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第一章 7

「え、あいつら取引の関係者だったのか……⁉︎」

 俺は、自分が泊まっている例の三階建ての宿の部屋で、大きな声をあげた。

「うん、別れ際に店長がそう言ってたぞ?」

 翔助は、目の前の椅子に腰掛けたままそう言う。

「……最悪だ。この取引には首を突っ込まないって決めてたのに……」

 俺はソファの肘掛けに片肘をつき、頭を抱えるようにしてうなだれた。


 あの後、スーツ姿の男達をぶっ飛ばした俺たちのもとに店長と看板娘——浮島とらがやってきた。店長は俺たちに感謝を伝えると、避難した人間の状況などを教えてくれた。

 幸いなことに今回の騒ぎによる死亡者はおらず、イヤーカフ男の攻撃を受けた人間も全員軽傷だったという。このことについては、店長もとても驚いている様子だった。

 俺は店や周辺の建物への被害を()びたが、店長はこの程度どうってことないと笑った。

『人がいれば、建物はまた建つのさ!』

 かつて、大戦によって荒廃した大地から立ち上がる人々の姿を直に目撃し、自身もその一人であったであろう店長の言葉は、なんだか強い安心感があった。

 そのうち騒ぎを聞きつけた特殊警察が駆けつけたため、俺たちは逃げるようにその場をあとにしたのだった。


「しかしなぁ、あの娘ひどくないか⁉︎ せっかく風吾さんが助けてくれたっていうのに!」

 翔助の言葉で、俺は店長と共にやってきた彼女——浮島とらの言葉を思い出す。


『助けてなんて頼んでない……‼︎』


 目を合わせず、拳を強く握りしめ、どこか悔しそうな顔でそう言った彼女の姿が思い出される。

「はは、まあ仕方ないだろ。実際頼まれてないしな……」

 そう言いながらも、実際は少し傷ついていた。考えなしにとった行動であったものの、結果的に彼女を助けることに繋がった俺の行動は、少しは称賛されるものと思っていた。

 だが実際は、周囲からは声を掛けられず、助けた当人からは否定され、現場からはコソコソ逃げるハメになってしまった。

「……まあそれよりも、問題は取引だ。あんな派手に吹っ飛ばしちゃったからな、取引関係の人間に目をつけられた可能性は高い」

 気持ちを切り替えるように放ったその言葉も、俺の心に影を落とした。

 深く考えず、誰にも相談することなく店へと走り出したこと——それが結果的に、わずかではあるがレジスタに関わる結果となってしまった。もっと冷静であれば、より完璧な選択ができたかもしれないのに……。

 やはり、セバスに出会った時点で迷わずにこの町を出ていればよかった。何を血迷ったのか、レジスタがいることがわかっているこの町で大暴れしてしまったのだ。

「くっ……!」

 俺は胸を押さえた。

 ——痛かった。間違えた、という感覚があった。


「……風吾さん、大丈夫か?」

 胸を押さえる俺を心配した翔助が、隣に座って背中をさする。

「もし心臓が痛いなら、俺が——」

 そう言って翔助は俺の胸の方へと手を伸ばす。その時、翔助の腕が俺の左腕に——そこについているブレスレットに触れそうになった。

「——触るな‼︎」

 突然の大声に、翔助は手を止めた。身体は強ばり、表情には明らかな動揺が見られる。

「……いや、すまん」

 俺はそう言って驚いた顔の翔助を元の位置へと促した。

 自然と、凍りついた時間が元の速度へと戻っていく。

「……風吾さん、ごめん」

「いや違うんだ。触ろうとしたことに怒ったんじゃない。……その様子だと、やっぱり知らないみたいだな、ブレスギア最大のタブーについては」

 俺はなるべく優しい顔をして、自分の感情が負のものではないことを示す。

 その態度と言葉に、翔助は疑問の意を示した。

「……ブレスギアには二種類ある、『神獣器(しんじゅうき)』と『冥獣器(めいじゅうき)』だ。一度でも『神獣器』を使ったことのある人間が『冥獣器』を使用すると、その人間は内部から爆発して死んでしまう。逆もまた然りだ。ブレスギアの種類を見分けるには、タスクライトの「色」を見るしかない。このブレスレット——ヴァイロンは『神獣』。俺は翔助が『能力』を使うところを見たことがないから、お前が『冥獣器使い』の可能性を考慮したんだよ」

