第一章 3
——十五年前、日本全土にあるブレスギアが一斉に暴走する事件が起きた。
通常コントロール可能なはずのビーストフレームが制御不能となり、一斉に暴れ出したのだ。出現した獣達は互いを攻撃しあうように力を振るい、その影響で日本の町や都市は破壊され尽くした。
獣達による破壊を止めるため、世界中からブレスギアで武装した兵士が戦力として参戦した。しかし、持ち込まれたブレスギアも日本に着くと次々に暴走、むしろ被害を大きくする結果となってしまった。ブレスギアによる問題対処が封じられた人類にこれを止める術はなく、残された道は逃亡だけだった。
獣達が互いを攻撃し争っていたことから、この事件は『大戦』と呼ばれるようになった。
約一ヶ月間続いたこの『大戦』により日本にいた人間の四割が死亡、一割が国外逃亡し、残ったのはもとの人口の半分だけとなってしまった。
国のシステムは崩壊し、残ったのは荒廃した大地と、大量のブレスギアだけだった。
この事件を受け、世界はブレスギアの扱いを再検討、国際法による使用禁止が命じられ、ブレスギアは破壊されることになった。
——しかし、いかなる手段を用いてもブレスギアを破壊することはできなかった。
結局世界は、ブレスギアを民間の手に渡らないよう徹底して管理する、という手段を取ることになった。現存するブレスギアの大部分は日本に集まっていたため、既に自国で同じような悲劇が起こる可能性は低くなっていたということもあったのだろう。
一方の日本は、大戦の終了と共に国土の周囲に現れたビーストフレームと同じ類の強力な『結界』によって、出入り不可能な孤島となってしまった。
孤立した日本は、残された人々で新たな国を作り上げた。日本は新たに『新日本』と名付けられ、新たな政府と法、そして治安維持組織が設立された。
それから十五年。現在、日本は大きく三つの勢力によって支配されている。
一つ目は——新日本政府。ブレスギアの所持を許された政府直属の治安維持組織——『特殊警察』と共に、日本全土の5割を統治している。他の多くの国と同じように、ブレスギアは国家で管理しようという思想のもと、各地でブレスギアの回収を行なっている。
二つ目は——ブレスギアを使った犯罪者集団。国内に点在し、その多くが自らの利益のみを追及して動く極悪非道な犯罪者集団である。人々は彼らから身を守るために、巨大な組織の力を借りるしかなかった。
三つ目は——独立国家を名乗る反政府組織。大量のブレスギアを保有し、それを戦力として独立国家を名乗る集団である。その力は決して弱いものではなく、新政府に不満を持つ人々の多くはこの組織を自ら支持し、自らその領土を名乗っている地域も多い。
その中でも最強を誇るのが、『レジスタ』と呼ばれる巨大組織である。数ある独立国家の中でもレジスタの戦闘力は圧倒的で、その支持率もずば抜けて高い。新日本政府と対を成す存在となっている。
この『レジスタ』と新政府の決定的な違いは、民衆にブレスギアの保有を許可したことだった。頭首である『フェニックス』の圧倒的な強さが、これを可能にした。民衆のブレスギアによる身勝手な暴走を抑制するだけの、圧倒的な影響力を発揮したのである。
大戦による傷痕は根強く、日本には今も数多くの混沌が生まれている。
しかしそれでも人々は力強く、各地で身を寄せ合って生活しているのであった。
*
「……皮肉なものだな。大戦で亡くした人間の形見が、ブレスギアだったなんて」
俺は再び翔助のブレスレットを見つめ、そう呟いた。
皮肉、それはむしろ俺に向けるべき言葉なのかもしれない。あの大戦がなければ、俺が今こうしてここに存在することもなかったのだから。
「……まあ、そりゃ色々思うこともあるけどさ、当時五歳だった俺の命を助けてくれたのも、コイツだったんだ。コイツがなかったら俺はとっくの昔に死んでいた。俺の家族はブレスギアに殺されたけど、俺はブレスギアに命をもらったんだ……」
翔助は首元ペンダントを手に取りながら、しみじみとそう言った。
その目に宿る感情は決して単純なものではなかったが、それでもこのブレスギアが彼にとってかけがえのないものであることは、その優しい目つきからわかった。
大戦直後の荒廃した世界で五歳の少年がたった一人で生き抜いていくこと、それがどれだけ困難なことか、どれだけそのブレスギアが力になったか、充分に想像できた。
「……そうか」
俺はそれだけ言って、コップの水を一口飲んだ。
「まあ、おかげで特殊警察に追われる生活になっちゃったけどな! ワハハハ!」
翔助は冗談でも言うかのように楽しげに笑った。
「俺の話はあらかたそんなもん! 次は風吾さんの番だぜ! 風吾さんは一体何者なんだ? 風吾さんもブレスギア使いなんだよな?」
自分のターンは終わり! と言わんばかりに翔助が一気に畳み掛けてきた。
ってか、呼び方はさん付けのままなのか? まあなんでも良いが……。
「別に何者ってほどの者じゃない。言っただろ? 夢を探して旅をしてる、ただのしがない旅人さ」
俺は適当なトーンでそう言った。
