第五章 5
——先に限界を迎えたのは、とらだった。
ブレスギア能力が発動にタスクライト以上のリソースを必要としないのに対し、ビーストフレームの使用には使用者の体力を消費する。万能粒子でフォローしていたとしても、彼女の体力が無限になるわけではない。徐々に動きの精度は落ち、基本の顕現率も落ちていく。とらはもう、立っているのが精一杯だった。
一方の敵は、全員無傷。体力にも余裕がある。すでに合計で四十回は撃破しているだろうが、再生能力によって状況は好転しない。
そんな俺を見て、フェニックスは悟すように語りかけてくる。
「……終わりだ。降参しろ」
「——まだだ! まだ終わっていない!」
俺は叫んだ。それがどんなに無意味なことだろうと、気持ちだけは負けるわけにはいかなかった。
その姿を見て、フェニックスはとても愉快そうに笑った。
「フハハハハ! あのフレイムがまさかここまでの意思と力を手に入れるとはな。素晴らしい、素晴らしいぞ! そのお前を取り込むことで、私はより、私の夢の実現へ近づくことができるのだ!」
「お前の夢……? そうだ、一体なんなんだ! 何がお前をそこまで突き動かす‼︎ お前夢とは何だ⁉︎」
俺は叫び尋ねた。少しでも、とらの体力を回復させる時間を稼ぎたかった。
「そうだな、最後だから教えてやろう……。私の夢、そしてこのレジスタの夢——それは『死者蘇生』を成し遂げることだ」
「死者蘇生⁉」
「そうだ。……大戦が起きた日、それは私と妻の結婚式当日だった。彼女は私の光だった。誰とも心を分ちあうことができなかった私に、理解されることの喜びを教えてくれた。心を通わせることの喜びを教えてくれた。彼女は私の全てだった……。彼女を失った後、私は絶望の中でライプトと出会った。ライプトは教えてくれたのだ。複数のブレスギアの力を組み合わせれば、死者の蘇生が可能であると……!」
フェニックスは天を仰ぐようにして続ける。
背後から聞こえてくるとらの呼吸は、荒いままである。
「私は願った! もう一度彼女に会いたいと……! そして集めた! 同じように、愛する者にもう一度会いたいと願う戦士を! やがて我らは『死者蘇生』の鍵となるブレスギア——『魂掌握』のブレスギアを手に入れた。……しかし、そこで問題が発生した。そのブレスギア能力を使うには、想像を絶する『ブレスギア行使能力』が必要だとわかったのだ。私は絶望した……。だが、決して諦めることはなかった……」
背後のとらの呼吸が、少し整う。
「——とら、いけるか?」
「……うん」
「よし……。この一撃に賭ける」
俺は呼吸を整える。
「——だから私は集めたのだ、ありとあらゆるブレスギアを! そして見つけ出した! 『死者蘇生』という偉業の前に立ちはだかる高く大きな厚い扉、それを開くための鍵となる二つのブレスギア——『キーブレス』を! その中の一つ、『同一個体の生成と融合』の能力で作ったのがフレイム、お前だ! お前は私の願いにぴったりの器となってくれた! 我が身に宿り、我が願いの糧となれ‼︎」
「うるせぇ‼︎ フレイムフレイムって呼ぶんじゃねぇ! 俺の名前は、『風吾』だ‼︎」
俺は瞬間的に、今までの限界を超えた量のタスクライトを処理しトラを一気に巨大化させた。
それに合わせ、とらは最後の力を振り絞りフェニックス目掛けて飛びかかる。トラの跳躍は、誰の反応速度をも超えて、その牙をライプトのもとに届けた。
「噛み砕け‼︎ とらぁぁぁぁぁ‼︎」
「うおぉぉぉ‼︎」
——ドゴオォォン……‼︎
凄まじい衝撃音と共に、トラはライプトもろとも地面に飛び込んだ。
「やったか……⁉︎」
土煙で、すぐ目の前すら見えない。とらはもう体力を使い果たし倒れている。
俺は慌てて振り返り、横たわるとらを抱き抱えた。とらのビーストフレームは消え、残っているのは俺が万能粒子で作った外装部と右腕、それに両足を含む下半身だけである。
——その時、目の前で鋭い六つ光が灯った。ライプトの眼光である。
「——まずい‼︎ 離れ——」
「——遅い」
直後、俺たちを中心とする周囲の空間が「ぐにゃり」と歪む。『圧縮』能力である。
——グシャン。
一瞬のラグを経て、空間の歪みは残った外装もろとも空間を圧縮し切った。
やがて土煙が晴れると、フェニックスは何もなくなった圧縮の中心部から視線を右側に移し、笑みを含み口を開いた。
「……ほう、よく逃れたな。かなりの広範囲圧縮だったんだが……。どうやった?」
俺は、意識を失いボロボロとなったとらを抱き抱えながらフェニックスを睨んだ。