 どうやら本当に初耳だったようで、翔助は驚いた顔をしていた。

 けれど翔助は何やら納得したようで、もとの陽気な顔に戻って笑った。

「そうだったのか……。じゃあ風吾さんは、俺を思って止めてくれたってことだよな? ありがとう!」

「いや、別にそういう訳じゃ……。そういうことなのか……?」

 俺の言葉は聞かずに、翔助は立ち上がり楽しそうにステップを踏んだ。

「……ところで風吾さん、風吾さんがクローンだっていう話、本当なのか?」

「ん⁉︎ なぜそれを……‼︎」

 俺は驚き顔をあげる。

 ふと膝の上のヴァイロンと目が合う。するとヴァイロンは、フイッと目をそらした。

「お前か……。一体何のつもりだ?」

「本当に、あのフェニックスのクローンなのか?」

「そこまで言ってるのかよ……」

 俺はジトーッとヴァイロンを見つめた。彼は知らんぷりを貫いている。

 その様子を見て、翔助は静かに口を開いた。

「……否定はしないんだな」

「いや……。まあ、そうだ。そんな理由で、俺はアイツらから追われている……」

「その半端じゃない強さもその時に?」

「……そうだ」

「マジか……」

 ……最悪だ。俺は今まで誰にも正体を語ったことなんてなかった。語る必要なんてなかったし、語りたくもなかったからだ。それは、『風吾』であることと最も縁遠い行動だからだ。それなのに、なぜヴァイロンはわざわざコイツに俺の正体を話したのだろう……?

「——すっげえ‼︎」

「……へ?」

「今すべてに合点がいったぜ! 俺が感じた希望の正体はコレだったんだ! しっかしまあ、まさかここまでだとはな〜。自分でも引くくらいびっくりだぜ!」

 翔助は何やら嬉しそうに頷いている。

 俺は目をパチクリさせてその姿を見ていた。

「……それだけか?」

「え、何が?」

「なんかこう、ないのか? 軽蔑したり同情したり、なんでも……俺を見る目が変わったりとか、そういうのは……?」

 ……自分で言うことではないな。だがそれでも、聞かずにはいられなかった。

「いや、無いけど」

 そんな俺の問いに、翔助はキッパリと答える。

「あ、そう……」

「フェニックスのクローンだったとしても、風吾さんは風吾さんでしょ! 俺、そういうのよくわからないし」

 その言葉に、俺は心を射抜かれたような感覚になる。

 ……ひょっとして、俺はこれまで言わなかったのではなく、言えなかったのか? 誰かのクローンだと知られたら、俺は俺として見てもらえなくなるかもしれない、それを恐れていたのかもしれない。

