第3話
「……どうしてって?」
「ただ気になっただけ」
それにしてはやや意味深な気もするのだが……。
アルシリウスに来た理由を、ユリシアが話せるはずもない。ユリシアはいつものように「この学園に入学したからだよ」と飄々と答えた。
「じゃあ、どうしてこの学園に通おうと思ったの?」
「将来のために知識を得たかったの。クライバーンにはこの学園ほど知識を得られる機関はなかったから」
「……なるほどね」
これも用意していた答えだった。しかしこのままクランに主導権を握られているのは危険と察知し、ひとまず話を変えるかとユリシアは口を開く。
「クランはどうしてこの学園に?」
一応聞いてはみたが、この学園に貴族が通うと箔がつく、という情報がユリシアには入っている。そのため理由なんてものはないのだろうしあったとしても興味もないけれど、ユリシアはその言葉で回避を狙った。
クランは悩む素振りも見せず、けれどもユリシアを探るようなこともない。ただつんと前を向き、つまらなそうな顔をする。
「ウィシュアが行くって言ったから」
「ウィシュアが?」
「そう、それだけ。おかしい?」
「おかしくはないけど、意外だった。クランは何か明確な目標があるのかと思ってたから」
クランは見た目に反してとても真面目だ。勉強も真剣に取り組むから成績は常に上位で、初めて学んだであろう専攻科目でもトップである。だから何か強い意志があってこの学園に入学したものだと勝手に思っていた。
「そんなものはないよ。ウィシュアがこの学園を辞めたなら、僕もすぐに辞めるだろうね」
「どうして?」
「さあ? どうしてだったかな」
教室に着くと、クランは「またね」と軽快にユリシアから離れた。すぐさまクランに女子生徒が群がり、周囲の席が一気に埋まる。
(ウィシュアウィシュアって……変なの)
クランのことに、ウィシュアの何が関係するというのか。
ユリシアには不思議だったが、特に興味もないから深追いをすることもない。ユリシアも離れた席に座り、さっそくノートを開いた。
そういえば一年期の頃、ウィシュアとクランは同じクラスだからかよく一緒に居た。慣れない学園生活ということもあり見知った相手と一緒に居るのが楽だったのだろう。二年期に入ってからはクラスが離れたし、ウィシュアはユリシアと居るから二人で居る場面もあまり見なくなった。
クランがユリシアに構うのは、ウィシュアがユリシアと一緒に居るからだろうか。
(そりゃ、今まで仲良く一緒にいた片割れが知らない女と仲良かったら面白くないよね)
それで探るようなことを聞くのかもしれない。
そう考えればなんだかしっかりときて、クランへの疑心は一気に消えた。
午前の授業を終えると、昼休みへと突入した。クラスは途端に賑やかになり、それぞれが自由に休み時間を過ごしている。この学園の昼休みは一時間と少し。その後の授業を集中して受けるためのリフレッシュということで、クラスメイトはみな明るい顔をしている。
そんな中、ユリシアは今日はアグドラが待っているために、早く行かなければと慌てて準備を進めていた。
「彼のところに行きますの?」
「そうですね、約束をしたので。……というか、ウィシュアはどこに?」
「ユリシアと食べないときには外に出ておりますわよ」
「……二人で食べてるのかと思ってました」
「まさか! わたくしがシオン様以外の殿方と二人で昼食などありえませんわ!」
「あ、そうですよね」
ユリシアが居ないとき、リナリアは最近ようやくリナリアの言葉に慣れてきたクラスメイトと食事をしている。まだお互いぎこちないしクラスメイトたちは伺ってばかりだが、リナリアのたまに出る「デレ」を待つのが案外楽しいようだった。
ユリシアはクラスメイトたちのヒソヒソ話でそれを知った。だからもう少しリナリアと距離を取っても良いとは思うのだが、なにせリナリアがユリシアに引っ付いてくるものだから仕方がない。
今日も楽しんでもらえたら良いなと、そんなことを考えながらユリシアは教室を後にした。
そういえば、ウィシュアはどこに行っているのだろうか。聞きそびれてしまった。
「シウォンくん」
ユリシアがお隣の教室にやってくると、リナリアを呼んだときのように教室中の視線が集まった。懐かしい感覚だ。怖くはないが、ユリシアは驚いて目を瞬く。
「? シウォンくん、行こう」
「……おまえなぁ」
アグドラは呆れ顔でやってきた。それまではシオンと話していたらしく、背後にシオンが取り残されている。気付いたユリシアがシオンに軽く頭を下げたが、シオンは目を細めただけだった。
「行くぞ」
「あ、うん。……というか何? なんでこんなに注目されるの?」
「俺が知るか」
二人で廊下を歩いるだけでも視線を集める。特に女子生徒の目が多く、ユリシアの噂から集まる好奇の目とは少し違っているようだ。
