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第4話


 数日後、アグドラへ宣言した通り、ユリシアは昼の休憩時間にリナリアを誘いに教室に出向いた。

 リナリアを呼んだ途端、クラス中が動きを止める。呼ばれたリナリアもまた、みんなと同じような顔をして固まっていた。

「? アックスフォードさーん、ご飯一緒に食べましょう」

「ま、まいりますわ。そのように大きな声を出さないでくださいませ!」

 そう言うリナリアもなかなか大きい声だった。

(……それにしても敬遠されすぎというか……)

 クラスはまだ静まり返っている。言葉を発そうものなら打ち首にでもされるような空気だ。

 じっくりと観察をしていると、少ししてリナリアがやってきた。その頬はどこか赤い。

「あなた、平民の分際でわたくしと昼食を共にしたいなど、身分を分かっていないのかしら。これだから平民は教養がなくて困りますわ。いくら学園内とはいえ、ご自分がどのような立場にあるのかをご理解くださいませ」

 などと言いながらも、リナリアはユリシアを引き連れるように前を歩く。

 最初は平民の感覚に戸惑っていたようだが、話してみればユリシアが案外邪魔にならなかったのだろうか。何にせよ、リナリアの攻略は早く済みそうだ。

 リナリアを落とせば王太子に繋がる情報も得られるだろう。そしてリナリアはこの国の筆頭貴族の娘であるため、家に行くだけでも価値がある。

「そういえばあなた、騎士学を専攻しているのですってね。平民の感覚は分かりませんわ。剣を持つなど、淑女にはあるまじき行為ですのに」

「アックスフォードさんは薬草学でしたっけ」

「ええ、少々興味がございますの。街にアックスフォード御用達の薬屋があるのですけれど、そこの薬が本当に効果が良くって」

「アックスフォードさんも病気になるんですか?」

「まあ、どういう意味かしら。わたくしは病弱ですのよ」

 強く見せているのは虚勢を張っているということか。少しでも弱いところを見せてしまうと、王太子の婚約者、ひいては筆頭貴族の娘として劣ると思われることを危惧しているのだろう。

「小さい頃からご病気なんですか?」

「ええ。ですが、わたくしの大切な方が……」

 そこまで言って、リナリアはハッと口を閉じる。

「? 大切な方? 王太子殿下ですか?」

「……なんでもございません。お忘れになって」

 リナリアは嘘がつけない。おそらく今、何かを誤魔化そうとしたがうまく言葉が見つからなかったのだろう。

 経験上、そういったときの言葉は忘れないほうが良い。ユリシアはリナリアの言葉を忘れないようにと、記憶の中にしっかりと刻む。

「アックスフォードさんも大変なんですね」

「……あら。まるであなたも大変とでも言いたげですわね」

 やってきた中庭には、すでにテーブルが用意されていた。バスケットの中にはサンドイッチがあり、紅茶は淹れたてで、周囲にはアックスフォード家の使用人が数人立っている。

 リナリアは慣れた仕草で用意された椅子に腰掛けた。

「そんなつもりは無かったんですが」

「……そうかしら」

 声はどこか訝しげに、リナリアの目はじっくりとユリシアを探る。

「言葉に少し訛りがありますもの。この国の育ちでないのは明らかですわ」

「少し前までクライバーンで暮らしていたんです。入学を機にアルシリウスに移りました」

「あらそう」

 リナリアに怪しまれるような動きをしたつもりはない。疑われているように思えるのが杞憂であれば良いのだが、どこかで何か失態をしてしまっただろうか。

「クライバーンといえば、我が国より貧相なところと認識しておりましたわ。まさか、この学園に入学できるだけの資産をお持ちの平民がいらっしゃるとは」

「それはほら、この学園は”実力主義”だったので」

 奨学金制度を利用したと察したのか、リナリアはそれ以上は何も言わなかった。

 ユリシアは本当はクライバーンの君主にこの学園に送り込まれたから、奨学金制度なんて利用していない。バレるのも時間の問題だが、そこまで調べられるということは逆に怪しまれていると言われているようなものである。

