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のんびり潜入はじめました。〜そのスパイ、正体不明につき〜   作者: 長野智
第2章

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第15話


 少し前にテストの返却があった。ユリシアはなんと勉強の甲斐あってか少し成績が上がり、お咎めなしとされた。もちろん密偵も増やされない。依頼主からは「気を緩めるな」と釘を刺されたが、リナリアやウィシュアが次もはりきって教えてくれるそうだから心配はいらないだろう。


 そんなこんなで、学園祭当日。

 この日は一般公開もされるため、生徒以外の出入りもある。ほとんどが保護者か入学希望者ではあるものの、学園に入る前には一人一人厳重な確認がおこなわれ、加えて学園内には多くの警備が配置される。普段から侵入者が多い学園ではあるが、ここまで守られては下手には動けないだろう。とはいえ、すでに内部に潜入しているユリシアにとっては脅威にもならない。

 通学したユリシアに、一番に声をかけたのはウィシュアだった。

「休むんじゃなかったのか?」

「そのつもりだったんだけど、シウォンくんが来てくれって」

「……なるほど、男か」

「そういうわけじゃなくて……ちょっといろいろあってね。ウィシュアの演舞も観に行くよ」

「それだけはやめてくれ……」

「まあユリシア! どうして来ておりますの!?」

 次にやってきたリナリアもすぐさまユリシアのもとにやって来た。

 学園祭に出席をすることにしたと、別に隠していたわけではない。ただ理由が理由なだけに言い出せず、まあいいかと何も言わなかった結果が今日である。

「……シウォンくんがちょっと」

「……ああ、そうですわね。そのほうが良さそうですわ」

 ウィシュアのように「男を中心に動くのか」と思われると予想していただけに、リナリアのその真逆の反応にユリシアは素直に驚きを浮かべた。

 ユリシアの言葉をさらりと流し、特に深追いすることもない。ウィシュアも不思議そうだった。

「それでは大講堂へ参りましょう。彼が発表をするのでしょう?」

「あ、はい」

「わたくしのヴァイオリンにも来るのでしょうね?」

「もちろんです」

「当然ですわね」

「その後にウィシュアの演舞を観に行くね」

「……時間がズレてるから来れるのか……」

「あら、ストレイグ様は素直じゃありませんのね。ユリシアが来てくれて喜んでいらっしゃるくせに」

「誰が」

 三人は、他の生徒たちが移動をする流れに合流して大講堂へと向かう。

「ユリシア、おはよう」

「おはようクラン。……それ、魔術師学のローブ?」

「そうだよ。僕も発表があるから」

 背後からやってきたクランがユリシアの隣に連れ立った。リナリアはもうクランの距離感や存在に慣れたのか、軽く挨拶をしてそれきりである。ウィシュアは当然ながらスルーだった。

「ユリシアのために練習した魔術、観にきてくれる?」

「うん。でもアックスフォードさんとウィシュアの発表も観たいから、被ってたら行けないかも」

「オッケー、僕のほうが調整するよ。ユーリスと相談してみる」

「おい、オレのは観に来なくてもいいからな」

「本当、素直じゃありませんこと」

「なんだと?」

「二人とも、今日くらいはやめようよ。ね、ユリシアも困ってるよ」

「……まあそうですわね。最後のテストがようやく終わったのですから……ユリシア? 何を見ておりますの?」

 ふと気付けば、ユリシアはどこか遠くを見ていた。しかし視線の先には何もない。生徒が居るはずもない場所だ。

「……いえ、何も」

「だったら見んなよ。不気味だろうが」

「ウィシュアは昔から怖い話が苦手なんだよね」

「意外と可愛らしいところもございますのね」

 ——確かに視線を感じたと思ったのだけど……。

(何だったんだろ……)

 ユリシアが知らないだけで侵入者が多いらしいから、それが移動でもしていたのだろうか。

 大講堂にやってくると、壁際にはシオンとアグドラが控えていた。多くの生徒が二人を囲み、楽しげに話している。ある程度の生徒が集まってから発表が始まるから、今は待機時間のようだ。

「まったく困りますわね。シオン様はこのわたくしの婚約者であるというのに……平民の雌犬の分際でわたくしのシオン様の隣に立つなど厚かましい。ちょっと失礼、わたくし害虫駆除にまいりますので」

 あくまでも上品な仕草で、リナリアはシオンの元へと向かった。

「おーいクランくーん! ぼくたちの発表なんだけどね、」

「待ってユーリス! 動かないで、絶対に転んで重症化するから! ごめんねユリシア、また発表でね」

「うん。行ってらっしゃい」

 クランもユーリスの元に行ってしまい、ユリシアは結局ウィシュアと二人になった。

「……ウィシュアはいいの? お友達のところに行かなくて」

「? 別にいいけど」

「私に気を遣わなくてもいいからね」

「そんなつもりねえよ。……それより、もっと前行こうぜ。お前の恋人の顔がよく見える位置」

「いやー、そっちにも気を遣わなくてもいいんだけど……」

 ウィシュアに背を押され、強引に大講堂の前のほうに連れられた。

 ユリシアはアグドラに恋人発言をされて以来、周囲から遠巻きにされている。今だって、壇上近くにやってきたユリシアに何も言わずに場所を譲る始末である。せめて何かを言ってほしい。こんな扱いならまだヒソヒソと噂されていたほうが良かった。

