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緋染め桜が咲く夜に

 桜の季節になりましたが花見には行っていません、年々行かなくなります。

 桜の美しさや儚さは物語としての想像を掻き立てます。

 今回は私の好きなオカルトと共に話の題材としました。


 物語は怪談話から始まる。

 テーブルの上に一本伸びた蝋燭の、そのゆらゆらと揺れる炎を囲んで覗き込む3人。

 それと少し離れたところにもう一人。

 揺れる炎を両の瞳に揺らめかせながら落ち着いた声で少女はそっと話始めた。

「天下分け目の関ヶ原、戦場では多くの兵が命を落とし、中には運よく死を免れた者もいた。

 男は敗戦の軍にいた者、つまり落ち武者だった。

 せっかく拾った命だったが誰かに見つかれば男には死が待っていた。勝った側に見つかればもちろん、負けた側に見つかっても、また村の人間に見つかっても金と引き換えに命を取られる。敗戦の兵に味方はいない、男の命は風前の灯だった。しかし男はそれでも死にたくないという強い想いで傷ついた体を引きずりながら何とか人里に辿り着くことが出来た。誰にも見つかってはいけないと警戒しながらも男の体力は限界で村の端の家の納屋に隠れ気を失った。

 男が気が付くと目の前には女の顔があった。見つかったと咄嗟に身構えようとした男の体をそっと抑えた女の目には優しさがあり、味方であることを物語っていた。

 熱心な看病の甲斐あって動けるようになった男は危険を冒して匿ってくれた家族を…無残にも切り殺し、金目の物を持ち去り、姿を消したのでした。

 その家の横には桜の木があり、女の血飛沫を浴びた桜は血に染まったような赤い花びらをつけ、それは死して尚悲しみが未だに癒えずにいる女の妄念なんだって…!」


「キャ~~!」

 夜なので少し囁き声からの控えめな悲鳴が響く。

「…ねぇ、うーちゃん。モウネンって何?」

 その隣では囁き声からの質問が飛ぶ。

「妄念っていうのは幽霊が現世に思い残したことがあって成仏できずに迷ってしまう心の事だよ」

「ふーん、そうなんだ…?」

 少し低い地声を活かして朗々と怪談を語っていたのは私の娘の詩凪うたな。幼い頃から肝が据わっているというか好奇心が旺盛な子だったが高校生になってからは世界がさらにまた広がったらしく、最近では日夜怖い話や都市伝説の情報収集や考察を熱心にやっているようだ。

 質問の答えがわかってないけどとりあえず分かった風な顔をして頷いているのが詩凪の仲良しの玲奈れいなちゃん。幼稚園からの幼馴染で小中高とずっと友達でいてくれている。細面で凛々しい顔立ちをしているけれど割とぼーっとしていてちょっと抜けている愛嬌のある子。

 そして怪談話を聞いてキャーキャー楽しんでいるのが妻の詩織しおりと、リビングの隅で彼女たちを眺めているのが私。

「それで、うちの近くにあるお寺の一番奥にぽつんと離れて生えてる桜がそれらしいの!通称『緋染め桜』と呼ばれて付近の住民からは不気味がられてるんだって」

 へー…いやいやずっとここに住んでいるけれど初耳だった。

「あらあらそうなのね、知らなかったわ~」

 自分だけが知らないのかと思ったがもちろん詩織も知らないようで安心する。

「うん、学校ではまぁまぁ噂になってるよ、ねっ、れーちん」

「そうなんです。近いしぜひ見たいねってなったんだよね」

「じゃ、そういうことなんで出発しましょう」

 そういうことらしい、ちなみに私は用心棒役らしい。

 いくら近所とはいえ未成年の女の子二人だけで夜の散歩に行かせるのは気が引ける。詩織が一緒に行けばいいのだが私も怖いと駄々をこね、一人きりで留守番も嫌だというので両親揃って付き添いすることになったのだ。

