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第三章 「ロング・タイム・ノー・シー」

「お、煙だ! 建物も見えるぞ!」

 ビーストフレーム化したヴァイロンの頭の上で、翔助が声をあげた。

 前方に見えるのは比較的小さな町、村という方が適切かもしれない。ハヤガキ温泉までの地図は全て記憶しているが、この場所には特に何もなかったはずだ。

 ということは、かなり小規模な集落なのだろう。

「……風吾、なんだかテンションが低いんじゃない?」

 うつむく俺の顔を、とらがそっと覗き込んできた。

「……ひょっとして、昨日のことを恥ずかしがってるの?」

 彼女の一言に、俺は顔から感情を消す。

「確かにびっくりしたけど、別に恥ずかしがるようなことじゃないと思う。なんでか分からないけど涙が出た、それってとても素敵なことだと思うから……」

 彼女のフォローが余計に胸に刺さる。

「……私は昨日の風吾、好きよ」

 とらはポソっとそう言った。俺はそれを聞いて、なんだか胸が軽くなる。

 ……そうか、二人は受け入れてくれていたのか。自分でも驚くほどの奇行に、たいそう不気味がられているのではないかと心配したが、俺の思い過ごしだったようだ。

「……ありがとな、少し元気出た」

 俺はそう言うと、フッと笑った。

「そ、そう! 良かったわ!」

 彼女はそう言って翔助の方に駆けていった。


「——風吾さん! ちょっと来てくれ! 何か変だ!」

 村の側まで来た時、翔助が大きな声で叫んだ。俺はすぐに、翔助が指差す方を見た。

「——あれは!」

 そこには、一人の少女が倒れていた。少女は顔を青くして、うつ伏せに地面に横たわっている。周囲には彼女のものと思われる布のカバンが落ちていた。

 俺たちはすかさずビーストフレームから飛び降り、彼女のもとへ駆け寄った。

「大丈夫か⁉︎ しっかりしろ!」

 翔助が、彼女の身体を抱き抱えながら呼びかける。とらもそれに続いた。

 近くで見ると、少女の年齢は十歳ほどで、ひどく衰弱しているのがわかった。

「……翔助、『再生』は使えないのか?」

「『再生』はあくまで復元能力であって、治癒能力じゃないんだ。この子には目立った外傷も見られない……。下手に使うと、逆効果になるかもしれない」

「——あっ! 目を開けた!」

 とらが彼女の目覚めに気づき、視界の中で手を動かし意識を確認する。

 少女は目をうっすらと開き、周囲を見渡した。

「……お兄ちゃん、どこ?」

 彼女はそれだけ呟いて、再び目を閉じた。

 俺たちは目を見合わせ、彼女をどこか安全な場所に運ぼうとする。するとその時——

「タマコ〜! 大丈夫〜⁉︎」

 向こうから一人の三十代くらいの女性が駆けてきた。その女性は俺たちのもとまでやってくると、バッと少女を奪い取り、俺と翔助に平手打ちをした。

「——痛っ! なんで⁉︎」

 突然のことに翔助は驚き叫ぶ。俺も同じ気持ちだった。

 ビンタをしてきた女性は少女を抱え立ち上がり、俺たちを強く睨んで叫んだ。

「この子に乱暴なことはさせないよ! とっととこの村から出ていけ‼︎ この、疫病神ども……‼︎」


     *


「……いやあ、ごめんごめん! てっきり特殊警察か『プロト』の人間かと思ってね」

 俺たちに平手打ちを食らわせた女性——小川里美(おがわさとみ)さんは、手を頭の後ろにやってアハハと笑いながらそう言った。

 俺たちは里美さんに連れられ、彼女と彼女の娘である小川珠子(おがわたまこ)ちゃんの家にやってきていた。家といっても物置を改造したようなワンルームで、トイレやお風呂、炊事場は共同のものを利用するのがこの村の生活スタイルらしい。一応電気は通っているが、家電などが多いという印象は全くなかった。

