第2話
「私がユリシアを見つけたのは偶然だった。クライバーンの街並みを眺め、かつての大国に思いを馳せていたところに、偶然十三歳のユリシアが通りがかった。彼女はまだ幼かったが、悲劇の王、セヴェリ陛下と同じ髪と瞳の色をしていたからすぐに目に留まった。……私は、かの大国の王の一族に代々仕えてきたものだ。主人の顔を見間違えるはずがない。ユリシアはセヴェリ王だと直感した。私はすぐにユリシアの身辺を調べた。そしてセヴェリ王と同じ魔法の兆候があることや、諜報活動をしていることを知り、依頼を出すことでこの国から逃すことに成功した。……黒魔法を恐れたのではない。ユリシアが黒魔法を宿していると気付いたハリウス国が、ユリシアを抹殺することを恐れたのだ。黒魔法の存在を消すように、アカツキ国は歴史からも消された。あのような悲劇は二度と繰り返したくはない。ユリシアには幸福になってほしかった」
クライバーン大公国の君主であるラシェッド・ヴィルスィリスは、懺悔でもするように淡々と語る。声音から後悔は感じられない。自身の行動に誇りを持つ、強い音である。
「私の先祖が、当時の文献を多く残している。監視としてユリシアの側に居た者たちの家にもあるだろう。どれを見ても、セヴェリ王の素晴らしさとシュリア王妃の聡明さが記されていた。……皮肉なものだな。悲劇の当日、私たち一族はみな仕事でアルシリウスに行っていた。共に死ぬことも許されなかった。国が滅びた日より、何の書物も残されていない。我々は絶望し、生きる力をなくしたからだ。だからユリシアを見つけたときは奇跡だと思った。ユリシアがセヴェリ王の血筋かどうかはもはやどうでも良い。すべてを失い絶望していた我々にとって大切なのは、悲劇の王として歴史から消されてしまったセヴェリ王を、今度こそ幸せにすることだった」
コツン、と革靴が鳴る。ラシェッドの正面に座る男が足を組みかえた。
「おかしいと思うだろう。我々はセヴェリ王を知らないというのに、ここまで敬愛するなど。しかし代々、我々はセヴェリ王の時代を語られてきた。我々はどれほどの恩をかの王に与えられたかを知っている。セヴェリ王が歴史から消されようとも、セヴェリ王を知る者からどれほど忌み嫌われようとも、我々は王を敬愛し続けてきた。ユリシアは我々からすれば奇跡のような存在だ。ハリウスの畏怖により消されるわけにはいかなかった。ハリウスの王は聞く耳を持たない。私がどれほど黒魔法を悪用しないと言い募っても無駄だった」
ラシェッドは仄暗い瞳をうっそりと持ち上げる。
「アルシリウスはどうだろうか。あなたがたは、ユリシアをどうするつもりで捕らえたのか。ユリシアを害するつもりならば我々が黙ってはいないだろう。ユリシアを護衛していた五名は腕が立つ。それこそ、アルシリウスの王宮に攻め入るならば五人で充分なほどだ」
「……ええ、分かっていますとも。あなたが送り込んでいた五名の素性は把握している。我が国の軍部にぜひ欲しい逸材ばかりだ」
アルシリウスの王、アダム・アルフォンス・アルシリウスは、深みのある笑みを浮かべ、じっくりと自身の顎髭を撫でた。アダムの隣には、息子であり、アルシリウスの王太子でもあるシオン・アルフォンス・アルシリウスが並ぶ。シオンは退屈そうだった。
「ひとまず睨むのをやめないか、ヴィルスィリス公。お預かりしているユリシア・ユーフェミリア嬢は、息子の恋人であると聞いた。そんな相手を害するなどありえないだろう」
「――殿下がユリシアと恋人関係になったのは、ユリシアの魔法に気付いた殿下がユリシアの監視をするためだった。それだけの話のはずだ。本当の恋人であれば我々もここまで口を出さない」
「……と、言っているがシオン。どうなんだ?」