 しかし別に嫌だとは思っていない。そういう噂がどこから流れてくるのか正直興味はあった。

 メディアの影響で自分たちの身近な部分に当てはめたり、それっぽいことをいって面白がっている事が多いと思われがちだが、火のない所に煙は立たないという言葉の示す通り噂のきっかけになるなんらかの事象があったりするものだ。

 私達が若かった時にも学校の怪談のような噂が蔓延していた。

 その中の一つに通っていた学校の裏手が昔は墓地だったらしいという話があった。

 確かに薄暗く、微かな異臭がして不気味な空間だったのでそういう噂を信じやすい環境にはあった。使用されてない空間だったので草木が無造作に生えていたこと、近隣住民のゴミの不始末による異臭などの要素が集まり不気味だと感じられ、それが子供らの連想では墓場に結びついた。

 最終的には掃除や整理整頓が大事みたいな事に収まったと思うが、当時はなんだかんだ盛り上がった記憶がある。

 緋染めの桜と落ち武者の話なんて自分たちの世代にはなかった話なので今そういう話があるということは誰かが何か別の事と関連性を見つけて結びつけたのだろう。少なくともこの地域に合戦や落ち武者といった話は聞いたことがない。


 春先といってもまだ夜は冷え、上着を来て4人で家を出る。

 前を詩凪と玲奈ちゃんが歩き、後ろを私と詩織がついていく形となる。

「風が暖かい」

 暖かく少し強い風が時折髪をなびかせる。その度に髪の長い女性陣は手で髪を押さえていた。

「なんか一緒に散歩行くなんて久しぶりな気がするな」

「そうだね」

 自転車があれば歩かなくなり、車があればなおさらだ。噂の真相云々の前にこの散歩だけでも有意義な気もした。それも子供の提案だ、大人になるといろいろな事が出来なくなると痛感させられる。

 夜の散歩といっても片道10分ほどで駅より近い距離でほどなくして目的地へと到着する。

 観光にはならない程度の数えられる桜の本数、ライトが設置されているのはきっと桜用だろう、夜空に桜の花が映えてそれなりに見ごたえがある。しかしながらやはり本数が少ないせいか花見客というのは見当たらない。そして奥に問題の緋染め桜が見えた。