 俺たちは、珠子ちゃんが寝ている布団の横であぐらをかいて座った。とらは綺麗な正座だ。

 部屋には窓がひとつにテーブルが二つ。ひとつには食事などに使うお皿や食器が並べられ、もう一つには男の子の写真が飾られていた。

 俺がその写真を見つめていると、里美さんが眠っている珠子ちゃんのおでこを撫でながら口を開いた。

「……それは、この子のお兄ちゃんの写真なの。ケイタっていってね……。珠子は、お兄ちゃんが大好きだったんだ……」

 里美さんは、わずかに瞳を震わせながらそう言った。

 状況から導き出される出来事に、俺たちは神妙な面持ちで口を閉ざした。

「……ケイタが死んだのは、五日前だった。隣に住んでいる達郎おじさんが亡くなったのもそう……。皆、あの毒にやられて死んだの……」

 里美さんは窓の外を見て、唇を噛み締めながらそう言った。

 俺はその言葉に、慎重に口を挟む。

「……あの毒、っていうのは?」

 里美さんは俺の方へ振り返り、ゆっくりと口を開いた。

「……特殊警察の男が置いていった、汚染物質だよ。ブレスギア製のね……」


 里美さんの話はこうだった。

 この村は元々、『プロト』というテロリスト集団が頻繁に出入りしていたらしい。だが特に被害を受けるわけでもなく、むしろ友好的な関係だったという。

 しかし二ヶ月前、一人の特殊警察官がプロト関係の調査のためこの村にやってきた。頬に刻まれた二本の切り傷が印象的だったという。

 二本傷の警官はこの村を一通り調べると、村の一番奥にある『(ほこら)』の前にブレスギアで巨大な砂山を置いた。その砂山は近づくものを拒み、その毒で殺した。ビーストフレームの武装さえ意味のなさない強力な毒の影響で、やがて誰も祠には近づかなくなった。

 二本傷の男が去った後、村の人々が次々に不調を訴え始めた。砂山の毒が、村全体に漏れ始めたのだ。村人は何度も特殊警察に問い合わせた、だが一向に相手にされず、やがて春を待たずして、村人の中から死者が出始めた。

 そんな時、あの砂山をどうにかしようと立ち上がったのがテロリスト集団である『プロト』の人間だった。男達は、必ずどうにかしてみせると約束してこの村を出ていった。

 それからおよそ五週間、村人達は彼らの言葉を信じて待ち続けているのだと言う。


「——何よその話!」

 話を聞いていたとらが、感情を荒げてそう言い放った。

「……特殊警察の人間は、そんなことをするの? 何が政府直属の治安維持機構よ!」

 怒る彼女を、俺たちはなだめた。

 ……だが確かに変だ。理由がわからない。一体なぜ、男はそんなことをしたのだろう。この村の人間を殺すのが目的だったなら、方法は別にいくらでもあったはずだ。

 だが彼はまず、祠を封鎖した。もしかしたら、そこに何かがあったのかもしれない。真実を確かめるのには、祠を見に行くのが一番早そうだ。

 俺がそんなことを考えていると、眠っていた珠子ちゃんが目を覚ました。

「……おじちゃんはね、タマコに約束してくれたの、必ずあの砂山をどうにかしてみせるって……」

 彼女は弱った声で、俺たちにそう言った。もしかしたら、途中から話を聞いていたのかもしれない。

 まだ幼い彼女にとって『プロト』の人間は希望の光なのだろう。彼女だけではない、この村の人は皆信じているのだ。彼らが戻ってきて、この酷い状況を変えてくれることを。

「……そうか」

 俺はそう言って、珠子ちゃんの手を取った。すると、彼女は少し笑った。

「……おじちゃんね、言ってたの。もうすぐとっても強いブレスギアが手に入るんだって。それがあれば、あの砂山もこの村の毒も、み〜んな吸い込んでお掃除できるんだよ」

 ——彼女の言葉に、俺たちに戦慄が走った。

 吸い込む能力? もうすぐ手に入る?

 与えられた全ての情報が、ひとつの解を指していた。

 しかし、俺は内心でそれを否定する。

「……里美さん、『プロト』ってのは、どんな連中なんですか?」

 隣に座っていた翔助が尋ねる。おそらく彼も、同じ結論に辿り着こうとしているのだ。

 奥に見えるとらはうつむき加減で大きく目を開き、何か知ってはいけない真実を知った時のような、ショックを受けた顔をしていた。

 ——否定して欲しかった。そんなことはないと。

 だが、真実は残酷にも里美さんの口から告げられる。

「どんな連中? そうね……そこまでは大きくないけれど、立派な反政府組織よ。ブレスギアもそれなりに保有していて、最近では少し注目されるようになってるらしいわ。全員スーツに赤いバッチをつけていてね……。そうだ、この間来た時には『レジスタ』がどうたらって言ってるのを聞いたわ」

