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間章 「それは最初の……」

 春の暖かい風が頬をさすり、草木が優しく風と踊る声が聞こえる。

 俺はヴァイロンのフワフワボディに頭を乗せ、草むらに横になっていた。

 ヴァイロンは目を閉じ、眠っている。

 俺はそれを横目で確認してから、静かに目を閉じた。

 春風に誘われて、俺はすぐに夢の世界へと舞い込んだ。


     *


「シスター、今日も本読んでよ」

「いいわよ、あらちょっと待って……。あなた、随分背が伸びたんじゃない?」

「そうかな? 気のせいじゃない?」

「いえ、確実に伸びてるわ! そういえば、なんだか声も少し低くなってるわね」

「ん〜、いいから読んでよ。それがないと俺は眠れない」

「ふふ、背丈が大きくなっても、心はまだまだ可愛いわね……」


 ——キィーン。

 風景が変わり、俺は訓練場で目を覚ます。その日はなぜかシスターも訓練場にやってきていて、意識を取り戻した俺はシスターに抱き抱えられていた。

「あれ? シスター、どうして……」

 俺の言葉には答えず、シスターはまっすぐ向こうを見つめていた。その視線の先にはアイツが——フェニックスがいた。

「——これ以上は無理です! どうなるかわからない‼︎」

「わからないから試すのだ……。さあ、続きだ」

「やめましょう! この子は人間ですよ……!」

 シスターがアイツと言い争っている。俺には、それが何の話かわからない。

「……シスター中山、これは命令だ。いいか? 私の命令は絶対だ!」

 次の瞬間、フェニックスはシスターの頭をガシッと掴んだ。すると、禍々しい光がシスターを包む。

「あ……! ごめん、ごめんね……」

 シスターはそう言って、俺を抱きしめた。

 そうして俺の意識は、再びどこかへ消えていった。


「——シスター、実は僕、最近変な夢を見るようになったんだ」

「へー、どんな夢なの?」

「大きな象の夢なんだ。真っ白な空間に象が一頭座ってるの。その象、夢とは思えないくらいリアルに話すんだ。時々、俺が知るはずもないブレスギアの知識を教えてくれたりするんだよ!」

「…………」

「シスター?」

「……あ、ごめんなさい! 少し考え事をしてたの。じゃあ、今晩の本を読むわね……」

 風景が遠のいていく。


「——あなたの名前は、風吾……」

 冬の空、狭く暗い路地。これは……そう、あの日の夢だ。

 俺はあの日、シスターに連れられて城を出た。普段は温厚なシスターが、この日はやけに必死だったのを覚えている。息を白くする凍てつくような寒さ、建物の隙間から見える満天の星空が、やけに印象的な夜だった。

 夢の中で、俺はその場面を無感情に俯瞰して眺めている。

 肩から血を流すシスター、それを心配する産まれたての風吾。俺はシスターからの突然の言葉に混乱し、不安に怯えている。

 シスターは、そんな俺をゆっくりと抱きしめてくれた。

「……あなたはもう、自由になるの。誰もあなたを支配できない。誰もあなたの、代わりにはなれない。あなたはあなたとして、風のように自由に生きるの、風吾」

 シスターの目が混乱した俺の頭にまっすぐと突き刺さり、その言葉を魂の奥深くまで届けてくれた。沢山あった筈の言いたいことは、何故だかうまく言葉にならなくて、俺はただ目を丸くしてその言葉を受け止めていた……。


 ——次の瞬間、シスターのイヤリングが優しく発光し始める。

 その光は粒子となって溢れ出し、シスターの目の前で青い幾何学模様を形成した。それはゆっくりと形を変え、最後には弾け飛んだ。

「……これは、ブレスギアのタスクライト?」

 直後、シスターは俺の左腕をとり、そこにつけられた個体判別用のチェーンを強く握りしめる。すると、俺のブレスレットも淡く発光した。

「シスター、一体何を……⁉︎」

「これが、最後……!」

 俺の質問には答えないまま、シスターはブレスレットを握り続けた。やがて光が消えると、シスターは静かにその手を離した。

 それからシスターは着けているイヤリングの片方を手に取り、俺に差し出してきた。

「これを……どんな時でも、私はあなたのそばにいる。その証よ」

 俺は恐る恐るそれを受け取り、握りしめた。

 色々なことが一度に起こりすぎて、何から口にすればいいのか分からない。そんな俺の混乱を察したのか、シスターは両手で俺の頬に触れ、目を合わせてから微笑んだ。

「いい? よく聞いて。あなたは今日、新しく生まれ変わった。これからは風吾として、貴方はあなたの人生を生きて……」

 シスターの言葉に、俺は静かに頷いた。それを見て、シスターは優しく笑った。

 シスターの背後には、ブレスギアで武装した男達が迫っていた。俺はシスターに背中を押される形で、一人闇の中へと駆け出していった。


『貴方は、あなたの人生を生きて……』

 その言葉が、俺の中で強く繰り返された。


     *


「——ごさん、……風吾さん!」

「——ハッ!」

 目を覚ますと、目の前には翔助ととらがいた。

 寝起きの俺の顔を見て、何やら楽しそうに笑っている。

「やっと起きた……。そろそろ休憩は終わり! 出発するぞ!」

「随分気持ちよさそうに寝るのね……。でも確かに、ヴァイロンちゃんのモフモフ、すっごく気持ちよさそう……」

 俺は目を擦りながら、その様子を眺めた。

「今日はいい天気だもんなぁ……。俺たちも昼寝すれば良かったな、とらちゃん」

「バカ、私たちまで眠っちゃったら誰が見張りするのよ!」

「うほぉ、手厳しい……! 風吾さん、なんか言ってやってよ!」

「いや俺は……、見張ってもらってたのは事実だし……」

「そうよ。感謝の印として、今度ヴァイロンちゃんの背中、貸してよね……?」

 彼女はヴァイロンをチラチラ見ながらそう言う。

「え、何、そんなにヴァイロンに触りたいの……?」

 コクコク。

「え〜……」

「ハハハ、とらさん、私でよければいくらでもどうぞ」

「え! いいの⁉︎」

「え〜! じゃあ俺も触らせても〜らお!」

「翔助はだめよ!」

「なんでさ⁉︎」

 そんなことを言いながら二人はヴァイロンの近くに集まり、わちゃわちゃやっている。

 俺はそれを、目をパチクリさせながら見つめた。

「風吾さんはいいのかぁ?」

「……風吾も来なさいよ!」

 ふいに二人が振り返り俺を呼ぶ。真ん中のヴァイロンは、毛がすっかりぐちゃぐちゃだ。それでもいつもの冷静フェイスは崩しておらず、それがなんだか面白い。

「……そうだな、たまには俺もじゃれてみようかな」

 俺はそう言うと、二人の元へ駆け寄っていった。


 ふと風が吹いてきて、俺は空を見上げる。

 ……シスター、俺は今、自分の人生を歩めています。

 俺はシスターに届けるように、そっとその想いを風に託した。


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