第6話
――ユリシアが危惧した通り、ユリシアにとって不名誉な噂がささやかれ始めたのはそれから数日後のことだった。
噂自体はもう慣れたものだが、ほとんど確信を得た口調であるというのはどういうことなのか。
「まったく、平民はいつも退屈ですのね。真実を確認することもなくさえずるのですから」
「まあ仕方ねえよな。二年連続年間最優秀の男の恋人が浮気してるって噂なら」
「あらストレイグ様、あなたの軽率な発言がこのようになったこと、ご理解していらっしゃらないのかしら」
「あーはいはい、すみませんね」
「というか僕、ウィシュアとユリシアがそんなことになってるなんて知らなかったんだけど?」
注目を集める中、ユリシアとリナリア、ウィシュアとクランといういつもの四人が顔を突き合わせていた。クランは少しだけ怒っているようだ。
「悪かったって。……わざわざ言うことでもないだろ」
「言ってくれたっていいじゃない。僕だってユリシアと結婚したいよ」
「おやめになって! これ以上はユリシアが殺されますわ……!」
頭を抱えたリナリアが絞るような声で吐き出す。混乱するリナリアを尻目に、クランは冷静に口を開いた。
「……今回のこと、アグドラから何か言われた?」
「ううん。特に何も」
「どころか、あいつは転校生とべったりだな」
「それが分からないんだよね。こんな噂を聞いたら、普通ユリシアの心がわりに焦らない?」
そもそもユリシアとアグドラは本当の意味で恋人というわけでもないし、焦るわけがないのだが。
こんなところで言えるはずもなく、ユリシアは否定のかわりにため息を吐く。
(シウォンくんがハウンド・ラックさんを選んだのなら別にそれでいいんだけど……)
ユリシアの気分が悪くなるのはどうしてだろうか。
「でもそっか。三年になってからユリシアとアグドラが一緒に居るところ見ないもんね。倦怠期?」
「ストレイグ様、軽口でもやめてくださいませ。彼が浮気をするなどありえませんわ」
「……なんであんたがあいつを庇うんだよ。知り合いか?」
それはユリシアも知りたかったことだ。
ウィシュアの何気ない鋭い言葉に、リナリアは肩をすくめた。
「どう見たってそうだという話ですわ。年間最優秀を二度もとっておりますのよ? ストレイグ様たちならともかく、あのような素晴らしい功績は不誠実なかたには得られませんわ」
「偏見だな」
「ひどいなぁ」
「お二人はそれぞれ普段の生活態度を改めるべきですわよ」
「ってもあの転入生、殿下にもちょっかいかけてるんじゃねえの?」
リナリアがピタリと動きを止める。
「……シオン様はあのような女にはなびきませんわ。わたくしとの愛は真実ですの……」
「ウィシュア、やめなよ。アックスフォードさんが泣きそうな顔してる」
「ユリシア! わたくしあの女が許せませんの! わたくしのシオン様にベタベタと……八つ裂きにしてやりたいですわ!」
――イリシス・ハウンド・ラックは、実はアグドラとシオンの両方に親しくしていた。
そもそもアグドラとシオンは一緒に居たから、イリシスがアグドラと絡むのならばシオンとも話すようになるのは仕方がない。そのため、イリシスの狙いがアグドラであろうとも、必然的にシオンとも親しくなるわけである。
リナリアは婚約者ということで落ち着いた素振りを貫いていたが、どうやらウィシュアに突かれて崩壊したらしい。リナリアはすっかり弱り、ユリシアに抱きついて「許せませんわ」「アックスフォードの権力で潰します」などと繰り返している。
「でも、アックスフォードさん、今回は我慢したんですね。いつもならすぐに相手に釘を刺すのに」
呼び出してはきつい言葉でいびり、釘を刺す。それが今までのリナリアのやり方だった。
ユリシアはそれを疑問に思い素直に聞いてみたのだが、それには「特に理由はありませんわ」と明らかな嘘で流されてしまった。
「おい、そろそろ更衣室行くぞ。次の授業騎士学だろ」
「あ、そうだった。すみませんアックスフォードさん、またお話聞かせてください」
「ユリシアに捨てられた……わたくし、ユリシアにまでも……!」
「いってらっしゃーい」
シオンには捨てられたというわけでもないし、ユリシアも捨てたつもりはない。拾っていないと言えばそれまでではあるのだが……ユリシアは苦笑を浮かべ、ウィシュアと共に騎士学の更衣室へと向かう。
途中、アグドラの教室の前を通った。アグドラはやはりイリシスと楽しげに過ごしており、最初に見たときよりもうんと打ち解けている。ユリシアとの関係が邪魔になっているのではないかと思えるほどだった。
「大丈夫か?」
二人を眺めていたユリシアに、ウィシュアが珍しく気遣わしげな声を出す。ユリシアはとっさに笑みを貼り付けた。
「何が?」
「……いや? 大丈夫ならいい」
それからは、ウィシュアはいつものようにどうでもいいような話をポツポツとしていた。




