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第五章 3

 漆原翔助は、バルコニーから眼下に広がる景色を眺めていた。

 フェニックスの城にやってきてから三日以上が経過し、何の指令も与えられない、話す相手もいない。彼は退屈を極めていた。

「暇だ……」

 ふと、翔助は遠くで何かが光るのを見た。彼はその土煙に、目を凝らす。

 ——その時である。煙の中から、紫色の発光物が飛び出してきた。遠目からでも形がわかるほどに大きなそれは、虎の形をしたビーストフレームだった。

「——な⁉ とらちゃん⁉︎ ……じゃあ、風吾さんも⁉︎」

 翔助は駆け出した。全てを理解した訳ではない。だが、彼には確信があった。

 ——二人が来たのだ、自分を取り戻しに! そして戦っているのだ、フェニックスの部下と……!


「——フェニックス!」

 ドアを開けると、そこにフェニックスが居た。例の机と椅子だけの部屋で、額縁のある壁を向いて座っている。翔助は鬼の形相でそれに近づき、大声で怒鳴った。

「どういうことだ! あいつらには手を出さないという約束じゃなかったのか‼︎ なぜあいつらが戦っている‼︎」

「ああ、気づいたのか……。なに、奴らが私の大切な仲間を奪おうと攻撃してきたから、それに抵抗しているだけにすぎないよ。私から仕掛けた訳ではない。……だが、向こうから仕掛けてきた以上は徹底的に潰そうと思うがね」

 フェニックスのニヤリとした表情に、翔助は怒りをあらわにする。

「お前、最初からそのつもりで……‼︎」

 フェニックスは黙ったまま何も言わない。

「……お前がそのつもりなら、協力の件はなしだ。俺はあいつらの元に戻る!」

 その言葉を聞いて、フェニックスは立ち上がる。そしてそのまま翔助の前までやってくると、余裕たっぷりの表情を見せ口を開いた。

「好きにしろ……。だが、お前の戻る場所はここだけになる」

「くっ!」

「フッ。……来い、ライプト!」

 フェニックスはそのまま部屋を出て、バルコニーから外へ飛び降りた。

「待て……!」

 翔助がバルコニーから身を乗り出すと、凄まじい速度で地を駆けていくケルベロスの姿が見えた。

「クソッ……! 待ってろ風吾さん、とらちゃん。今行く!」

 翔助は胸元のペンダントを握りしめると、はるか下の地面へ向かって飛び降りた。


     *


「ほほ、これはこれは、恐ろしい強さですな……」

 すでに残っている敵はセバスだけとなり、それ以外の刺客は皆、ビーストフレームを砕かれ地に伏している。

 もともと強力な戦闘能力を持っていたとらのビーストフレームは、俺の万能粒子による強化と相性がとても良かった。万能粒子の弱点である一分ごとに訪れる隙も、トリル・ラクシャータの能力を使うことでカバー、次々と敵を撃破していった。

 ちょうど今、一分を迎えた万能粒子が消えた。

「頼む!」

「まかせて! くらえ、トラちゃんの吸い込み——トラブレス‼︎」

 目の前に空間に紫色の歪みが生まれ、前方の物体がそれに引き込まれていく。

 一分あればタスクライトを処理できるようになっている。彼女も成長しているのだ。

 セバスは、ゴリラの腕を地面に突き刺し引き込まれまいと抵抗する。

 ——が、必然的にそこに隙が生まれる。

「甘いわ! くらえ、トラちゃんの肉球——トラパンチ‼︎」

 すかさず、とらは引っ張られるセバスのビーストフレームに対してカウンターのパンチを繰り出す。

 万能粒子が切れて通常サイズに戻っているとはいえ、ノーガードで打ち込まれる一撃は確実にダメージを与える。そうしてダメージを与えつつ、吸い込み能力が消える頃には万能粒子が十分に生成され、虎のビーストフレームは巨大になっているというわけだ。

 技の名前については、今度一緒に考えてあげよう……。

「……これはさすがに、分が悪いですね」

「泣き言は終わりだ。俺たちはお前を倒すために来たんじゃない」

「フフ、確かに素晴らしい力ですが、果たしてこれで我が主を倒すことができますかね」

 セバスは片膝をついた状態でそう言う。そのビーストフレームはすでにボロボロで、頭からは血が流れていた。

 もはや抵抗する力も無い敵の言葉に、これ以上揺さぶりを掛けられるわけにもいかない。

「……話は終わりだ、沈め」

「ええ、終わりにしましょう。もう、時間稼ぎは十分のようですから……」

 ——次の瞬間、振り上げた虎の右腕が千切れた。いや正確には、トラの腕が肉球のあたりを中心に『圧縮』され、引き千切れた。

「——っつ! とら、退け!」

 虎のビーストフレームが一歩下がるのと入れ替わりで、ちょうど頭があった位置に球体の歪みが生まれ、そこにあった土埃を中心へと引き寄せた。

「この能力……、風吾これって!」

「ああ。ようやくお出ましだ……」

 遠くに巨大な黒い影が見えた。それは宙へと跳ね上がり、俺達の前に着地した。


「……久しぶりだな、私のフレイム」

 顕現率百パーセントの黒いケルベロスのビーストフレーム、その中から、あの低い声が聞こえてくる。

「……今度こそ、器として私に吸収される覚悟ができたのか?」

 フェニックスは、見下ろすような高い位置から俺に向かってそう言った。

 俺はその視線から目を背けず、まっすぐフェニックスを睨み返した。

「……残念ながら、別件だ。だがちょうどよかったよ。戦いの前に、お前に一言いってやりたいと思ってたんだ……」

 ……そう、俺はこの男に言わなければならないことがある。ずっとそうだったんだ。俺は逃げて、逃げて逃げ続けてきた。

 ——でも、今は違う‼︎

「翔助は返してもらう! そんでもってフェニックス、よく聞け! 俺の名前は風吾、風のように自由な男! 俺は俺の意思に従い、俺の道を阻むお前を排除する! フェニックス、お前は俺が倒す‼︎」

 言った瞬間、全身に電流が流れるような衝撃が走った。俺はみなぎるエネルギーを発散させないよう必死で抑え込む。

 俺が避けてきたこと。フェニックスとの対峙、自分が器として作られたという事実、向き合わなければならなかった宿命……。

 俺は、器の主たるフェニックスを打ち倒し、自分の呪われた運命を否定する。真に風吾として生きる道は、その先にしかないのだ……!

 ——迷いはもう、ない。


 俺はタスクライトを大量に処理し、千切れた虎の右腕の補填とビーストフレームの強化を行う。

 直後、紫の毛並みをなびかせ、トラは凄まじいスピードで目の前のケルベロスに飛びかかった。鋭い断裂音と共に、虎の爪がケルベロスの顔に三本の傷をつける。

 ——前は届かなかった一撃。それは、俺一人では決して届かなかった一撃。

 俺は隣でタスクライトの処理を続けるとらと顔を見合わせた。

「……訂正しなくちゃな。俺が、じゃない。俺たちが、だ!」


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