アダムに話題を振られ、シオンはふんと鼻を鳴らす。
「俺とユリシアは恋人ですよ。クライバーンに帰すつもりはありません」
「あなたは最近、ハリウスの王女と仲が良かったと報告を受けている。ユリシアは放置で、話すこともなかったらしいな」
「ハリウスの王女を野放しにすればユリシアに危険が及んでいました。俺はユリシアを守るために動いたまでです」
ラシェッドとシオンが睨み合う。間に居るアダムは冷静に息子を見つめ、嬉しげに笑っていた。
「どちらにせよ、ユーフェミリア嬢は現在、魔術によって封印されている状態だ。実力のある魔術師が多く存在するアルシリウスで預かっていなければ、一生眠ったままになるぞ。彼女を思うならこちらに預けておいたほうが賢明だと思うが」
「いいやダメだ。信用ができない。あの子の黒魔法を利用するつもりかもしれない。あの子が傷つくことになるかもしれない。――我々にはあの子を幸せにする義務がある」
「アルシリウスには白魔法を使える者が居る。黒魔法の暴走を防ぐなら共に居たほうが良い。それに、属性はないが息子にも魔力がある。……アルシリウスは安全だと分かっていたから、ヴィルスィリス公もユーフェミリア嬢をアルシリウスに逃したんじゃなかったのか?」
すべてを見透かしたアダムの言い方に、ラシェッドは一度ぐっと言葉をのみ込む。
「……アクラウドから、学園内での出来事も逐一報告を受けている。私が思うに、殿下と共にいるよりも、ストレイグ家の次男と共に居たほうが幸せになれるだろう。彼はユリシアを思ってくれている。まっすぐな言葉で求婚もしたそうじゃないか」
「何? シオン、お前ストレイグの息子に先を越されたのか?」
「…………先を越されるとか越されないとかではなく……そういうことには順序がありますから」
「すまないな、ヴィルスィリス公。息子は奥手でシャイなんだ」
「それがすべてということだ。……ユリシアは返してくれ。封じられたままでもいい。ハリウスも今回の娘の不祥事で我々には手を出せまい。あの子は最後の王として、我々が大切に面倒を見る」
もう眠っていてもいい。そのほうが幸福かもしれない。ラシェッドはふっと目を伏せる。
シオンはただ拳を握り締め、苦い表情を浮かべた。
「認められません。俺がこの国に居るなら、あいつもこの国に残ると言質をとってあります。それに……あいつの身長を追い抜いて、俺のことを『仕事のデキない人間』だと言ったことを撤回させたい」
小さな言葉だった。ラシェッドは思わず顔を上げる。
ラシェッドの知る最後に見たユリシアは、まったく感情のない死んだ瞳をしていた。生きているというよりは息をしているだけという表現が正しかっただろう。
だからこそ、セヴェリから報告される学園内でのユリシアの様子には何度も驚かされたものだ。
「そうか……あなたが、ユリシアを年相応にしてくれたのか」
ユリシアは他人に対して物申すことはない。他人に興味がないからだ。しかしセヴェリからはいつも誰と言い合っていたか、その会話の内容や過ごし方まで報告をされていた。そのほとんどに彼が関わっていた。
どこか諦めたようなシオンを見兼ねたのか、アダムが困ったように眉を下げる。
「ヴィルスィリス公への報告は定期的に必ずおこなうようにする。ユーフェミリア嬢の護衛五名も今のまま、使用人として我が国で過ごすことを黙認しよう。……息子は昔からわがままを言ったことがなくてね。だからこそ私も、息子の楽しそうな姿を応援したい」
ラシェッドは微かに俯いた。
ユリシアは彼のもとに居たほうが普通の年相応の少女になれるのだろうか。
熟考ののち、小さく頷くラシェッドを見て、シオンもホッと安堵の息を吐いた。




