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第一章 6

 ——ガキーン‼︎

 金属が衝突したような甲高い音が鳴り響き、ビーストフレームの細かな破片が火花のように飛び散った。

 俺は、泥だらけでボロボロになりながら倒れ込んでいた浮島とらを背に、正面に立つ男のビーストフレームを象の鼻で受け止めた。

「——なに⁉︎」

 目の前の男は驚き、背後へと距離を取った。

「え? あなたはさっきの……」

 後ろの少女が驚いたようにそう呟く。

 俺はちらりと振り返り、その姿を確認した。三角巾は取れ、髪も解けている。その顔はわずかに腫れ、膝や肘には擦りむいたあとがあり、服も汚れてボロボロになっていた。

「こんなにも、痛めつけられて……」

 俺の中に熱い何かが溢れた。迷う隙間がないほどに、それは俺の胸を満たした。

「ハァ、ハァ……。風吾さん、速すぎ……‼︎」

 驚く彼女の向こうで、後ろを走っていた翔助が現場に到着したのが見えた。

 翔助は膝に手をついて息を整えている。

「翔助、彼女を——浮島とらを頼む」

「え、どうして私の名前を……」

「え⁉︎ なに、どういう状況? うわ、怪我してる! え、あっちも⁉︎」

 翔助が彼女に肩を貸すのを確認してから、俺は再び正面へ向き返った。


「……参ったな、まさかブレスギア使いが出てきちまうとは」

 そう言う男は、どこか愉快そうな顔をして、ビーストフレームをゆらゆらさせている。先程まで見物を決め込んでいた両隣の男も、ブレスギアらしき指輪を構えていた。

「ふざけやがって……」

「ん?」

 俺の言葉を聞き、男が眉を潜める。その顔が、俺の感情に更なる拍車(はくしゃ)をかけた。

「力があるのを良いことに、反撃の手段を持たない人間を蹂躙し支配する……。お前らのせいで、思い出したくもねえこと思い出しちまった」

 俺は拳を握りしめ、正面の男たちを睨んだ。

「他者を(しい)げることでしか自分の強さを実感できない雑魚が、俺を前にして何余裕そうに笑ってんだ……?」

 俺の言葉に、男たちの顔が豹変(ひょうへん)する。その顔は先ほどまでの軽薄なものではなく、挑発してきた愚か者を黙らせるため作り出された、威圧感のある顔だった。

「……お前、何様のつもりだ? 状況わかってんのか? 今すぐ訂正して謝罪しろ。じゃなきゃ、死ぬよりキツい苦しみを知ることになる」

 イヤーカフをした男が、ドスの効いた低い声で俺に脅迫する。

 ——だが、俺には意味を成さない。

「この程度の挑発でそこまで威嚇(いかく)してくるなんて……図星だったか?」

「てめぇ……。覚悟はできてんだろうな‼」


 ——目の前の男を煽りながら、俺は頭の中に冷静な自分がいることに気づいていた。

 ここで——周囲に人もいるここで戦えば、目立つことは間違いない。それなのに、なぜ俺はこの男を煽っているのだろう。何を熱くなっているのだろう。特殊警察に見つかるリスク、そしてアイツに見つかるリスクを考えれば、ここで俺が「戦う」という選択をとるのは明らかな間違いである。愚かな選択なのである。

