第五章 2
山から降りてくる間、俺たちは何も喋らなかった。
とらは俺の後ろにまたがり、俺の身体に両腕を回すようにして抱きついている。
運転の経験など無い俺だったが、基本的な知識だけ教えてもらうとすぐに走り出した。
道路整備すらままならないこの国の交通ルールはかなり曖昧で、取り締まりをする人間などいない。全て自己責任である。幸いなことに、俺には運転のセンスがあったらしい。
移りゆく景色を目に泳がせながら、俺たちは進み続けた。
やがて山を降りると、のどかな平野や住宅の跡が見られるようになった。
「……トイレとか大丈夫か?」
「…………」
「……とら?」
「……ぷっ、アハハ、あ〜沈黙きつかったなぁ〜! 風吾何にも話さないんだもん!」
「……じゃあ、何か話すか」
「フフ。うん、そうだね!」
そうして俺たちは、そこから他愛もない会話を延々と続けた。
どれくらい時間が経っただろう。周囲はすっかり瓦礫だらけになり、俺たちの前に『フジシャク方面』と書かれた看板が現れた。俺は、レジスタの城が近いことを知った。
「……ありがとな」
ふいに俺は口を開いた。
「え、何が?」
「とらがいてくれてよかった……。今回のことも、もっと前のことも。弱っていた俺がもう一度立ち上がれたのは、とらが支えてくれたからだ。ありがとう」
彼女から返事はない。ただ、俺の身体を抱く彼女の腕の力が少し強くなった気がした。
「……急にそんなこと言われると、照れる」
「ダメだったか?」
「ダメじゃないけど……、もう!」
背中にポン、と物体が衝突する。……叩かれた。
「……あの夜、とらがかけてくれた言葉に俺は力をもらったんだ。俺は、あの言葉に報いるような人間でありたい。だから、見ててくれ。ちゃんと責任、取ってみせるよ……!」
俺の言葉に、彼女は息を漏らした。彼女はそれから両腕で俺を強く抱きしめると、頭をそっと俺の背中に預けた。
「……見るだけじゃ嫌。私も一緒に、戦うよ」
その言葉に、俺はフッと笑った。
「そうだな。それに翔助もいる。みんなで一緒にここを出て、旅を続けるんだ。……アイツをぶっ飛ばしてな‼︎」
俺はバッと顔を上げ、空から飛んでくる巨大な瓦礫を見上げた。
「——なっ!」
「しっかり捕まってろ!」
俺はタスクライトを大量発動、処理し、同じくらいの大きさの物体をぶつけた。
「……お出ましだ」
地平線が見える瓦礫の荒野、その上に広がる晴れた空に、三十人以上の人影が見えた。奴らを宙に浮かべているフクロウのビーストフレームは、その中の一人のものだろう。男女混ざったその精鋭たちの中には、セバスの姿も見えた。
俺はバイクから降り、とらもそれに続いた。敵の襲来に気付いたのは俺の方が先だったが、彼女の顔はすでに戦闘モードに切り替わっていた。
「……頼もしいね」
俺は自分がいつの間にか、左手首を握りしめていたことに気づく。
……まったく、情けない限りだ。やっぱりそう簡単に受け入れられることではないみたいだよ、ヴァイロン……
俺は心でそう呟き、少し笑った。
「……ちょうどよかったよ、セバス。お前たちの城に向かうところだったんだ」
「ほう、我々の城に……? 一体なんの御用でしょう?」
「わかりきったことだろ……。翔助は返してもらう!」
俺の言葉に、セバスは眉をピクリと動かす。奴はそのまま、梟のビーストフレームから飛び降り地上に降り立った。他の刺客達もそれに続く。
「……フェニックス様はおっしゃりました。翔助様はすでに我らの仲間であり、それを奪おうとする賊に対して容赦は無用だと」
次の瞬間、セバスを含む敵全員がビーストフレームを展開する。
さすがフェニックス直属の部下達、平均顕現率は六十パーセント近い。ゴリラ、フクロウ、オオカミ、ワニ、イノシシ、クマなど、様々なビーストフレームが俺たちの前に立ちはだかる。
それを受けて、俺たちもブレスギアを構えた。
「……想定とかなり違う状況だけど、大丈夫か?」
俺は正面を向いたまま、横で髪を束ねるとらに声を掛ける。
「愚問よ、いつでもいける……‼︎」
「よし……‼︎」
話し合いの結果たどり着いた新たな戦闘スタイル、実践だ……!
「ビーストフレーム、展開‼︎」
とらの叫び声と共に、紫の虎のビーストフレームが出現する。それと同時に、俺は大量の万能粒子を発生させ、それをトラのビーストフレームへと転換していった。
そう、これはかつて俺がヴァイロンとやっていたこと。万能粒子によるビーストフレームの超強化である。
俺はトラの中に入り、さらに巨大化作業を続ける。
トリル・ラクシャータのビーストフレームはみるみるうちに大きくなり、やがてそれは擬似的な全身顕現に到達、さらに膨らむ全身は相手の二倍ほどの大きさになった。
巨大な虎は、敵を睨みつけ大きく吠えた。
——開戦の合図だ。
「さあ……、道を開けてもらおうか‼︎」




