれたのだ。
「あっ、これ可愛い」
集落を見て周り、ふと足を止める。横目に入ったのはおばあつあんがやってる小物屋さん。
「髪留めだよ、今朝作ったんだ」
「へー……うーん、似合う色は何かなぁ」
「ヴィオメリアなら……これとか」
そう言ってリナちゃんは隣で前屈みになってピンク色の髪留めを指差す。
さすが、可愛い私に似合う色を選ぶなんて見る目のある良い女だ。
「んーん、違うよ。んとね……うん、赤かな!」
「え————」
けれど、今選んでいるのは私のものじゃない。
赤色の髪留めを選ぶと、リナちゃんの前髪に挿してみる。
「うん、似合う! リナちゃんはカッコいいし可愛いからな〜、濃いめの赤が映えるよね〜」
「えっ、あの、ヴィオメリア……?」
困惑したようにきょとんとした表情を浮かべるリナちゃん。
それにしても流石私、黒と白のクールなウルフカットに赤の差し色、かっこよさの中に可愛さも感じられる見事なチョイスだと、これには腕を組んで頷くしかない。
「あの、これ……」
「デートのお礼だよ、プレゼント」
「でも……」
「良いから良いから!」
「イチャつくのは良いんだけどね、まだ買ってないものプレゼントされてもあたしが困るんだよ、払うもん払ってからイチャつきな!」
「あっごめんお婆ちゃん。いくら?」
「3だね」
「たっか!? 足元見過ぎじゃない?」
「嫌なら返しな」
この集落では仕事に応じて配給権が貰える。食料や日用品に対して1枚、1日働けば6枚、食事換算なら6食分貰える中で、半日分の対価を寄越せと請求してくるわけだ。
「むむむ……」
「いいよヴィオメリア————」
「愛しい女のためにばーっと払ってやる男気くらい見せられねぇもんかねぇ」
「可愛い女の子に向かって男気見せろとか難しい事を言う! もー……わかった、3ね? はい!」
「へへっ、毎度あり」
「アコギな商売しやがってぇ……」
申し訳なさそうなリナを他所にぼったくり婆ちゃんに渋々支払う。
そりゃ良いものだから払うのはやぶさかではないけれど、それでも2が妥当じゃないかと思うわけで。
「はぁ、私の半日……」
「あの、やっぱりこれ……」
「おっと、返品は受け付けてないよ。 稼ぎたいならそいつの母親みたいに夜商売すりゃ————」
「止めて。私の前でそんなこと言わないでね、お婆ちゃん」
「……悪かったよ、冗談さ」
お婆ちゃんが言おうとした言葉を遮る。楽しいデートを台無しにされちゃうなんて、今日はあんまり良い日じゃないのかもしれない。
気まずい空気を残して店を立ち去ると、リナちゃんは控えめに私の名を呼ぶ。
「ヴィオメリア……」
「なーに? 嬉しくなかった? 他の色が良かったとか?」
「そんな事ない! そんな事……」
色々言いたいことがあるのだろう。けれど私は私がしたい事をしたのだし、不快な気持ちになったのはリナのせいじゃないのだから、謝られても困る。
「それじゃ、今日のデートは終わり、またね?」
「あっ……ヴィオメリア……」
リナちゃんを残してその場から立ち去る。
私は悪い女なので、ごめんなさいを聞いてあげるつもりは無いのです。
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「……ただいま」
アタシは夜が嫌いだ。
「あら、おかえり……もうお仕事始めるけど」
「わかってる」
「そ、あんた愛想もうちょっと良くならないの? アタシの仕事にも影響出るんだから」
「……ごめん」
ヴィオメリアと別れた後、仕事に戻って夜が更ける。暗がりを歩いて少し離れた場所にある家に帰って来れば、母が声をかけてくる。
「……何、あんた髪留め買ったの?」
「これは……」
「ま、いいんじゃない? あたしの子なだけあって顔は良いんだし、可愛げも少しは出るでしょ」
髪留めを指摘され顔を伏せる。母は嫌い……でも、好きでもない。
ただ、あまり家族として関わった事はない。
「おう、来たぞ」
「あら、いらっしゃい」
「……」
「お、リナちゃんじゃねぇか、どうだ? 親子でってのも————」
客がやってくる。夜は嫌いだ。母の仕事の時間だから。
だからアタシは外へ出て行く。夜の家は私の居場所じゃない。
ただ耳を塞いで眠るための場所。
だから、アタシは……この暗い、昏い夜が嫌いだ。
「……ヴィオメリア」
そんな暗い空を見上げる彼女の姿は。
「あ、リナちゃん! 今日も来てくれたんだ?」
————眩く光る、太陽のようで。