 しかし後の祭りである。ユリシアはふっと諦めのため息を吐き出した。

 そこでようやく、違和感を覚えた。ユリシアの背を押していたウィシュアの手が、今はユリシアの肩にひっさげられているではないか。

(まあ、ウィシュアにとって私は女というより男友達って感じなんだろうし)

 それはそれで良いのだが、周囲の目が気になるから早めにやめてほしい。ユリシアは二股女になるつもりはない。しかし抗議をしようにも「そんなこと思われるわけねえだろ、勘違い女かよ」と返される未来しか浮かばず、結局言い出すこともできなかった。

 そんな中、遠巻きな周囲から一人、近づく者が居た。ユリシアとウィシュアが同時に振り返る。やってきたのはマルクだった。

「やあウィシュア、ユーフェミリアさん」

「マルク、今日は朝から来てたのか」

「まあな。今日ばかりは父も楽しめと言ってくれた」

 ユリシアたちの距離感には興味がないのか、マルクの様子はいたって普通である。

「ユーフェミリアさん、テストの結果を見た。あれはどういうことだ」

「どういうって……あまり勉強は得意じゃなくて、」

「騎士学の実技の点数が低すぎる。上位には入っているものだと思っていた」

「あ、私見た目通り実技はからっきしですよ。頑張ってはいるんですけど」

「いいや、ユーフェミリアさんは本気を出していない。打ち合いをしたからこそ分かる」

 ユリシアはマルクによくそう言ってもらえるが、残念ながらユリシアにはマルクとの模擬試合の記憶が曖昧で分からない。ユリシアは実技が一番好きだが、それが実力に繋がるわけではないのだ。

「ユーフェミリアさんは軍に入るべきだ。あなたの話を父にしたらいたく興味を持っていた。ぜひ今度我が家で父と打ち合いをしてくれないか」

「い……家には行きたいしぜひお父様とお話もしたいけど、打ち合いはちょっと」

 現役の元帥クラスの者と剣を交えるなど、任務のためとはいえ命を粗末にはしたくはない。しかし家に誘われるのは良い傾向だ。別ルートでどうにかならないかを模索すれば、軍部の機密資料が手に入るかもしれない。

(……今度こそ……)

 ストレイグ家では何もできなかった。隙は数え切れないほどあったし、何度も足を運んだというのに。

(今度こそ絶対に失敗しない)

「今度改めて、」

 マルクが何かを言いかけたところで、大講堂の証明がゆっくりと暗くなっていく。消灯はせず、うすぼんやりと周囲が見えるほどになったところで、ステージにスポットライトが当てられた。

『――生徒諸君。諸君らは特別テストが多い学年であり、そして発表も多い学年であった。我が校のハイレベルな環境下において、よく頑張ってくれた』

 壇上に立っているのは、学園長である老いた男だ。彼はいつも挨拶やらでしか顔を出さないから謎の人物ではあるが、何やらすごい人物だということは生徒全員が漠然と認識している。

『この学園祭には慰労の目的がある。本日は役目を忘れ、我が校の生徒に恥じぬよう、伝統を重んじ、規律を忘れず、楽しい時間を過ごしてくれたまえ。――それでははじめに、一年期、三年期、五年期の最優秀者、前へ』

 呼ばれた三名が壇上に上がる。一番後ろにはアグドラが居た。

「……お前、あいつのどこが好きなんだ?」

 薄暗い大講堂でまばらに生徒が散らばる中、相変わらずひっついて立っているウィシュアがつぶやく声で問いかけた。

「どこって……気が合うところ?」

 そもそも、恋愛を経ての恋人関係なわけではないからなんとも言い難い。こういったときアグドラなら上手く言えるのだろうけれど、恋愛においては初心者であるユリシアには良い理由が、思いつかなかった。

「気が合う、ねえ……」

「それがなに?」

「いや? ……お前さぁ、貴族になりたいとかねえの? アックスフォードも言ってただろ、この学園祭で奇跡的にまとまる縁談もあるって」

「言ってたね。でも私はクライバーンに帰るし、関係ないかなぁ」

「それ、やめねえ?」

「? それ?」

 現在六年生の、五年期最優秀者の発表が終わる。大講堂は拍手に包まれ、誰もユリシアとウィシュアを気に留める者は居なかった。側に居たマルクもいつの間にかどこかに行ったようだ。

「ずっとここに居れば?」

「……ずっとって……」

「そのまんまの意味。……卒業しても、オレとかクランとかアックスフォードと、今まで通り一緒に居たらいいんじゃねえの」

 ――ユリシアは国に思い入れがあるわけではない。残したものもない。もちろん命が惜しいわけでもなく、仕事にやりがいを感じているわけでもない。だからこそ国に帰らないという選択もできる。任務を放棄すれば殺されるかもしれないという可能性を除き、残るという選択をしないのは、こちらに残る理由もないからだ。

「……嬉しいこと言ってくれるんだね。でも帰るよ、こっちに残っても住むところとかないし。たまに遊びに来るからさ、そのときにみんなで会おうよ」

「住むところならある」

「……え?」

 ユリシアがウィシュアを見上げると、ちょうどウィシュアが身をかがめた。

 薄暗いから距離感が曖昧だ。けれど近くにウィシュアの顔があることはなんとなく分かる。

 唇に柔らかな何かが触れ、ゆっくりとウィシュアが離れていく。

「オレと結婚すれば全部解決する話だろ」


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