 ——だが、それでも良い。

 『風吾(ふうご)』として生きること、それが俺の至上命題(しじょうめいだい)だ。誰よりも優しいあの人が示した『風吾』という存在は、きっと誰よりも優しい人間だ。

 俺が『風吾』であるためには、ここでこの娘を見捨てることなど出来はしない。

 だから——


「——覚悟なら決めた。俺はここで、リスクを犯して剣を抜こう。すべては『風吾』として生きるため、あの日受け取った言葉を繋いでいくために……!」

 背後から、翔助が何やら警告まがいなことを叫んでいるのが聞こえる。どうやら彼女の方は、野次馬の中にいた常連さん達に引き渡せたらしい。

 騒ぎを聞いて駆けつける店長の姿も見えた。

 彼女の方はひとまず安心というわけだ。

「なによそ見してんだコラァ‼︎」

 ——次の瞬間、男の一人がキリンのビーストフレームを発動させ襲いかかってきた。

 俺はすかさずビーストフレームでその一撃を防ぐ。すると、相手のビーストフレームはヴァイロンにぶつかり、逆にヒビが入ってしまう。

「——何⁉︎」

 男は驚き、距離を取ろうとする。——だが、もう遅い。

 俺はすかさず、鼻でキリンのビーストフレームにカウンターをいれる。

 キリンのビーストフレームは凄まじい勢いで壁に叩きつけられ、攻撃をくらった位置から砕けるように消失した。

 中にいた男も叩きつけられた勢いで意識を失い、そのまま地面に倒れこんだ。

「——ぜ、『全身顕現(ぜんしんけんげん)』だと⁉︎」

 俺の周囲を囲むビーストフレーム——白い象のビーストフレームを見たイヤーカフの男が、唖然としたように叫んだ。

 男が驚くのは、至極当然だった。先程とらを攻撃した男のビーストフレームがナマケモノの「腕」だけなのに対し、目の前に立つ俺のビーストフレームはどこも欠けることのない象の「全身」——これは、二人の間に圧倒的な力の差があることを示していた。


     *


 ——ビーストフレームの強さは、その『顕現率(けんげんりつ)』に依存するところが大きい。一般的に、訓練を積んでいない一般人が使えるのは十パーセント——身体の一パーツのみ、訓練を詰んだ特殊警察でも三十から五十パーセント——二パーツから半身——ほどである。

 『顕現率』の違いはビーストフレームでの戦闘において顕著な差をうむ。

 『顕現率』が十パーセント前後の一般人が『顕現率』四十パーセント前後の特殊警察を倒すには、十倍の人数が必要だろう。一方で、『全身顕現』ができる人間——例えば『レジスタ』の当主である『フェニックス』は、特殊警察百人を相手にして勝利を納めている。つまりは顕現率五十パーセントの百倍、一般人——顕現率十パーセント——の千倍である。

 それだけ、顕現率の差というのは大きいのである。


 一般的に、『顕現率』はブレスギアに対する理解度——すなわち「ブレスギア行使能力」が上がればあがるだけ高くなり、百パーセントに近づいていくとされている。

 だが実際のところは、多くの人は五十パーセント付近で落ち着き、七十パーセントに到達すれば達人の域である。

 ゆえに、顕現率百パーセントというのは、本当にごく限られた人にしか到達できない神の領域なのである。

 全身顕現ができるのは国内に五人もいないとされており、『特殊警察』の最高執行官、『レジスタ』の当主フェニックス、北の独立軍『エゾ』の国王、西地方を統べるヤクザのドンなど、『全身顕現』ができる人間は皆、圧倒的な力で巨大組織のトップに君臨している。


     *


 特殊警察ではトップの一人だけしかできないレベルの『全身顕現』を目の当たりにし、目の前の男達は激しく動揺している。

 俺は、先程の一撃で気絶させた男を一瞥(いちべつ)すると、残った二人の男達へと視線を移した。

「……安心した。ひとまずお前らはレジスタの人間じゃないみたいだ。弱すぎる」

 俺の言葉に、イヤーカフの男が屈辱を含んだ怒りをあらわにする。

「……上等だ、もう何を言っても許さねえ。ここで殺す‼︎」

 男の叫びと同時に、目の前に二つのビーストフレームが出現した。ナマケモノとネズミ、顕現率はそれぞれ四十パーセントと三十パーセントといったところだろうか。

 ——先程のは全力ではなかったということだ。


 ビーストフレームを発動するや否や、イヤーカフの男はナマケモノのビーストフレームで襲いかかってきた。だがその動きは決して早くはない。普段はカウンターが基本のヴァイロンの速度を持ってしても、十分に先制攻撃が狙えるほどだ。

 俺は鼻を使いナマケモノの頭を砕こうとする。その攻撃を、男はビーストフレームを部分的に解除することで回避、そして残った腕のビーストフレームを使って俺に攻撃を当ててきた。

