第一章 「気まぐれ」
かつて、大災害で荒廃した大地の上に、一人の男が立っていた。
男には「夢」があった。
それは、自分の全てを捧げてでも叶えたいと思えるほどに、大きな夢だった。
——だが、男はその夢を叶えるだけの能力も才能も、持ち合わせてはいなかった。
男は、自身の無力さを呪った。
だが、それでも男は「夢」を諦めることができなかった。
——ある時、男は自身の「クローン」を生み出した。
それは、男の執念だった。
男はそのクローンに、ありったけの教育をほどこした。
自分の「夢」を叶えるために必要な能力を、クローンに身につけさせようとしたのだ。
男はクローンに多くの知識を与え、そして多くの厳しい訓練を課した。
全ては自身の「夢」を叶えるため、男は最大限の努力をした。
クローンに対しては自身の延長という認識を持って接し、同じ熱量で「夢」へ向かって努力することを強要した。
やがて、クローンは男の期待するとおりに成長し、「夢」を叶えるために必要なだけの能力を身につけた。
多くの時間と労力を費やし、ついに男は「夢」を叶えるためのカードを手に入れたのだ。
——そんなある日、事件は起こった。
従順に自分に従っていたはずのクローンが、手間隙かけて育て上げた、「夢」を叶えるために必要なパーツであるクローンが、男のもとから逃げ出してしまったのである。
男は怒り、悲しみ、そして焦った。
男はすぐに追手を手配し、クローンを探した。
しかし、どれだけ探し回っても、男はクローンを見つけることができなかった。
——それから二年。クローンは今もなお、逃走を続けている。
*
——パキーン‼︎
ガラスが割れるときのような高い音とともに、目の前の「オオカミ」が砕け散る。
——否。正確にはそれはオオカミではなく、オオカミの形をした「ステンドグラス製の巨大モニュメント」のような何かである。
半透明の赤いガラス板で作られたような質感の、オオカミの巨大モニュメント、模型、着ぐるみと言ってもいいかもしれない。中にいる人の意思で自由にうごかせる、硬くて強い、大きな着ぐるみのような物体。
『ビーストフレーム』——目の前のオオカミは、そう呼ばれるものの一種である。
オオカミはそのまま後方に吹き飛ばされ、瓦礫の山に衝突したところで消失した。
——パアァァ。
次の瞬間、俺の周囲を囲んでいた白濁色の透明な壁が、淡い光を放って視界から消えた。
目の前にはまだわずかに土煙が舞い、舗装されていない地面は所々深くえぐれている。
周囲に広がるのは崩れた建物の瓦礫などが積み重なったまま放置されている丘で、それがデコボコとした歪な地平線を形成している。
俺は視線を落とし、倒れている七人の警察官たちを見た。
紫色の制服を着た彼らは、全員気絶し意識を失っているようだ。
俺はその中の一人——吹き飛ばしたオオカミの中から出てきた男——に近づき、手のひらに握られたペンダントを奪い取った。
銀色のチェーンに、「シルバー」と「メタリックブルー」の二つのリングが絡まるようにして通されている。
ボロボロの周囲の状況とは裏腹に、そのペンダントは傷一つなく綺麗に輝いていた。
——やはり『ブレスギア』である。
「さて……」
俺は身体を一八〇度回転させ、後ろを見た。
その視線の先に一人の若い男がいた。壁に寄り掛かるようにして座り込んでいる彼の年齢はおそらく十八歳前後、その全身は泥で汚れている。黒いジーパンに白いTシャツ、茶色のワークブーツを身にまとい、近くには彼のものと思われる薄汚れた大きなリュックサックが転がっている。
泥と土煙ですっかり薄汚れた顔だったが、目元から顎にかけて形成された複数のラインと充血した目が、彼が先ほどまで大量の涙を流していたことを物語っていた。
俺は警官から取り戻したペンダントを手に、呆然と座り込む彼に向かって歩み寄った。
「——はい、お前の。大切なものなんだろ?」
俺がペンダントを差し出すと、それまで心ここにあらずという感じだった男は急に我を取り戻し、そのペンダントを胸に押し当てた。
やはり、このペンダントは彼にとってよほど大切なものだったようだ。
「……え〜と、大丈夫?」
「——あの! ありがとうございます……‼︎」
何か優しい言葉を掛けようとした俺を遮って、男はお礼の言葉を口にする。
その目には涙が溢れ、顔には安堵と開放の感情が溢れていた。
その言葉を聞いて、俺は笑いかけるよう口を開いた。
「いいよ、気にしないでくれ。それより——」
「——名前‼︎ あなたの名前、教えていただけませんか……?」
男は思い出したようにふたたび顔をあげ、俺に尋ねてきた。
その言葉に、俺は左手を顎につくようにして考えるポーズをとる。
それから、今度はカッコつける時のように堂々と、ニヤリと笑って口を開いた。
「——俺の名前は風吾。夢を探して旅してる、風のように自由な男さ」




