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第四章 2

 目の前にはハンバーグや唐揚げ、煮物などの料理が並べられている。

 生活感のない旅館の和室、その畳の上に設置された低い机の前で、俺は黙ってあぐらを組んで座っていた。

「さ、どうぞどうぞ、食べてください!」

 正面に座る里美さんは笑顔でそう言った。その両隣には珠子ちゃんをはじめとする村の子供達と、村の長と思われる老婆が座っていた。

 彼らは皆温かい目をして、何やら感謝の言葉を伝えているようだった。

 俺は黙ったまま、その様子をぼんやりと眺めた。

「ありがとうございます! いただきます!」

 隣に座るとらが、高いトーンでそう言った。彼女は持ち前の明るさと人当たりの良さで、この会を用意してくれた村の人達との会話を続けた。

 俺はその隣で、ただ黙って座っていた。正直、何も食べる気分ではなかった。


 ——どこかの部屋で目を覚ました俺は、とらから大まかな成り行きを教えてもらった。

 あの戦闘からすでに丸一日が経過し、俺はその間ずっと、このハヤガキ温泉にある旅館の一室で眠っていたらしい。あの戦闘の後、とらは俺を旅館に預け、大量の物資をリアカーであの村まで運んだのだという。村の人々は確実に元気を取り戻しているらしく、事情を聞いた里美(さとみ)さんと村長さんは俺達に少しでもお礼を伝えたいと、こうしてわざわざ山の上にあるハヤガキ温泉までやってきてくれたのだ。目の前にある料理も、里美さん達がこの旅館の厨房を借りて作ったものだそうだ。

 里美さん達が料理を作っている間、とらは俺に、翔助からの伝言を伝えてくれた。俺はそこで初めて、彼が俺たちを守りフェニックスと共に行ってしまったことを知った。

 俺は、ヴァイロンが完全に消えてしまったこと、そしてフェニックスに完膚なきまでに敗北したという事実を突きつけられた。


 ……俺は結局、アイツに縛られたままだったのだ。宿命から逃げ続けて、その中で見つけた光を自分の道だと、自分を生きていることだと信じていた。

 しかし結局、本当の意味で自分を生きてはいなかった。フェニックスに縛られてはいないということを自分にアピールするように生きていた。それはまた、ある種のとらわれだったのだ。


 恩人たちへの感謝の気持ちだという料理たちが、俺の視界を埋め尽くしている。

 だが、そんなものどうだってよかった。何もする気にならず、かといって眠って意識を飛ばすこともできなかった。

 時折里美さんが俺に話しかけてきているようだったが、俺はそれを聞き流していた。

 とらが、そんな俺に代わって言葉を返してくれていた。

 どれくらい時間が経ったのか、一通り食事が終わり、里美さん達は部屋を出る支度を始めた。すると、見送りもせずにうつむいている俺のもとに、村の子供達がやってきた。

「……お兄ちゃん、ありがとう! 僕たちを、助けてくれて!」

「「ありがとう!」」

 子供達はそう言うと、ピューっと里美さんの方へと駆け戻っていった。

 俺は眉一つ動かさずにそれを聞き、そのままの姿勢でドアが閉まる音を聞いた。


 中野さん達が出ていき、部屋には俺ととらだけが残った。

 俺は変わらずの姿勢でただ黙っていた。とらはその周りで、何やら荷物を整理したりしていた。やがてその作業が終わると、とらは黙って俺の正面に座った。

「……元気出た?」

「……いや」

「そう……」

 特に驚いた様子もなく、とらは湯呑みに入ったお茶をすする。

「……これから、どうする?」

「…………」

「どうすれば、翔助を取り戻せるかな……」

 彼女の言葉に、俺の中でわずかに感情が揺れる。

「……無理だ」

「え……?」

「翔助を取り戻すなんて、無理だよ。相手はあのフェニックスだ、勝てるわけがない」

「そんなのわからないじゃない、だって——」

「——無理だ‼︎ アイツに挑んだって勝てやしない‼︎」

 苛立ちのような感情がこもった声が、彼女の身体をこわばらせた。突然出た大声に、俺自身も少し驚いた。

 俺は一言「ごめん」と言うと、改めて口を開いた。

「……勝てるわけがないんだよ。もう、ヴァイロンはいない。アイツに壊されてしまった。ヴァイロンがいた時でさえ負けたというのに、今さらどうやって勝てっていうんだよ……」

「……それなら、私が戦う! 私がいれば——」

「——勝てるとでも? まだ能力すら満足に使えず、ビーストフレームの性能だけに頼ってきた未熟者が、国内最強クラスのブレスギア使いを相手に、勝てるとでも言うのか?」

 自分の口から紡がれたとは思えないほど、その言葉は毒々しく棘があった。

 これを聞いて、彼女の表情にも影が入る。

 だが俺は止めることができなかった。何もかもズタズタに切り裂いてしまいたかった。

 ……自分自身を、否定してしまいたかった。

「それは……。でも私にだって、きっと何かできることが——」

「——無理だ。お前にできることなど何もない。俺だってそうだ! 俺にできることなんて、もう何もないんだよ……! 俺にできたのはせいぜい、与えられた命の中で愚かにも自由を感じて生きることくらいだった! でもそれも所詮は仮そめ! 俺はやっぱり、フェニックスの器として生きるしか無かったんだよ!」


 ——パンッ‼︎


 大きな音と共に、視界が揺れた。後から遅れて、頬のあたりにじんわりとした痛みがやってきた。

 とらは片手を机について膝を立て、こちらに向かって身を乗り出している。

 俺の頬を叩いた右手は、その軌道の執着地点で静止し、わずかに震えていた。

 俺は、驚いた顔のまま自分の左頬に触れた。

「——ふざけないでよ……!」

 彼女は息を荒げて俺を睨む。その目にはわずかに涙が溜まり、やがてそれが彼女の滑らかな頬をつたった。

「……じゃあ、これまでの日々は全部うそだったというの⁉ 全部、フェニックスから逃れるための逃げの行為だったと、そう言いたいの⁉︎」

 彼女は俺の目を見つめたまま立ち上がった。

「そんなわけないじゃない! あなたは私を助けてくれた……。私は、風吾に助けられたの! この村の人達だってそう、翔助だってそう。……何がフェニックスの器よ、そんなの知らない! 私はずっと見てきた……。他でもない、あなたを見てきた! 例えあなたが自分を否定しようと、私は私の見てきたあなたを肯定する……‼︎」

 彼女の言葉に俺は言葉を失う。

 彼女は涙をたくさん溜めた目で俺を睨むと、大きく息を吸って口を開いた。

「さっさと立ち上がって‼︎ あなたが私を立ち上がらせたんだ! 責任とってよ……! ここから立ち上がって、翔助取り戻してフェニックスぶっ飛ばして、自分の運命に決着をつけてよ‼︎」

 そう言い放って、とらは部屋を出ていってしまった。

 彼女がドアを閉める音が大きく部屋に響き渡り、俺はしばらく顔を上げたまま、彼女が出ていった方をじっと見つめていた。


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