 おそらくリナリアはそこまで調べようとはしない。なぜかそんなふうに思い、ユリシアが焦ることはなかった。

「少し冷えますわね……ちょっとあなた、膝掛けを用意してちょうだい。気が利かないわね。寒くなってきたことが分からないのかしら」

「申し訳ございません」

 リナリアにキツく言われた使用人が、慌ててブランケットを差し出す。リナリアはそれをやや乱暴に奪い取った。

「あなた、もう何年わたくしの側仕えをしておりますの? いつまで経っても使えない子ね。少しはその足りない能を補う努力をしてくださるかしら」

「は、はい」

 リナリアは尚もぶつくさと続ける。その度に使用人は俯き、怯えた様子を見せた。

「ねぇ、アレ」

「またやってる……アックスフォード様、お美しいのに残念よね。ちょっとくらい許してあげてもいいのに。使用人が可哀想だわ」

「無理よ。だってあの方は悪女だもの」

 リナリアに聞こえない程度の声で、ユリシアの背後から悪質な言葉が聞こえた。ユリシアに届いたのは、彼女が常日頃から周囲の動向に目や耳を傾けているからだろう。

 ユリシアが微かに振り向くと、聞こえていると分かったのか数人の女子生徒たちがその場を立ち去る。

 リナリア・アックスフォードは、誰から見ても生粋の悪女だ。彼女の態度、言葉遣い、振る舞いのすべてがそうであると肯定している。

 可哀想に。リナリアはこれからもそうして敬遠され、嫌われ続けていくのだろう。

「そうだわ、ユリシア。あなた騎士学でシオン様と共に授業を受けたと聞きましたわ」

「あ、はい。正確にはウィシュアと一緒に受けていたんですが……」

「あら、わたくしのシオン様があなたと一緒に勉学に励むことを望んだとでもおっしゃりたいのかしら?」

「そうじゃないですよ。分かってるくせに」

 リナリアの言葉には、他の女子生徒たちに対する棘は浮かんでいなかった。分かっている上で言っているのだろうと言い返せば、リナリアはふふんと鼻を鳴らす。

「……まあそうね。なんだかあなたは、異性に興味がなさそうだもの」

「その通りですよ」

「間違えましたわ。異性に、ではなく、他人にかしら」

 少し前に詰めてきたときとは違い、何気なく告げられた。他意はないのだろう。様子を伺うようなユリシアに、リナリアもくすりと微笑む。

「気にしないでちょうだい。あなたのそういうところが楽なのよ。……わたくしのことを悪女とも思っていらっしゃらない。怯えることもない。……すごく楽だわ」

「光栄です」

「ふふ。思ってもいないくせに」

 そう言いながらも、リナリアはどこか嬉しそうだった。


 ユリシアはそれから、昼のたびにリナリアの教室に出向いた。少し経つ頃にはそんな光景にも慣れたのか、リナリアのクラスメイトたちはユリシアにも嫌な目を向ける。どうやらユリシアは取り巻きと思われているらしい。

 しかしユリシアには関係がない。今日もリナリアのクラスに向かうべくお弁当を持ち立ち上がった。すると、珍しくアグドラが引き留めた。

「随分熱心だな」

「そうだね、お友達になったの」

「なるほど? ……おまえ、噂を知ってるか?」

「あー、私がアックスフォードさんの取り巻きになったってやつ? 馬鹿らしいよね」

「分かっているなら控えろ。相手はそんなことを気遣うような性格じゃないぞ」

「気遣う?」

 ユリシアには、アグドラが何を言いたいのかが分からない。しかしアグドラは珍しく少し考えると、まだこの会話を続けるのか口を開く。

「つまるところ、おまえもアレと同じだと思われてる」

「? そうなんだ」

「そうなんだってなぁ……」

「シウォンくん、私が無視されてること気にしてくれてるんだ?」

 少し前に席替えがあり、アグドラとは少し距離が離れた。そこでコミュニティが生まれたのか、前ほどべったりとはしなくなったけれど、アグドラはどうやらユリシアのことを気にかけてくれていたらしい。

