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雨粒の光

作者: merrau

「「………え」」

 向き合った二人は同時に最大限の困惑の表情を浮かべた。それもそうだ。なぜなら二人は、別に運命の二人ではなかったからだ。


  * * *


 雲一つない晴れの日は必ず同じ夢を見る。正確には全く同じ夢ではないのだが、自分が見知らぬ誰かと共に音楽を演奏するというシチュエーションは毎回同じだ。その時によって、ヴァイオリンの二重奏だったり、ピアノとトランペットのジャズセッションだったり、箏と三味線の合奏だったり、どんな音楽を演奏するのかはまちまちだ。何なら、自分は中世ヨーロッパやの時代を生きていることもあれば、戦後の日本を生きていることもあったり、時代や場所もさまざまである。

 その中でただ一つ共通するのは、相手と音楽を演奏する中で、“生きている”と感じられること。相手と同じ息を吸って、吐いて、一音一音を空中に放ち、同じ響きの中で、舞う。

なんとなく、その“生きている”と感じる瞬間が印象的で忘れられず、その夢を見るたびにノートに書き記していた。生まれてこの方楽器に触れたのは小学生の頃に習ったリコーダーと鍵盤ハーモニカくらいで、楽譜など読めやしない、音楽に関しては素人なのだが。この夢は自分の前世の記憶で、いつか同じ前世の夢を見る相手と出会い、自分にも“生きている”と感じられる瞬間が訪れる。そんな予感がしていた。


  * * *


 今日も雨か。律澄(りず)は昨日少し時間をかけながら決めた服に袖を通しながらそう思った。大学生は高校生までとは違い、毎日人と顔を合わせてもいいようなまともなコーディネートを考えなくてはならないことが難儀だ。今日は1年生向けのオリエンテーションがあり、そこで懇親会のようなものがあるらしい。同じ学部に入学する知り合いが一人もいないため、どうにかここで友達を作りたい、そう思い、納得のいく服を昨日のうちに決めておいたのだ。


 オリエンテーション会場の教室に着くと、たくさんの学生が三々五々分かれて座っていた。既にできているグループの輪に入っていく勇気もなく、教室の壁際の真ん中あたり、かろうじて前後左右に人がいない席に座った。

 前方では教授らしき人たちがプロジェクターに繋がれたPCを操作し、もうすぐオリエンテーションが始まろうかという頃、ふいに声をかけられた。

「隣、座ってもいいですか?」

 特に断る理由もなく、けれども教授がちょうど話し始めたためうなずくことしかできなかったが、彼女はそれを確認して隣に腰を下ろした。


 懇親会と聞いていたが、実態は周りの席に座った人同士で話す時間がある、という程度のものだった。初対面の人と何を話したらいいかわからず、

「今日、雨でちょっと嫌になっちゃいますね」

と当たり障りのない天気の話を振ってみると

「そうですねぇ、荷物も濡れちゃいますし」

そう苦笑しながら、彼女は横に置いていた少し濡れたギターケースをこちらに見せた。



 彼女は想蘭(そら)という名前で、ギターはこの前の春休みに始めたばかりで、今日はこの後スタジオで練習するため持ってきたそうだ。同じ女子校出身で大のネコ好きということから意気投合し、私は彼女のスタジオ練習についていくことになった。


「へぇー、スタジオってこんな感じなんだ、鏡張りなんだね」

入るや否や素人丸出しの感想を言う私に、想蘭はケースからアコースティックギターを出しながら

「そうだね、そういえばなんでなんだろ、ステージで演奏する人たちはどう見えてるかちゃんと確認したりするのかな」

と答えてくれた。

 想蘭はギターやマイクを一通り準備し終えると

「まだ、この曲しか弾けないけど」

と言いながら、少したどたどしく曲を弾き歌い始めた。


 あ、この曲知ってる


そう思い、彼女の声に合わせて歌ってみる。

「「笑っただろう あの時 僕の後ろ側で」」

重なった私の声に気付いた想蘭が手は止めずに少し目を見開いてこちらを振り向き、すっと微笑んだ。


「「錆び付いた車輪 悲鳴を上げ 残された僕を運んでいく 微かな温もり」」


歌い終わってすぐ、

「生きてるって感じがする」

想蘭がそう言った。私もまさに同じことを思っていた。

「私も!生きてるって感じする!あのね、いつも、夢を見るんだ。誰かと一緒に音楽をやって、生きてるって感じる夢。たぶん、その夢って前世の記憶で、そんな人に私も出会えるってずっと思ってたんだ、きっと私にとってその相手って想蘭なんだと思う!」

「私もそう!誰かと一緒に音楽をやって、生きてるって感じる夢!」

「同じ!雲一つない晴れの日に見るよね!運命だね!」

私がそうまくしたてると、想蘭は少し俯き、

「…私は、いつも大雨の日だな」

と言った。


「「………え」」


「なんかちょっと違うね」

「運命じゃないかも…ね?」


「でも、律澄と歌ってたら生きてるって感じられた、もう運命とか超えた関係なんじゃない?」

「それもそうか…!おーい!私の運命の人ー!運命を超えた人に出会っちゃった!ごめんねー!」

「なにそれ笑 誰に向かって言ってるの?笑」

「うーん、どこかにいる私の運命の人だったかもしれない人!」



スタジオの外では、お天気雨が降っていた。


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