そうだ、アグドラも顔が良い。あまりにも見慣れすぎて忘れていたが、一般的には女の子が好みそうな容姿である。
「シウォンくんてモテるんだね」
「なんだいきなり」
「いや、目立つなって。そういえば少し身長伸びた? なんかちょっと目線が違うような」
「今更か」
とはいえユリシアよりはまだ低い。華奢なことも変わらないが、アグドラは満足そうだった。
やってきたのは、あまり使われない校舎の校舎裏だった。
ユリシアがさっそくお弁当を膝の上に広げると、アグドラも隣に腰掛けて大きなお弁当を開けた。
「シウォンくんて無駄によく食べるよね。華奢なのに」
「一言余計だぞ。俺は今成長の真っ只中にいるんだよ。こんなんじゃ足りない」
「ふぅん。よく分かんないけど頑張ってね」
「……絶対に追い抜いてやるからな……」
ユリシアよりも小さいことがよほど悔しいようだ。しかしユリシアは何も気にしていないから、ただマイペースに「あ、そういえば」なんて口を開く。
「今日はどうしてお昼を食べようって言いに来たの? いきなりだったね。何か用事あった?」
「……用事がないと呼んだらいけないのか?」
「……別にいいけど……」
一年期の頃、ほとんどずっと一緒に居たからその癖が抜けないのだろうか。
しかしアグドラはすでにほかの「宿り木」を見つけたはずだ。それなりに学園にも馴染んだし、交友関係も広がった。ターゲットであるシオンにも近づいているし、ユリシアはお役御免である。
それともまさか、他に何かの事情でもあるのだろうか。
「……昨日、ウィシュア・ストレイグを家に入れたそうだな」
「そうだね。アックスフォードさんも居たけど、遊びに来たよ。よく知ってるね」
「……ああ、やかましいのが居るからな」
やかましいの? と問いかけたユリシアの言葉は、どうやらアグドラにはスルーされてしまった。
「次は私が二人の家にお邪魔するの。楽しみ」
「……あの二人の家に?」
「うん。どうしたの?」
「いや?」
明らかに何かを考えているくせに、アグドラは何も言わずユリシアを見るばかりだ。最初は「疑われているのか」と思って焦りもあったが、こうも続くとそろそろ慣れる。
「シウォンくんは相変わらずつまらないね」
「また無駄がどうとか言うつもりか」
「言わないよ。シウォンくんは最近どうなの? クラスが変わって、王太子殿下と仲良くなったみたいだけど」
「……別に変わり映えしないな」
「まあそうだよね。シウォンくんにうまくいくもいかないもないか」
課せられた任務が王太子殿下とその周囲の監視程度のものとして、そんな簡単なものに順調も不調もない。ユリシアと違って命もかかっていないのだろう。
「おまえは“うまくいっていない”のか?」
アグドラはただ「聞かれたから聞き返した」ような表情をしていた。深い意味はないのだろう。ユリシア相手には鋭い質問だったから、少しばかり考えてしまった。
「……シウォンくんの家族ってどんな人なの?」
まさかの切り返しに、アグドラもつい言葉を詰まらせる。
「おまえはなぜそうも俺の話を聞かないんだ……」
「突然気になって」
「本当に突然だな。……俺の家族はまあ、それなりに厳しい人たちだと思う。あまり比べるものでもないから分からんが」
「そうなんだ。家族好き?」
「……なんだその質問は」
「あはは、深い意味はないよ。気になって」
何か意味がありそうな質問ではあるが、ユリシアの言う通り、ユリシアの表情には探るようなものは見えない。
「さあ。家族に対して好きも嫌いもない」
「そんなものなの?」
「そんなものじゃないか? おまえはどうなんだ。前に実家はないと言っていたが」
しまった。こういったセンシティブな内容はもう少し遠回しに聞くべきだった。
アグドラはやや後悔したのだが、ユリシアは気にしなかったらしい。ユリシア自身にデリカシーが欠けているからこそ、自身がそうされても気付かないのだろうか。
「両親は小さい頃に死んだよ。だから施設育ちでさ、家族ってよく分からないの」
「……それなら施設が実家になるんじゃないのか? よく聞く物語だと、血の繋がらない者たちでも家族になれるんだろう?」
「そうだね、なれるのかもね」
決して軽い話ではないとは思うのだが、ユリシアはあまり悲しんでいるようには思えなかった。もともとポーカーフェイスということもあり、感情がどこにあるのかも分からない。
「……うまくいくことって少ないと思うよ。停滞も好調ってことだよね。シウォンくんは優秀だ」
「? 今日はやけに飛躍するな。施設でうまくいかなかったということか?」
「どうだと思う?」
ユリシアは他意なく聞き返したのだが、アグドラはそれの意図がまったく分からず、渋い顔で「お前も相変わらずだな」と返しただけだった。