 リナリアと仲良くすればするほど、ユリシアは弾かれる。クラスメイトもどこか遠巻きで、ユリシアが話しかけても最低限にしか返されない。アグドラもとうとう見兼ねたのだろう。

「ありがとね。シウォンくんてほんと優しいよねぇ」

「そうじゃなく、」

「シウォン、昼飯食おうぜ」

「今日は食堂行こう」

「あ、おい待て、俺はまだ、」

「いいからいいから」

 クラスメイトの男子生徒が、アグドラを強引に連れて行く。アグドラはまだ何かを言いたげだったが、男子生徒たちはどこか気まずそうだった。

 入学からはや八ヶ月。周囲とは入学当初よりも距離ができた。

 リナリアと仲良くしているために王太子はユリシアに構うけれど、ウィシュアもクランも構わなくなった。話しかけてもすぐに離れて行く。ユリシアに幻滅でもしたのかもしれない。

(うーん……どうやったら、アックスフォードさんを取り込みつつウィシュアにも近づけるんだろ……)

 加えて、アルシリウス国陸軍元帥の第一子であるマルク・スウェインとも、いまだに接触ができていない状況だ。なにせ彼は通学しているほうが稀である。

 作戦が何一つ進んでいない。ここ最近のそんな現実に、ユリシアはいつも頭を抱えていた。

「アックスフォードさん、ご飯行きましょう」

「ええ。すでに用意はさせておりますわ」

 ユリシアにはやはり嫌な視線がつきまとう。彼らの中では「権力に媚を売る平民」という認識になっているのだろう。

 二人でいつもの中庭に向かっていると、途中、花壇に向かう女子生徒が居た。枯れそうな花を見て眉を下げている。

 リナリアは気付かなかったようで、先々行ってしまった。

「枯れそうなの?」

 ユリシアが思わず声をかけると、女子生徒は驚いたように振り向いた。

「え、あ、あなたは、えっと、」

「それ、ユリシアだね。私と同じ名前のお花なの」

「は、はい、そうですね……」

 気が小さいのか、おどおどとして大人しい女の子である。ユリシアのことを避けたいのに態度に出せず、困ったように俯いた。

「下の方で切って、一回水に挿すといいよ。そしたら根が出てくるから、ある程度伸びたら土に植えて。土には腐葉土は混ぜないで、空気も入らないようにして常に湿った状態にしておくと元気に育つよ」

「え……あ、ありがとうございます」

「咲くといいね」

「は、はい。あの……す、好きな人がくれた種で、その……枯らしたくなくて……」

「そうなんだ。ユリシアの花言葉は『祝福』『明るい未来』だから、とても素敵な贈り物をしてくれたんだね」

 花言葉は知らなかったのか、女子生徒は嬉しげに頬を染めた。

 ただし、存在しないはずのエメラルドグリーンのユリシアの花言葉は『絶望』『すべての終わり』。

 ユリシアは自身の瞳を思う。翡翠が揺らぐ。しかしそれは一瞬で、すぐにいつもの笑みを浮かべた。

「じゃあね。話しかけてごめん」

「え? あ、えっと、まっ、」

「何を遊んでいらっしゃるの? わたくしよりもそちらを優先するなんて、いったいどういう了見かしら」

「すみません、行きましょう」

 追いついたユリシアを、リナリアが厳しくたしなめる。しかしその表情が幾分優しかったから、ユリシアがダメ押しで「待っていてくれてありがとうございます」と伝えると、リナリアは満更でもなさそうに頬を染めた。


 リナリアはすっかり攻略できた。家に行くと言ってもきっと受け入れられる自信がある。しかしながら他のターゲットはまだまだで、最悪の現状である。

 一年で終わると思っていたのだが、思っていたよりも長期戦になりそうだった。

(どうしようかなぁ……)

 それにしても、ユリシアは別に取り巻きと言われるほどリナリアにべったりしているわけではない。リナリアだって王太子と過ごすことが多いし、謎に消える休憩時間もある。たまに空いた時間で一緒に居るだけなのだけど、あのリナリアが誰かと一緒に居るということが珍しいばかりにおかしな噂になってしまった。



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