「爆弾を作り、爆風で飛んだ……‼︎ 即席のシールドでは、多少ダメージが入ってしまったがな……」
俺は、傷ついた手足でしっかりと彼女を支えた。離れたところに、俺たちを爆風から守った金属の板が転がっている。
「そうか……。嬉しいぞ、殺してしまったかと内心ヒヤヒヤしていたんだ」
フェニックスはビーストフレームを展開したまま、ゆっくりと近づいてくる。
俺は再度タスクライトを発動させ煙幕を作った。その隙に、彼女を少しで遠くに運びたかった。
しかし、空からフクロウが風を起こし、煙幕はすぐに払われてしまう。それどころか、ビーストフレームを失った俺たちはその風に巻き込まれ地面に叩きつけられてしまう。
俺は瞬間的に周囲にカプセルを生成し直撃から身を守るが、意識を失っている彼女は衝撃に対応することなく身体を揺らし、カプセル内部で頭を強く打ってしまう。
「——ああ!」
彼女の頭から、ゆったりと血が流れ出す。
そんな時、焦る俺の前にライプトが現れた。ビーストフレームが無い今、その頭は遥か上にあり、その牙はとても巨大に感じられた。
「……哀れだな。もはやお前に勝ち目はない、諦めろ」
俺は『万能粒子』を大量発生させ、それでライプトの外装を包む。次に、関節部を覆った『万能粒子』を硬質な物体へと変化させ、ライプトの動きを封じた。
「ほう……」
そのまま全身を覆う勢いで、タスクライトを処理する。
だが、フェニックスは顔色ひとつ変えずに、ライプトの一部をぬいぐるみサイズに戻すことで拘束から抜け出す。
「くっ……‼︎」
続けて俺は、ビーストフレームと同じ物質で出来た鋭い矢をつくり出す。それからその後ろに爆弾を生成すると、爆発させ爆風でライプトに向かって飛ばした。ビーストフレーム製の矢は勢いよくぶつかる。しかし、ライプトのビーストフレームには傷一つ付けられなかった。全身顕現のビーストフレーム相手に、爪先程度のビーストフレームの攻撃が通るはずもない。それどころか、矢を飛ばした時の爆風で俺たちが吹き飛ばされてしまう始末だ。
しかし、それでも俺は絶望には染まらなかった。染まってはならないと思っていた。
今ここで諦めたら、俺は一生『風吾』でいられなくなる。とらは、ここで命を落としてしまう。
翔助を取り戻し、フェニックスを倒す。俺のやるべきことは、それしかない……!
俺は、折れそうになる心を必死で支えた。
「……なんだ、まだ希望があると思っているのか? 無駄なことだ。なぜ戦う? なぜ抗う? 受け入れろ、お前は私のフレイムなのだ」
「うるせえ、俺の名前は風吾だ! シスターにもらったこの名に賭けて、絶対にお前に屈したりはしない……‼︎」
俺は銃を生成しライプトに向かって放った。しかしその弾は、フェニックスに届く前にあっさりと弾かれてしまう。
「……未熟だな。ビーストフレームに銃弾とは。だがそうか、シスター中山か……」
フェニックスはニヤリと笑い、俺の右耳を見た。そこについている、青い宝石のついたシスターのイヤリングを見た。
「お前に教えてやろうか。シスター中山の最期を……」
その言葉に、俺の心臓が音を立てる。
「お前を逃した後、あの女は私に銃を向けた。私がビーストフレームで武装していたのにも関わらずだ。まるで、今のお前のようにな……」
俺の視界に、必死で見ないようにしていた暗闇が押し寄せてくる。
「奴は私に対して、あの子を追わないでやってくれと頼んだ。しかも、私のやっていることを面と向かって否定してきたのだ。自分はこれまで従順に私の命令に従ってきたというのに、いきなりの手のひら返しだ、愚かしい! その上あの女、私から最も大切な『キーブレス』を託されていたのにも関わらず、それを私から奪い去ったのだ‼︎」
聞きたくなかった。その先にある結末を、言葉にして欲しくなかった。
「——私は奴を噛み砕いた! 奴は最後まで、私に屈しなかった。……私は悲しかった、ぐちゃぐちゃになった奴の死体の中から、無くしたと言っていたキーブレスの片割れが見つかった時には……。あの女は、この私にキーブレスを破壊させたのだ!」
その言葉を聞いて、俺の世界は真っ黒になった。
先程までの気概はもはやどこにもなく、俺はただ、絶望に染まった。
心のどこかではそう思っていた。だが、どこかで生きていると信じていた。
だが、シスターは死んでいた。フェニックスに、殺されていた。
……でも、もしかしたらそれは俺が——
「——お前のせいだ! お前が逃げたから、奴は死んだのだ!」
——俺が、逃げたから?