 しかしその攻撃は、ヴァイロンのビーストフレームに傷一つ付けられない。

「……そんなもんか?」

 余裕をたっぷりの俺の言葉に、イヤーカフの男はニヤッとしてみせた。

「——風吾さん、ネズミの男! なんかやってる!」

 翔助の叫びで、俺は後ろの男を確認する。

 見ると、ネズミのビーストフレームの中で『タスクライト』が輝いていた。

「なるほどな……」

 このイヤーカフの男、後ろの男が『能力』を発動するための時間を稼いでいるのだ。

 役割分担からして、おそらくナマケモノの『能力』は戦闘向きではない。なら警戒すべきは後ろの——

 ——その瞬間、ネズミ男のタスクライトが弾け飛ぶ。

 次の瞬間、相手のビーストフレームが巨大化した。

 いや、巨大化したのはどうやらビーストフレームだけではない。俺以外の全てが巨大化している。つまりこれは——

「……『物質を小さくする力』か。生物にすら有効、かつ生命機能を損傷させることなく小型化するとは、良い能力だな」

 ビーストフレームも小さくされてしまった。これでは戦闘能力が著しく低下してしまう。

「風吾さん‼︎」

 元の身長の半分、八十センチくらいの身長になった俺に翔助が叫ぶ。

「おらぁ‼︎ 潰れろ! 砕けろ!」

 小型化した俺とヴァイロンに、大きなナマケモノのビーストフレームが容赦なく攻撃してきた。その一撃一撃が、俺のビーストフレームを大きく削っていく。

 その背後では、ネズミの男が既に次の『タスクライト』を処理しているのが見えた。

 続けて能力を発動しているということは、制限時間があるタイプの可能性が高い。どちらにしろ、再び能力を発動されればさらに不利な状況に持っていかれるのは間違いない。

「やれやれだ……」

 俺はため息をついた。


     *


「風吾さん⁉︎ おい、あれ大丈夫なのか?」

 翔助は、一方的に攻撃を受ける風吾を見て不安の声をあげる。

 視線の先に映るのは自分を救ってくれたヒーロー——身長160センチ程の癖毛の少年。すっきりとカットされた黒髪にどこか覇気の欠ける黒い瞳を持ち、細いが軸の通った引き締まった身体をした十六歳の少年。汚れが目立ちにくい黒を基調とした服装の少年が、自分よりもずっと大きな男二人から激しい攻撃を受けている。

 周りの野次馬はほとんど避難し、とらも離れた場所へ避難させた。もう近くには人はほとんどいない。今なら、全力で暴れても問題ないはずだ。

 しかし、あまりの猛攻に風吾は反撃できないでいるように見えた。

「……こうなったら、俺が……‼︎」

 翔助は首元にあるペンダントを握り、一歩踏み出した。

『——待て』

 その時、翔助の耳にダンディなヴァイロンの声が聞こえてきた。

 翔助は驚き、正面で猛攻に耐えるヴァイロンを見る。すると、ヴァイロンは横目で笑いかけきた。

 戦闘が行われている場所まではそれなりに距離があり、激しい音も鳴り響いている。にもかかわらず、その声はやけにはっきりと聞こえてきた。

「ヴァイロン⁈ お前、なんで……」

『私が持つ能力の一つだ、ブレスギア能力とは別にな。私は遠くにいる対象に対して、その対象にしか聞こえない周波数で語りかけることができるんだよ』

 再び耳元でヴァイロンの声がした。

 ……そういえば昔、本で読んだことがある。自然界に生息している象は、とても低い鳴き声を使って遠くにいる仲間とコミュニケーションを取れるらしい。つまりこの力は、獣としてのヴァイロンに、元々備わっている力ということなのだろう。

 この現象の理解を終えたところで、翔助は本来の話に戻る。

「なぜ止めるんだ⁉︎ 今二人は大ピンチじゃないか! 確かに、俺が助けに入ったところで大したことはできないかもしれない……。でも、一瞬隙を作るくらいなら俺にだって‼︎」

『——まあ待て、風吾はまだ能力を使っていない』

 ヴァイロンはやけに落ち着いた調子で答えた。

「能力? 能力ってあの何にでも変わる小さな粒子を一個作るっていうやつか? そんなもの使って何になるんだよ‼︎ あの力は大した能力じゃない、風吾さんが言ったことだ! そんな能力を使ったところで、この状況をひっくり返せるものか‼︎」

 翔助は声を荒げる。

『確かに、私の能力は汎用性(はんようせい)があまりに低い。タスクライトひとつにつきたったの一粒。しかもそれは一分経てば全て消えてしまう。普通に考えれば、使えない能力だろう』