「ただの旅人ってことはないだろ! 俺だって長いこと一人で旅をしてきたんだ。あの強さはどう考えても異常だ。少なくとも一般の人間じゃない」
俺の答えに満足できなかった翔助が問い詰めてくる。
こいつ、意外と鋭いな……。
別に嘘はついてない、みなまで話すことはないだろうと判断しただけだ。
「……まあ、ブレスギアについては他の人よりも扱いに長けてるんだ」
「少しぃ? 俺、ブレスギアの戦いであんなに圧倒的なの初めて見たけどなぁ……。風吾さん、アクセサリー二つしてるじゃん。その左腕のブレスレットと右耳のイヤリング、どっちがブレスギアなんだ? まさか、二つ持ち⁉︎」
翔助は、青く透き通った宝石をぶら下げたイヤリングと、チェーンでできた銀のブレスレットを交互に見つめてそう尋ねてきた。
「……それは無いだろ。この時代、ブレスギアは貴重品なんだ。こっちのブレスレットがさっき使ったブレスギアだよ」
ここでも俺は、嘘は言わない。
一人の人間が同時に二つ以上のブレスギアを保有すれば、それだけ使える『能力』が増えるというアドバンテージがある。もっとも、それぞれの『能力』を同時に使うことはできず、ビーストフレームも含め、各ブレスギアを切り替えて使うというイメージだ。
しかし、ただでさえ入手困難なブレスギアを二つも保有するなど現実的な話ではない。ブレスギアを集めまわっている反政府組織の人間でもない限りは難しいだろう。
「ふーん、それがあのゾウのブレスギアなのか。すごい強さだったな〜。……そういえば、ずっと隣に置いてあるそのゾウのぬいぐるみは何なんだ?」
翔助は俺の横にいるヴァイロンを指してそう言った。
「これは……俺の家族だよ。ヴァイロンっていうんだ」
俺はこういう時のためにあらかじめ用意してあった答えを返す。
「家族……。そっか! 大切な存在なんだな!」
翔助自身がブレスレットを家族のように心の支えとしているからか、ぬいぐるみを家族と言ったことに関しては、特に追及することもなくすんなりと受け入れてくれた。
「お待たせしました〜!」
そこに、先程オーダーを取りに来てくれた看板娘が料理を持ってやってくる。
「お! 待ってました!」
「こちら、お先に生姜焼き定食です!」
「はい! それは俺で〜す!」
翔助が手を上げると、彼女は手慣れた手つきで定食の載ったお盆を机に置く。
「お次こちらが日替わり定食です! あら……?」
彼女は俺の方を見るなり、ピタリと動きを止めた。
突然のことに、俺は警戒する。
彼女はその姿勢のまま、スウっと息を吸った。
「——そのぬいぐるみ、可愛いですね〜‼︎ 白くてフサフサ! とっても可愛い‼︎」
固まった体がゆるみ、眩しい笑顔が向けられる。
身構えていた俺は、崩れるように笑った。
「ハハ……なんだ、何を言われるのかと思ってびっくりしたよ」
「え? あ、ごめんなさい突然! かわいくってつい!」
俺がそう言うと、彼女も笑った。隣の翔助が「可愛いのはあなたです」とか訳のわからないことを呟いていたが、俺はそれを無視して彼女と笑った。
「——では、ごゆっくり」
彼女がそう言って席を離れると、翔助が思いついたように口を開いた。
「そういえば、風吾さんのビーストフレームも白い象だったよな? もしかして、そのぬいぐるみって風吾さんのブレスギアと何か関係があるのか⁉︎」
「えっ……」
図星をつかれ、俺は動揺する。
コイツ、やっぱり時々鋭いな……。
「……え?」
俺が言葉に詰まるのとほぼ同時に、席を離れようとしていた彼女が足を止め、ゆっくりと振り返った。
「……あなた、ブレスギアを持っているんですか?」
彼女が俺をまっすぐ見つめて尋ねてくる。だが、その目には先程までの笑顔にはなかった敵意が含まれているように見えた。
「あ……。いや俺は……」
俺はその質問の意図を察して、再度言葉を詰まらせる。
「あ〜、いや、悪い人じゃないんだ。風吾さんは俺を助けてくれたんだ、そこいらの無法者とは違う! それにすごいんだぞ! 風吾さんのブレスギア、めちゃめちゃ強いんだ!」
変に興奮してしまっている翔助が、おそらくこの場では逆効果にしかならない言葉を発してしまう。
——ガシャンッ‼︎
食器がわずかに浮く音が店内に響き渡り、一瞬の静寂が訪れる。
翔助の言葉を聞くや否や、彼女が俺たちの机を叩いたのだ。
「……ブレスギアを持つ人に、食べさせる飯なんてない‼︎ 今すぐ出て行って‼︎」
彼女の言葉に、俺と翔助は目をパチクリさせた。
事情を知っていると思われる周りの常連さん達は、どこか俯き加減で口を閉ざしている。
俺はそれらをチラリと確認してから、まっすぐ彼女の顔を見た。
その目にははっきりとした敵意があり、怒りがあった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 出て行けって、そんな……」
翔助が混乱した様子で彼女に話しかける。しかし、それも逆効果だった。
「うるさい! あなたも同じよ、すぐに出て行って‼︎」
そうして俺たちは、店を追い出されてしまった。
「……お礼、失敗しちゃったな」
翔助がしょんぼりとそう言った。