あの時俺が、外に行くことを選んだから、シスターは死んだのか……?
「お前が逃げたから、私は世界で最も貴重なブレスギアを失った‼︎ この怒り、何をしたって収めることができない。あのブレスギアさえあれば、私の夢はもっと早く叶っていたのだ! ……お前は償わなくてはならない。私と共に来い。そして私に吸収されることで、自身の罪を償うのだ。当然だろ? お前はシスターを殺した張本人なのだから……」
——そうか、俺が罪を償う方法を与えてくれるというのか……。ならば是非そうしてくれ。俺に罪を償わせてくれ。こんな苦しみからは、早く解き放たれたいんだ……
俺はとらを地面に寝かせ、フェニックスに向かって一歩を踏み出した。
*
——ねえシスター?
——なあに、風吾?
——これで僕、もう一度シスターに会えるかな……?
——…………
——シスター?
——風吾、後ろを見て?
——あれ? とらだ。翔助もいる。あそこにいるのは……ヴァイロンだ!
——あなたには、まだ生きる理由があるでしょ? だから、まだこちら側に来てはだめ。世界には、あなたの帰りを待っている人がたっくさんいるんだから。
——あれ? 店長さんだ。里美さんも珠子ちゃんも、村の皆もきたよ!
——忘れないで、風吾。私はいつでもあなたのそばにいる。あなたがどこに居ても、たとえあなたが私を忘れてしまったとしても、私はずっと、あなたを見守っているわ……
*
「——はっ!」
足が地についた衝撃で、俺は白昼夢から目を覚ます。
「今のは……」
不思議な感覚だった。俺はここにいて、誰とも会っていないはず……。
けれど、俺は確かにここではないどこかにいて、シスターと会っていた。これは比喩ではない。夢でもない、理屈もない。実感であり、確信だ。まだ人類が証明できていない、けれど確かに存在する世界の話だ。
俺は確かにそこでシスターと出会い、言葉をもらった。「生きろ」と。
俺の耳元で、イヤリングが優しく揺れた。
俺は目を閉じ、シスターを想った。
——ありがとう、シスター。
目を開くと、俺ははるか上に立っているフェニックスを睨んだ。
「ん? どうした、早く来い。共にお前の罪を償おうではないか……」
「……いかない」
「なに?」
「俺は、お前のもとへは行かない! 俺は、自分の罪を背負って生きていく。生きて、奪ったよりも多くを与え、無くしたよりも多くを見出す。そうやって、人としての罪を背負いながら生きていく……! 俺はもう、迷わない‼︎」
その瞬間、天から眩いほどの光が降り注いだ。
——否。俺の身体が光っているのだ。俺の胸を中心に、内側からどこまでも神々しく発光している。
「……なんだ、これ?」
俺は輝く全身を見回す。両手を顔の前にかざし、その光を目に焼き付ける。
フェニックスは、俺を見て固まっているようだった。
俺には、自分の身に何が起きているのかわからなかった。全身をみなぎる全能感が心地よくて、ただそれに身を委ねていた。
「——風吾」
ふと、胸の中から声がした。
俺は、自分の耳を疑った。その声は、二度と聞くことができないと思っていた、あのダンディな声だった。
「よく言ったぞ、風吾……」
胸の中から光が溢れ出し、白い象のぬいぐるみとなった。
「——ヴァイロン‼︎ どうして⁉」
聞いておきながら、返事など求めていない。俺はただそれを思いっきり抱きしめ、頬ずりをする。
「私にもわからない……。ただ、私の意識はずっと風吾と共にあった。ブレスギアが破壊された後も、風吾の中にいたんだ。自分でも、何を言っているのかよくわからないんだがね……」
「そうか……でもそうか! 生きていたんだな、ヴァイロン‼︎」
俺はもう一度、ヴァイロンを思いっきり抱きしめた。