 その言葉で、俺たちは全員黙り込んだ。誰も口を開けなかった。

 ……なんてことだ。俺たちは奪ってしまったのである。この村を救うはずだったブレスギアを、この村を救おうとしていた人たちから。


     *


 ——パキーン

 ガラスが割れるような高い音とともに、とらの目の前でタスクライトが弾けた。

 続けて彼女の目の前に小さな渦が発生し、周囲のものはその歪みに吸い込まれていく。

「……やった」

 彼女は静かに呟いた。初めて、能力の発動に成功したのある。

 しかし彼女の顔は暗く、目や口元には疲れが見えた。彼女は徹夜で、タスクライトの処理を習得したのである。


 この村についてから一晩が経ち、俺たちは祠の前へとやってきた。

 そこには、俺の身長の二倍はあろうかという高さの砂山があった。紫の砂でできたそれが放つ禍々しさは、俺たちの心境を投影しているようだった。

 俺たちはビーストフレームをも侵食する砂山の攻撃から身を守るため、少し離れた場所でビーストフレームを展開し待機した。とらはその中で、タスクライトの処理をする。


 ——パキーン、ヒュオォォー


 タスクライトが弾け、出現した風穴が砂山を削り取っていく。しかし、現在の彼女のレベルでは一度で全てを吸い込むことはできず、何度も何度も繰り返し能力を発動させ、少しずつ吸い込んでいくしかなかった。

 やがて完全に砂山を除去する頃には、作業開始時には真上にあった太陽もすっかり傾き、夕方になっていた。


「……何やってるんだろ、私」

 作業を終え大きな岩の前に腰掛けていた時、彼女がぽつりと呟いた。砂山の撤去に成功したというのに、彼女の顔には喜びのカケラもなく、そこにあったのは疲労感と罪悪感で憔悴した顔だった。

「……私があの時このブレスギアを奪わなければ、あの男達は私達よりもずっと早くこの村に来てこの砂山を除去してた。私が何もしなければ、ケイタ君は死ななかった……!」

 彼女は赤い宝石のついた髪留めを見つめ、右手で思いっきり握りしめた。

 俺は何も言えなかった。

「で、でもさ! とらちゃんがあの時ブレスギアを奪ってくれなかったら、俺たちは皆あそこで終わってたんだって! それに、仮に俺らが奪わなかったとしても奴らが能力を使えたかはわからない……。だから、とらちゃんの行動は間違ってなかったんだって!」

「——そんなのわからないじゃない‼︎」

 翔助のフォローに、とらは立ち上がり叫んだ。

「……私が助けなくったって、風吾たちならきっとどうにかしてた! 能力だって、私は使えるようになるまで一週間以上かかった。彼らならもっと早く使えてたかもしれないのに……。私のしたことは、間違いだったのよ……」

 その言葉に翔助は口を閉ざし、彼女はその輝く両目から涙を流した。

 俺は、何も言えなかった。同様の想いは、俺の中にもあったからだ。


 俺があの時彼女を守ったから、取引に首を突っ込むことを決めたから、こんな結果を引き起こしてしまったのかもしれない。

 全ては良いように進んでいると思っていた。しかしその裏では、少なくとも一つの命が奪われていた。俺の起こした行動のせいで。

 ……俺はまた一つ、「罪」を背負ったのだ。


「——風吾、ちょっと来てくれ。この岩、何か変だ」

 暗闇に飲まれそうになる俺に、ヴァイロンが声をかけた。見るとヴァイロンは、村人が『祠』と呼んでいた大岩を鼻で指していた。

「……なんだ? どうした、ヴァイロン」

「この岩、中が空洞になっている。中でどうやら、コンピュータのようなものが動いているんだ。おそらくは、店長さんの隠し倉庫と同じ類のものなのではないか?」

「なに⁉︎」

 俺は近づき大岩を叩く。それは至って普通の岩だった。しかし、ヴァイロンはとても優れた聴覚を持っている。ヴァイロンが言うのなら、中は間違いなく空洞なはずだ。

「ヴァイロン、壊すぞ」

 その言葉でヴァイロンはビーストフレームとなり、俺はタスクライトを発動させた。そうして巨大化した象の鼻で、この大岩——祠を思いっきり叩いた。


「……どうやら、ヴァイロンの言う通りみたいだな」

 ビーストフレームで思いっきり叩いたにも関わらず、目の前の大岩は ビクともしていない。これは普通の大岩ではなく、ブレスギアによって作られた大岩だということだ。

 俺たちは、この『祠』の調査を開始した。

 しかし、いくら探しても中に入る方法は見つからなかった。

 仕方なく俺たちは村に戻り、里美さんや村の人に砂山を撤去できたことを伝えた。

 村の人々は歓喜し、俺たちにありったけの感謝を伝えてくれた。

 一方の俺たちは、今もまだ弱ったままでいる人たちを一日でも早く元気にしたかった。そのため、村に不足している食料や薬などの物資を集めてくることにした。

 村の人々は遠慮したが、俺たちはいても立ってもいられなかった。何かをしなければ、押しつぶされそうだった。

 そうして俺たちは、本来の目的地であったハヤガキ温泉にやってきたのだった。


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