「確かに…赤く見えるね」

 不思議とその桜の場所だけ妙に赤味がかっているように見える。

 子供たちは怖い怖いと言いながら瞳を輝かせている。実際不気味と言うよりは趣があるように思える。

 四人で固まりながら緋染め桜を目指してゆっくり歩いていく。

 緋染め桜の真下で見上げるとやはり赤く見える。赤い桜など見た事がなかったが少し幻想的で綺麗だと感じた。

 ざざっ、と横からの音、振り向くとそこにあったのは不気味な顔。

「きゃー!落ち武者ー!」

 ぴゅーんと音がするような瞬発力で子供たちとそれに負けずと詩織も「待って~」走り去っていく。

 あまりの急な展開に唖然としながらもあらためて振り向くとそこにはおそらくはこの寺の住職の、不健康そうな顔があった。

「こんばんわ、驚かせてしまったようでもうしわけない」

 そういいながらも愛想笑いを浮かべるわけでもなく表情に乏しい所、落ち武者と間違えられても仕方のない感じはある。

「こんばんわ、こちらこそ騒々しくてすみません。近所に住んでまして桜を見に来たんです」

「ほう、そうだったんですね」

 そういいつつ緋染め桜を見上げる住職は特に驚く様子はない。

「この桜、花びらが赤く見えませんか?」

「ああ…言われてみれば。私は目が悪くて言われるまで気が付きませんでした…」

「この桜の花びらだけ赤い、そんな話は聞いていませんか?」

「ふむ、初耳でした」

 噂になっている緋染め桜、その寺の住職がそれを知らない。とぼけているのかどうかは表情からは読み取れなかった。

 住職に対して不信感を抱きつつも緋染め桜をあらためて見て思わず「あっ」と声を上げる。

 何の事はない、下から桜を照らしているライトの一つに赤いフィルムが被せてあり、ライトの光自体がすでに赤いのだ。

「あのライトが赤いから、桜の花が赤く見えてるみたいですね。わざとそうしているんですか?」

 問題のライトを指さしながら少し非難がましく伝える。

「ああ、なるほど。いたずらですかねぇ、ははは」

 特に問題にするようでもなく笑う。なんだか馬鹿らしくなり一声挨拶してから帰る事にした。

 いたずらだとして誰が何のためにやったというのか。

 目が悪いという住職は言われないと気づかなかった、気付いた今も特にアクションを起こすでもなく、別に後で片づけておこう、くらいのものでそんなに気にしていないようだった。住職の無関心さを利用して桜を赤く染める。近所の人しかこないような場所でそんなことをするのは特定の誰かを狙ったものかもしれない。

 ぐだぐだと考えながら歩いていると始めて他の人とすれ違う。

 この先は寺しかないのでここを通る人間は寺に用がある人間か、桜を見に来た人間か、もしくは道に迷った人かのいずれかであるが、この夜の時間帯にサングラスにマスクと顔をすっかり隠し、冬物のコートをしっかりと着込んだ女性は異様に思えた。しげしげと観察するわけにもいかずにすれ違ったが相手からも恰好からそうだが人に見られたくないという気配をひしひしと感じた。

 その時、ふとあるイメージが頭に沸いた。

 夜桜を見に来たとは思えないサングラスにマスクの女性、まるで自分がここに来た事を誰にも知られたくないようだ。この道の先には寺しかなく、先ほど見た赤いライトの桜とそれを指摘しても特にアクションを見せなかった住職、もしあの赤いライトが付いているのがいつもではなくて特定の合図となっているとしたら、あくまで想像に過ぎないし不確定要素も多いが、もしかするとこの噂の正体は―逢引きのメッセージなのでは…


