間章 2
周囲から建物の影が減り、少しずつ緑が増えてきている。少しずつだが、標高も上がっているようだ。目的地である温泉街は、あと山二つ越えた先だろうか。
あの町を出てから一週間。俺たちはのんびりと、目的地であるハヤガキ温泉に向かって歩みを進めていた。
とはいえ、そこまでハードな旅でもない。俺たちはただ、ビーストフレーム化したヴァイロンの背中に乗ってくつろいでいればいいのだ。
大変なのはヴァイロンと、ビーストフレームを展開し続けなくてはならない俺くらいのものだ。
「すげえな風吾さんは……。普通、ビーストフレームってそんなに長時間展開してられるものじゃないだろ」
日もすっかり落ち、暗くなった山道の脇で焚き火を囲んでいると、翔助がそう呟いた。
「鍛え方が違うんだよ……」
「風吾の体力は、無尽蔵だからな」
「そっか……、俺も結構鍛えてる方なんだけどなぁ! もっとトレーニングするぜ‼︎」
「まあ翔助の場合、ビーストフレームが重要になることはほとんどないから大丈夫だろ。それより大事なのは、とらの方じゃないか? とらは、体力には自信あるか?」
そう言ってとらの方を見ると、彼女は難しい顔をして、俺が万能粒子で作ったルービックキューブをガチャガチャといじっていた。
「え? なに?」
「……いや、とらは体力自信あるのかな、って思ってな」
「体力? 体力には結構自信あるよ! 昔から走るのとか木登りとか好きだったし。あ、でも泳ぐのは苦手かも。……っていうか、これ難しすぎ!」
彼女は顔を天に向けてため息をつく。
次の瞬間、時間切れとなったルービックキューブが光となって消える。
「……タスクライトの処理は、まだまだ出来そうにないな」
「はぁ……。なんでトラのタスクライトはルービックキューブなんだろ。ヴァイロンちゃんみたいに、計算系だったら良かったのに」
「そればっかりは仕方ないさ。それに、同じブレスギアを使ったって人によってタスクライトの見え方は違うんだ。仮にとらがヴァイロンを使ったとしても、タスクライトが何になるかはわからないよ」
「はぁ……。もう一回! もう一回出して!」
とらはなんだか悔しそうな顔をして、俺に次のキューブを要求する。
「でもそうか、とらちゃんのタスクライトはルービックキューブなんだな……。それだと、どういう風に難易度が上がるんだろ」
「ん〜、制限時間とかじゃないか? もしくは解くキューブの数が増えるとか。キューブの形が変わるとかだったら難しいな、四×四になるとかでも厄介だ」
「え⁉︎ そんなのできる気がしない……」
とらは肩を落とす。しかし、その手元にあるキューブは一面が揃っていた。完全一面は難なくこなせるようになっている。いずれは全面揃えることもできるようになるだろう。
「……でもそれで言うと、やっぱり風吾さんのタスクライトは結構難しいんじゃないか? 計算問題なんて、いくらでも難しくできるだろ?」
「いや、そんなことないよ。確かに、万能粒子を何に変換するかでタスクライトの難しさは変わるけど、俺からすればどれもたいして難しくない」
「いや、そりゃ風吾さんだからだろ……」
呆れているのか感心しているのかわからない表情の翔助の肩を、ヴァイロンがそっと叩いた。
「風吾ほど私の力を引き出せる者はそういない。まさに私の、ベストパートナーだよ」
「ヴァイロン……」
「へへ、羨ましいねえ……」
俺たちの間にしばらく沈黙が流れる。
しばらくして、翔助はが再び口を開いた。
「……こう言ったら変な感じだけどよ、風吾さんがこうやってヴァイロンと強い相性を手に入れられたのは、フェニックスのもとで訓練を受けてたからだよな。そう考えれば、その時間もあながち悪い意味ばかりじゃないんじゃないかな……」
翔助の言葉に、俺は驚く。
「いや、それは……」
「……そうね。風吾がこんなに強くなかったら、私はとっくに死んでいたかもしれない。私だけじゃない。風吾に助けられた人は沢山いる」
「それは全部、風吾さんの力だぜ……! 俺たちは風吾さんに助けられた。たとえその力がフェニックスに与えられた物だとしても、関係ねぇ! 俺たちはそれも全部ひっくるめた、今の風吾さんを見てるんだ! そして、ついていこうと思ったんだ!」
翔助の言葉にとらもうなずく。
俺は、きっと呆気にとられたような顔をしていたと思う。でも、俺には自分の顔がわからなかった。感情がわからなかった。
ただ……、受け入れられた気がした。
「……え⁉︎ 風吾さん⁉︎」
「どうしたの? 風吾」
「……え?」
二人に驚かれ、俺は自分が泣いていることに気づいた。
「……あれ、なんだこれ? あれ、あれ?」
ぬぐってもぬぐっても、それは溢れて止まらない。感情が乱れ、冷静な思考ができない。俺は早くいつもの平静に戻ろうとする。だが、自分でも不思議なほどそれがうまくいかない。
——やがて俺は、それを諦めた。
「……風吾」
泣きじゃくる俺を、ヴァイロンは優しく包んだ。その温もりが、さらに俺を狂わせた。
「風吾……」
「風吾さん……」
とらと翔助も、そっと俺の背中を撫でる。
「俺は……うう、俺はぁ……‼︎」
町あかりも無い晴れた夜空に、星がキラキラと瞬いている。
その下で、俺は大きな声で泣いた。仲間に囲まれて泣いた。
それはまるで、風吾の産声のようだった。