 だが、コイツは今、俺を見ている。『風吾』を見てくれているんだ。


『あなたの名前は、風吾……』


 ふと、頭の中にあの暖かい声が流れてきた。

「風吾さん……?」

 黙ったまま見つめてくる俺に、翔助が不思議そうに声をかける。

「……いや、何でもない」

 部屋の鏡に映った顔を見て、俺は自分が少し笑っていることに気づいた。

「……良かったな風吾」

 膝の上でヴァイロンが静かにそう言った。

「きっと仲良くなれると思ったよ。この男と風吾は、どこか似ているからね」

 フ、と俺は小さく笑う。

 さすがは俺の相棒、こうなることを見越してたってわけだ。

「余計なことしやがって……」

「なんだよ、何の話をしてるんだ?」

 蚊帳の外になっていた翔助が、まぜろと言わんばかりにそう言う。

「……ヴァイロンが、俺とお前が似てるって言ってな」

 俺の言葉に、翔助はニカッと笑う。

「そうだな、同じ追われる者だもんな! ハハッ」

「そうか……そうだな。ハハハッ」

 そう言って俺たちは笑った。弾けるように笑った。

 いつか本で読んだ、ポップコーンが弾ける時のように笑った。


「……ところで翔助、お前は今日はどこに泊まるんだ?」

 一通り笑った後で、俺は翔助に尋ねる。

「えっ! えーと……今日までずっと宿無しで、ずっと路上で寝てたというか、でも今日は何となくこのままここに居れるものなのかな、と淡い期待を抱いていたわけで……」

 翔助は言い訳でもするかのように目を泳がせている。

 その姿がとても滑稽で、俺は何だか笑えてきた。

「……わかったよ。今日はここに泊まっていけ」

「——ほんとか⁉︎ やった、ありがとう‼︎ やっぱり風吾さんは最高だぜ!」

 翔助は跳ね上がり、そのままトイレの位置を確認したりクローゼットを開けたりと、部屋の中を物色し始めた。

「調子のいい奴だ……」

 俺はその様子を見ながら呆れるように呟いた。

「だが、賑やかになりそうだな。」

「……だな」

 そうして俺は、今日出会ったばかりの男と一晩中同じ部屋で語り明かしたのだった。


     *


 ——その晩、俺は夢を見た。これは……かつての記憶だ。

 俺は目の前に流れる映像を俯瞰するように、その記憶の中を旅するのだった。


「——失礼します、フレイム様」

 部屋のドアが開いてセバスが入ってくる。俺は部屋の隅でうずくまったまま動かない。

「……お疲れのところ申し訳ございません。本日より、フレイム様の側近として世話をすることになった者を紹介しに参りました。こちらが——」

「——待って」

 透き通った女性の声が、セバスの言葉を遮る。俺はその声に、耳をピクッとさせた。

 声の主はそのままゆっくりと俺に近づいてきて、俺の前で止まった。

「……あなたは一人じゃない。どんな時にも、神様が一緒にいてくれる。あなたが苦しみの中にいる時も、神様が見守ってくれているのよ……」

 その言葉に、俺は顔を上げた。

 思いがけない言葉だった。初めて会うタイプの人間だった。

 その声にはなにか熱のようなものが宿っていたが、その正体を俺はまだ知らない。

 目に映ったのは、ひざまずく一人の女性だった。彼女の周囲からは、包み込むような優しさのようなものが溢れ出ている。その身には黒い修道服をまとい、両耳には青く透き通った宝石のついたイヤリングを輝かせ、俺の目をまっすぐと見つめていた。

 俺はその時、初めて人と目を合わせた気がした。その目の奥には何か光のようなものがあって、彼女も俺の光を見つめているのだと感じた。

「私はシスター中山、今日からあなたのお世話をすることになったの。よろしくね!」

 彼女はニコリと笑った。


 ……そう、それが俺とシスターの出会いだった。


     *


 ——さん! ——ごさん‼︎

 ふと、どこからか声が聞こえてくる。

「——風吾さん‼︎ 起きてくれ!」

「——はっ!」

 耳元で叫ぶ翔助の声で、俺は目を覚ました。俺は跳ね上がるように起き上がり、周囲を見回す。すると、俺に声を掛けていた翔助と目があった。

「やっと起きた……」

「……なんだよ、もう少し寝かせてくれてもいいだろ?」

「それどころじゃないんだよ! 俺たちがここにいると知って、人が訪ねてきたんだ‼︎」

「——何⁉︎」

 俺はベッドから飛び降り、周囲を警戒する。

「——セバスか⁉︎ 昨日の連中か⁉︎ それとも別の取引関係者⁉︎ それとも——」

「どれでもないわよ……」

 入り口の方から声がして俺は振り向く。瞬間、俺の目に赤みがかった髪と白い肌、筋の通った鼻筋と大きな瞳を持った少女が飛び込んできた。

「君は……」

 そこにいたのは定食屋の看板娘、浮島とらだった。彼女は白いTシャツに黒のイージーパンツといったラフな格好をして、何だか深刻そうな顔でこちらを見つめている。

 その薄い布は彼女のやや控えめな胸の曲線を際立たせ、おろした髪の新鮮な印象は俺の胸をくすぐる。

「……なんでここに?」

 俺がそう聞くと、彼女は拳を握りしめ、俯きながら口を開いた。

「……助けてほしい」

 そしてもう一度、今度は(うる)ませた目をまっすぐ俺に向け、口を開いた。

「店長が、さらわれたの……‼︎」


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