 家に帰ると三人はテレビを見ながら楽しくおしゃべりしていた。

「あっ、ゆーちゃんおかえり」

 ゆーちゃんというのは私の事で、背が低くて童顔のせいか娘にちゃん付けで呼ばれ続けている。父としての威厳はないが仲が悪くはないのでこれはこれでいいと思っている。

「ただいま、落ち武者じゃなくて住職さんだったよ、不愛想だったけどね」

 そう説明すると「なんだ~」と笑い声が上がる。

「じゃあ、緋染め桜はどうだったの?」

「ああ、あれはライトに赤いフィルムがあって赤く見えていたみたいだ、誰かのいたずらかもな」

 ええ、気付かなかったねと盛り上がる中、詩凪があからさまに残念そうな顔をしている。

 怪談の真相がチープでがっかりしたか、でもこれは仕方ない。ありもしないことを面白おかしくでっち上げるのはなんか違う気がしたので、少しだけ補足しておくことにする。

「帰りにサングラスとマスクにしかも冬物のコートをを着た怪しい女性とすれ違ったけど、詩凪達も見たか?」

「えー、見てない、それってまさか口裂け女じゃない?」

「きゃー、また怖い話始まっちゃうの?じゃあ、お母さんはご飯つくるわね。玲奈ちゃんも食べていくよね、オムライス」

「はい!もちろんご馳走になっていきます」

 オムライスと聞いて玲奈ちゃんは目を輝かせている、とてもわかりやすい。

 キッチンからは鼻歌が聞こえてきた。

「しーちゃん、最近明るくなったよね?」

 玲奈ちゃんの発言に「そうかなぁ?」と答える。

 詩織は元々明るい性格で暗いとか思ったことがなかったのでよくわからなかった。

「髪を切ってからだね、今の髪型すごく気に入ってるみたいだから」

 詩凪がそう補足する、子供達には詩織は明るくなったように映っているようだ。

 髪型を変えた事にもそもそも気付いていなかった。さっき外に出た時に過剰に風を気にして髪を押さえていたように思えたのは気のせいではなかったようだ。

「ねぇゆーちゃん、気付いてた?」

 詩織の髪の事を聞かれているのかと思ったが、詩凪がそっと差し出してきたのは赤みがかった花びらだった。

「えっ…」

 緋染め桜の謎の正体はライトに赤いフィルムによって花びらを赤く見せていたはずだったが、目の前にある花びらは薄いピンク色の花びらではなく、もっと鮮やかに赤い。他にも要因はあったということか、例えば土壌のphによって花の色が変わるなんて話を聞いたことがある。工業排水の類だとして、不自然に赤く染まった花びらを隠すための赤いライトアップと帰りにすれ違った女性はもしやその関係者で、顔を隠して恐らくお金の話をしに行っていた、という可能性もあるかもしれない。

 ただのいたずらかと思いきやこれはもっと大きな事件でこの街の闇の一端なのではないか。

「なぁ、詩凪。あの落ち武者の話って誰から聞いたんだ?」

 若干の緊張をはらんだ私の言葉に詩凪はテンション低めに応える。

「ゆーちゃん、そんなこと聞いても意味ないよ。かわりにあの怪談話をもう少し詳しく話してあげる」

 詩凪は蝋燭を用意しようとして、やっぱりやめて少し低い声で話し出す。

「落ち武者に惨殺された一家の庭には桜の木が何本か生えてたんだけどね、不憫に思った村人たちは殺されてしまった心優しい村娘のお墓の代わりに一本の木を植えたんだよ、彼女の名前は『小梅』、名前にちなんで植えられたのは梅の木でした…」

「ええ、そうだったの?」

「もぅ、れーちんは知ってるでしょ」

「………」

 言われるまで桜だと疑いもしなかったが、目の前の赤みがかった花びらをよく見てみれば桜の花びらよりも丸みを帯びている。

 そう、これは梅の花びら、緋染め桜とは桜の木に混じった梅の木というだけだった。

 前振りに桜だという先入観があった事、夜に見た事、住職も桜だと話を合わせていた事についてはおそらく話を合わせてもらったのだろう。

 つまり緋染め桜とは詩凪達が私に向けて計画した話だったのだ。

 計画した理由は、私が妻が髪型を変えて明るくなったことにも気付けていなくて、そういう家族の変化に対して気付けていないことに気付かない事への抗議、だろう。

 確かに「もっとちゃんと見て」と言われたところで「見てるよ」で片づけてしまいそうな自覚はある。考察が好きで、観察が好きなのにも関わらず、わかったつもりになってそういう自分に酔ってしまっていたのだ。

 その時、ふと思い出したのは詩凪がまだ幼い頃に家族で博物館に行った時の思い出。詩凪は珍しいものを見てとても喜んでいて、私の考察を含めた長ったらしい説明を熱心に聞いていた。思い返してみればオカルトや都市伝説などに興味を持ち出したのはその頃あたりからだったかもしれない…

 顔を上げると困ったようなふくれっ面をして私を見ている詩凪の顏。

「悪かったよ、気を付けます」

「うん」

「え、どうしたんですか?」

 状況を掴めてない玲奈ちゃんがきょとんとした顔で詩凪と私を交互に見る。

「ううん、なんでもないよ。ゆーちゃんがちょっと意地悪だっただけ」

「そうなの?ゆーちゃんさん、詩凪ちゃんにもっと優しくしなきゃダメですよ」

「はい、優しくします」

 それを聞いた娘達は笑顔になる。

「しーちゃん!ゆーちゃんもっと優しくしてくれるってー!」

「ほんとー?やったー!」

 キッチンから詩織の嬉しそうな声が響いてくる。

 オムライスの上には何て書くべきだろうか。


 日常系ミステリが書きたかったので、その部分では納得しています。

 しかし論理的な文章がいまいち書けないのは、論理的な思考を行ってないからなんでしょうか、何度も見直して修正しましたが…

 メッセージという言葉の肝は間接的な要素だと感じてます。

 読んでいただいてありがとうございました。

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