 翔助はネズミ男の方を確認する。タスクライトはすでに半分ほど処理が進み、あと半分で風吾はさらに小さくされてしまうという状況だ。

 もう待っていられない、翔助がそう思い足を踏み出した瞬間だった。


『——だが、風吾が使えば話は別だ』

 風吾の周囲に二十を超えるタスクライトが出現した。

 驚くべきことに、それらは一瞬で弾け飛んだ。

「——な⁉︎」

 翔助は思わず叫ぶ。スーツの男たちも、揃って口をあけ驚いていた。

 直後、風吾の周囲に二十を超える『万能粒子』が出現した。それらはビーストフレームへと変化し、ボロボロになった風吾のビーストフレームを修繕していく。

「ヴァイロン、これは……?」

『——風吾は、タスクライトを常人の千倍以上の速度で処理できる。常人には短すぎる一分という制限時間も、風吾にとっては十分な時間となるのだ』

 風吾の周りに、再び二十を超えるタスクライトが出現した。それらは全て、一秒足らずで弾け飛ぶ。

「すげえ……」

 翔助は思わず感嘆の声をもらした。

 翔助がタスクライトを一つ処理するのにかかる時間は早くて一分程度、遅い時には三十分近く掛かる。それが他と比べて早いのかどうかは、翔助にはわからない。しかし、出現した途端に弾け飛ぶタスクライトなど見たことがない。しかも、それが複数個同時に処理されているのだ。それはまるで、魔法を見ているような感覚だった。

 気づけば小さくボロボロになった風吾のビーストフレームはすっかり元の完全な状態に戻り、そこからさらに巨大化し始めていた。


「……なんで? なんで風吾さんは、あんなに早くタスクライトを処理できるんだ?」

 翔助はたまらず、ヴァイロンに尋ねる。

『……それは、風吾がブレスギアを使うためだけに作られたからだ。風吾は、ブレスギアの行使能力を高めるためだけに作られた、クローンなんだよ』

「クローン⁉︎」

 翔助は驚きの声をあげる。それを見たヴァイロンが、遠くでコクンと頷いた。

『……風吾はブレスギアによって作られたクローンだ。風吾のオリジナルは、自身のブレスギア行使能力を高めるために、生まれた瞬間から風吾に様々な過酷な訓練を受けさせた。最後には風吾を吸収し、その力を我が物とするためにな。あの神業レベルのタスクライト処理速度は、その訓練の成果だ』

 風吾のビーストフレームはますます巨大化し、気づけば二階建ての定食屋と同じくらいのサイズになっていた。

 目の前のスーツ男たちはもはや何の抵抗もせずに、口を開き呆然とそれを見上げている。

「……オリジナルって? オリジナルって誰だよ⁉︎」

 翔助の問いに、ヴァイロンは静かに答えた。

『国内最強の反政府組織『レジスタ』、その頭首『フェニックス』だ……』


     *


 目の前の男達は、呆然と立ち尽くしている。もはやそこに抵抗の意思は感じられない。

 だが……

「関係ないよな……」

 ブンと振った象の鼻は、ネズミの男をビーストフレームごと横に吹っ飛ばした。

 壁に叩きつけられた男は意識を失い、そのビーストフレームも消失する。

 すると身体が元の大きさに戻り、ビーストフレームもそのぶん大きさを増した。

「お! よしよし……」

 俺は手をグーパーして身体の調子を確かめる。特に問題ないようだ。

 ネズミ男がやられる音を聞いて、イヤーカフの男が今起きたかのように意識を取り戻す。

「ぎ、ぎやぁぁぁ‼︎」

 目の前にそびえ立つ巨大な象の前足を見て、男は一目散(いちもくさん)に逃亡を始める。

「待てよ、まだ彼女に苦痛に与えた分の罪が残ってるだろ……」

 俺はそう言って、逃げるナマケモノの男をヴァイロンの鼻で思いっきり払った。


 ——ガシャーン‼︎


 ガラスが割れるような音と共にナマケモノのビーストフレームは砕け、男はそのまま近くの壁に叩きつけられ倒れた。

「自分より強い人間には向かっていかない……。やっぱり、図星だったみたいだな」


 ——パァァァ。

 ちょうど一分が経過し、全ての万能粒子が消える。

 それと同時に俺はビーストフレームを解除した。俺の周囲から白濁色の壁が消え、ヴァイロンはぬいぐるみサイズに戻った。

 周囲の建物には多少被害を出してしまったが、人はいなかったし誰も死んではいないだろう。倒した三人の男達の後処理については、特殊警察に任せるとしよう。

 俺はヴァイロンを抱え上げ、それからゆっくりと振り返ると、あっけに取られたように立ち尽くす翔助の方へと歩いていった。


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